妄想小説
不妊治療外来
二十六
涼馬は妻のなな実が診察室に入ってしまうと受付の恵美に話しかける。
「こちらには、もう一人看護師さんが居ましたよね。」
「ああ、芙美ちゃんの事ね。あ、名前は芙美子だけど。」
「ああ、そうなんだ。今日は居ないのかな?」
「いえ、居ますよ。何か・・・?」
「あ、いえ。いろいろお世話になったんでお礼を言っておこうかなと・・・。」
(お世話)という言葉に恵美は一瞬、謎の笑みを浮かべる。
「じゃ、ちょっと呼んできましょうか。薬剤室にでも居ると思うから。」
そう言って古手の看護婦が姿を消すと、涼馬は待合室のベンチに戻って持ってきた鞄の中身を確認する。暫くして第一診察室の扉が開いて、芙美子が待合室に入ってきたのだった。
「何かご用でしょうか、武市さん。」
「あ、看護師さん。今日は妻がどうも懐妊したみたいなので調べて貰いに来たんです。」
「あら、おめでとう・・・。って言うのはまだ早いかな?」
「いや、ありがとうございます。多分、大丈夫でしょう。それで、いろいろお世話になったんで看護師さんにもお礼をしておこうと思って。」
「え? お礼・・・?」
「ええ、僕が出せなくて困っていた時、いろいろ助けてくれたじゃないですか。」
「いろいろ・・・? 何か勘違いなさっていませんか?」
「あの、ほら・・・。普通じゃやってくれないような事。あのおかげで・・・。」
「えーっと、この医院では特に普通じゃないような事をしたりはしませんけど。」
「え、だって。お礼にプレゼントも持ってきたんです。」
「そんな・・・。プレゼントを貰うような謂れはありません。何か、風俗のお店か何かに行かれた時と記憶がごっちゃになっているんじゃないですか。失礼します。」
看護師は特に腹を立てたという風ではなかったが、無表情で踵を返すと診察室の方へ戻っていってしまった。
(風俗のお店・・・。確かそう言った。それって、何のことかちゃんと分ってるって事じゃないか。)
しかし、看護師は取りつく島もない風でそれ以上蒸し返す訳にもいかないのだった。
「ふうむ。特に異常もないようですな。尿検査の結果も陽性ですし、懐妊は間違いないでしょう。おめでとうございます。」
「先生のおかげですわ。何とお礼を言ってよいやら。」
「いやいや、不妊外来担当医として極、普通の事をしたまでですよ。」
診察台を降りると、なな実は下着を着けながら医師に訊いてみる。
「妊娠した後は、やはりセックスは避けたほうがよろしいんでしょうね。」
性に淡白だった夫に比べ、積極性では妻のなな実のほうが勝っているとは思っていたが、性生活が変って以降、その傾向は更に増しているように医師には感じられた。
「軽くならば構いませんが、まあ着床が落ち着く安定期に入るまでは控えられたほうが安全かもしれません。」
「そうですよね。でしたら口腔セックスの方がいいですわよね。夫も、最初に生理が来なかった時にそれを伝えたら早速、だったら口でして欲しいなんていうんです。」
「はあ・・・。」
「最初は何か、汚いものを口の中に入れるようで嫌だったんですが、一度精液を呑まされてからは、何だか私まで感じるようになってしまって。彼の勃起したものを見ると欲しくなるんです。これって変でしょうか?」
「いや、円満な夫婦生活の為には必要なことです。いや必要というんじゃない。それが正常な性欲というものなのです。」
「そうですか。安心しましたわ。だから、私もあそこの毛を剃られて良かったと思っているんです。彼にも同じように舐めて貰えるんですもの。」
「ああ、そうですか。」
これ以上聞いていても、のろけ話にしかならなそうなので話を打ち切ることにした医師だった。
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