妄想小説
不妊治療外来
十七
「先生、先程バルトリン腺液の採取をされていましたが、あれが受精可否に重要な影響を持つんですか?」
「ん? 勿論だとも。まあ、学説的にはまだ諸説の域を出てはいないが、受精に至る女体の受容性ホルモンには大きく影響しておる。少なくとも儂はそう睨んでおるがね。」
「で、あの方のバルトリン腺はどうなのですか?」
「いや、採取したものはとても良好な感じだったね。量も申し分ない。」
「では、妊娠の可能性は高いと?」
「いやいや、そうは言えん。何せ濡れてくるまでが時間が掛かり過ぎだ。出て来た汁は良好なのだが、濡れにくい身体なのかもしれん。もう少し調査が必要だな。」
「あの液は? 冷凍保存する必要がありますか?」
「いや、あれは検査に出すので儂がやる。匂いも重要な要素なので迂闊に冷凍などしてはいかんのだ。」
「はあ、そうなのですね。ところで、旦那様のほうですが、先生はとても強力な精力を持っているように仰ってましたが・・・。」
「ん? そんな事言ったかな?」
「何か精子の勢いがとても良好だとか・・・。」
「ああ、それか。確かにそうなんだが。あっちも何時でも出せる訳じゃないのが問題だ。何せあの齢だからな。タイミングさえ合えばという事も言えるが、難しいかもしれん。」
「それで旦那さまの採精結果はそんなに良い訳ではないと仰ったのですね。」
「ん? そんな事言ったかな? まあ、いい。とにかくあの夫婦はもう少し経過観察が必要だ。君にももう少し働いて貰う必要がありそうだ。」
「採精ですか? 承知しました。もう少し練習しておきます。」
「ああ、そうしたまえ。」
医師は芙美子にも一人の時に硬いバナナを使って練習するようにと言い付けてある。しかしオナニーはしてはならないと厳しく言い付けてあるのだった。芙美子にとって医師の命令は絶対的なものなのだった。
「で、この間の、バルト・・・なんとかという検査は如何だったのでしょうか?」
とても気になっていたらしく、診察用のスツールに腰掛けるや否や若妻、優愛は医師に問い掛けた。
「ああ、バルトリン氏腺検査ですな。ふーむ。」
ちょっと眉間に皺を寄せながら医師は手元のカルテを読む振りをする。」
「数値などは良好ではあったのですが、ちょっと気になる点が・・・。」
「え、やはり何か問題が・・・。」
「いや、奥さまの分泌物そのものにはあまり悪い兆候はないのですが、問題は分泌のしやすさ、まあ世間的に判り易く言えば、潤ってくる反応が鈍いといいますか。」
「あの、私が・・・、感じにくいという事・・・でしょうか?」
「えーっとですね、奥さま。ご主人は毎晩奥さまを抱かれていると仰ってましたが、本当でしょうか?」
「え、まあ・・・。」
「普通に・・・ですか?」
「え、普通と仰いますと?」
コホンと一度医師は軽く咳払いする。
「例えば、奥さまを縛ったうえでお抱きになるとか・・・。」
途端に優愛は顔を赤らめ、俯いてしまう。
「そんな事まで主人が申したのでしょうか?」
「ああ、ではやはりそうなのですな。で、そのう・・・。ご主人は抱くのは抱くけれど、貴方さまと性交なさるのは月に数度とか。」
「ええ・・・、そうですわ。」
「そうすると、性交にまで至らない場合はそのままお休みになってしまわれるのでは。」
「・・・。」
「奥さまはお手を縛られたままで・・・。さぞかし、お辛いでしょう。いや、手が痺れるとかいう意味ではなくて、そういう後はご自分で慰めたくなるものでしょうが、それも出来ない訳ですから。」
「・・・。」
「そういう事が続くとですね、まあ一般的には生理的に身体には良くない影響を与えるものでして・・・。奥さまがご自分でオナニーをされて、なかなか濡れることが出来ないのでもしやと思ったのです。」
「お恥ずかしいです・・・。」
「いや、恥ずかしがる必要はまったくありません。人間として極々普通の反応ですよ。ただ、夫婦としての営み方にちょっと問題があるだけです。」
「あの・・・、私、どうしたらいいのでしょうか? 主人は私を縛って抱くのがとても好みなようなのです。私が嫌がっても、決して許してはくれません。それに縛らないと・・・、あの・・・、あちらの方もなかなか立って来ないようなのです。」
「ははあ、やっぱりそうですか。いや、それ自体は健全な事とも言えるのです。男性が女性を縛って興奮するというのは、実は人間の本性とも言えるのです。動物的といいますか、生理的と言ってもいいでしょう。本来のサガのようなものです。」
「では、私は一体どうしたらいいのですか? 主人のしたいようにはさせてあげたいのです。」
「まあまあ、奥さん。焦らないで。大丈夫ですよ。オナニーという行為は実は精神的なものが支配しているのです。肉体的な刺激はそれをただ促しているだけなのです。人は愛撫や性器を弄ばれることで刺激を受けて感じていると思いがちですが、実はそうされることによって脳が刺激されて気持ちよくなっているのです。だから、肉体的な刺激を受けなくても感じるように訓練すればよいのです。」
「訓練・・・ですか?」
「左様。訓練・・・しかないと言ってもいいかもしれません。」
「どうやったらその訓練というのは出来るのですか?」
「一人ではなかなか難しいのです。だから不妊外来のようなものもあると言っても差し支えありません。」
「こちらで手助けして頂けるという事ですか?」
「左様。ちょっとお待ちを。」
医師は立上り、優愛をそのまま置いて診察室の奥へ歩いて行く。
「君、ちょっと席を外していてくれんか。そう、30分ほどだ。奥さまが誰か居ると恥ずかしいのだそうだ。」
「わかりました、先生。では30分ほど。」
芙美子にとって秋本の命令は絶対なのだ。例えそれがどんなに理不尽なものに感じられようとも。芙美子は黙って立上ると診察室を出てゆく。その芙美子を見送った後、医師は密かに診察室の内鍵を施錠しておくのだった。
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