診察室

妄想小説

不妊治療外来



 七

 その翌日、現れたのは今度は夫の涼馬のほうだった。
 「あ、先生。またお願いします。」
 「おお、君か。確か・・・、なな実さんの旦那さんだったよね。」
 「はあ、そうです。」
 涼馬は妻のほうが憶えられているらしい事にちょっとムッとしかけたが、不妊外来ではそれも当り前の事なのだろうと思い返す。
 「あの、先生。前回、あの・・・。」
 「ああ、検査だろ。出ているよ、結果は。」
 「で、どうだったんでしょうか。」
 一瞬、医師は会話を止める。突然現れた沈黙に涼馬は嫌な予感を感じる。医師の方は内容を確かめるかのように、カルテの頁を繰っている。
 「ううむ。まあ、そうだね。ううむ・・・。」
 すぐにはっきり言わない医師の様子に益々不安が募ってくる涼馬だった。
 「ちょっと、もう少し様子を見てみるかね。この結果だけじゃあ・・・。」
 「って言うと、あんまりいい結果じゃ・・・ないと・・・。」
 「まあ、そう性急に結果を急がんでも。駄目と言うことはないが、むむ・・。そうだな。ちょっと弱いと言えなくもないかな。」
 「弱い・・・ですか・・・。」
 「このくらいの数値の人は、時によって相当ばらつくもんなんだ。その時、その時で凄く調子が良かったり、少し・・・そうでもなかったり。」
 「妊娠出来ないことがあるってことですか。」
 「そうとばかりは言えない。その時の調子に依るということだよ。」
 「はあ、調子ですか。」
 「そう。だから、万全のコンディションで臨む必要があるとも言えるね。」
 「万全ですか? で、その為にはどうすれば・・・?」
 「まあ、そんなに結論を急ぐものではない。時に、奥さんから伺ったんだが前回、事に至った時に上手く行かなかったとか・・・。」
 「あ、えっ? あいつ、そんな事まで喋ったんですか?」
 「そりゃ不妊外来だからね、ここは。そういう問診ってのは大事なんだよ。別に世間話をしに来る訳じゃないからね。」
 「はあ、まあそうですが・・・。いや、実はその・・・。あんまり妻が早く出せって言うものですから。焦ると余計にその・・・。」
 「ははあ、やはりそうですか。いや、いいんですよ。よくある事なんです。奥さんのほうが余りに性急過ぎると、男のほうは・・・、そのなんですな。やる気が萎えるっていうか。」
 「そうなんですか? それって、よくある事なんですか?」
 「まあまあ。確かに、性欲と精力っていうのは状況にかなり左右されるものですからな。特に貴方のようなタイプの場合には。いや、タイプって、性格っていったほうが宜しいかな。」
 「性格・・・?」
 「貴方、セックスと生殖を一緒に考えられないタイプでしょうが。生殖の為にセックスをするっていうのが、あまり認められないっていう・・・。」
 「ああ、そうかもしれません。何か、生殖の為のセックスっていうと、動物とか虫とかの交尾っていう雰囲気があって・・・。」
 「よくある事です。特に男性は生殖っていう事と、性交というものを分けて考えたくなる。ま、それはある意味、動物学的には異常な事ではないんです。動物は通常、生殖の為、子孫繁栄の為に交尾をしているのです。人間だって本来は、本能的にセックスに快楽を求めているのです。妊娠はその結果として起こるものであって、目的とするのは人間の本能には合わない訳なのです。」
 「はあ、そうなんですか。」
 「左様。特に男性は性欲によって勃起もするし、射精もする。女性の場合は性欲がなくても男性器を受け入れることは出来る訳ですからな。」
 「なあるほど。しかし、だとするとどうすればいいのでしょう?」
 「一旦、妊活だという事を忘れることです。本能のままにセックスをするのです。」
 「本能のままに・・・?」
 「奥様の話を伺っていますと、どうも性行為の最中に奥様の方に主導権があるようです。それは本来の本能的なセックスの形に反している格好になります。」
 「本能的なセックスの形?」
 「そうです。男と女というのは、本来役目が異なります。男は攻め込むもの、女はそれを受け入れるものということです。男性器、女性器もその本来の役目に叶った形状をしているのです。」
 「はあ、しかし、その本来の役目に叶ったセックスがあるというのですか。さきほど妻が性交の最中に主導権があるというようなお話しでしたが、確かにそういう傾向はあるかもしれません。でもだとしてどうしたら・・・。」
 「ははは。何、簡単ですよ。縛るのです、奥様を。セックスをする際に、奥様を縛ってするのです。」
 「縛って・・・? そんな事、妻が許してくれるかな・・・。」
 「嫌と言っても無理やり縛るのです。有無を言わさずに。それが男が主導権を持つという意味です。もっとも女性のほうも、縛られるのは嫌だと言う場合もありますが、本能的には縛って欲しいという願望も密かにはあるものです。それをなかなか口に出しては言えないことが多いのです。自分からは言い出し難いものなのですよ。」
 「そう・・・なのですか。」
 「嘘だと思うのなら、一度試してみるとよい。何、大丈夫ですよ。そんな事で夫婦の間が壊れるような事は決してありません。夫婦の営みの中に縛りを取り入れているカップルというのは実は意外に多いのです。不妊外来を長くやっているこの私が言うのですから嘘ではありません。」
 「そ、そうなの・・・ですね。」
 「女性を縛ってしたことがありますか? まあ、するまで行かなくとも縛るという経験は?」
 「い、いやっ。勿論ありませんよ。そんな事・・・。」
 「はあ、そうですか。だとするとちょっと練習が必要ですな。」
 「え、練習?」
 「そうです。こういう行為こそ、男性がうまくリードしなくてはなりませんからね。うまく出来ないと余計に焦って勃起までうまく出来なくなったり、待つ側の女性もじれて折角盛り上がってきた期待を削がれてしまうことにもなりかねない。特に、経験がない場合には最初から一度でうまく性交まで持って行くのは至難の業です。だから、練習なのです。いいですね。」
 「え、あ、はいっ・・・。」
 「おうい、芙美子く~ん。」
 医師が診察室の奥のほうへ突然声を掛けるので、涼馬は焦った。芙美子というのは、前回来た時に採精の際に手伝ってくれた看護師に違いないと思ったからだ。今度顔を合わす際に、どんな顔をしたらいいのかとずっと考えて悩んでもいたのだった。
 「はあい、先生。ただいまっ。」
 一瞬置いて診察室の奥の扉が開くと例の小柄な可愛い顔の看護師が姿を見せた。この日もやけに短いナース服から露わになっている太腿が刺激的だった。
 「君、またちょっと手伝ってくれんか。例のゲッフェセルトじゃ。」
 「あ、はいっ。承知しました。」
 ドイツ語で言ったらしい言葉は涼馬には意味が分からなかったが、看護師にはすぐに通じたらしかった。薬品などを格納しているガラスキャビネットの方へ向かうと抽斗から出して持ってきたのは何と綿ロープなのだった。
 「ストレッチャーを少し低くした方がいいかな。」
 「はい、わかりました。」
 指示された通りに看護師がストレッチャーのストッパーをいじると床の高さを少し下げて再び固定する。
 「じゃ、君。ここに俯せになって。」
 「はい、先生。」
 可愛い看護師は何をされるのかしっかり把握しているらしく、言われた通りに低くなったストレッチャーに身を横たえ背中を上にする。
 「女性を縛るには、後ろ手にして背中で両手を交差させて括り上げるのが最も宜しい。何故だか判るかね?」
 今度は涼馬の方に向き直って医師はそう訊ねた。
 「え、何故か・・・ですか?」
 「そうすると、手で女性器を守ることが出来なくなるからじゃ。あそこを攻められた時に受け入れるしかなくなる。後ろ手でない場合は小手縛りにして吊り上げるか、両手を広げて磔にするという方法もなくはない。しかし一番手っ取り早いのが後ろ手なのじゃ。前縛りは縛る意味がない。」
 「そ、そういう事・・・ですか。」
 「最初は私が手本を見せるからよく見ているがいい。まずこうして片方の手首を取って背中に持ってくる。縄の端をこれくらい余裕を持たせて手首に一回か二回巻きつけるのだ。そしてこう結ぶ。そしたらもう片方の手首を取って同じ様に一回か二回ぐるっと巻いてからもう片方の縄の端と結ぶのじゃ。これは手早くやること。ここでもたもたしているようじゃ性行為まではとてもじゃないが辿り着けんぞ。」
 「はあ、そうなのですね。」
 「よく素人は二本の腕を揃えて一緒にぐるぐる巻いて縛るものがおるが、あれはしている最中に解けてくるので駄目なんじゃ。こうして一回か二回手首に巻いてあると、必死に解こうとしてもがいても逆に縄が締め付けてきて緩むことがない。している最中に縄が解けるほど白けるものはないからな。」
 「はあ、なるほど。」
 「この両手首縛りが基本じゃ。あとは胸を残った縄で縛り上げるのも雰囲気を盛り上げるのには効果的なのじゃが、まあ初心者はそこまで憶えなくとも徐々に慣れてゆけばよろしい。さ、やってみなさい。」
 「え、私が? いいんですか?」
 「この看護師は慣れておるから人形だとぐらいに思っていればよろしい。ただ、人形だと手首の反力とかが違うのであまり練習にはならん。やはり本物の肉体を使わんとな。さ、やって。」
 「あ、はいっ。済みません。縛らせて頂きます。」
 涼馬は俯せに寝ている看護師の手首を掴んで背中に回す。その肌の肉の柔らかさにちょっといけないものを感じてしまうのだった。看護師が俯せに横たわると自然と短いナース服がずりあがって余計に太腿が露わになっている。今にも裾から下着が覗きそうな気配に涼馬は思わず生唾を呑み込んでしまう。

芙美子3

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