大伽藍前

妄想小説

続・訪問者 悪夢の教団総本山


 三

 改めて総本山の大伽藍の前に立つと、自分が米粒ほどの存在にしか思えなくなってくる。身が竦むような気持ちになるのを抑え、心を奮い立たせて京子は前に進む。建物の右端のほうに神社の社務所のように見える場所があり、人の気配がしたのでそちらへ向かってみることにする。
 京子が近づいてみると、そこは少し曇ったガラスが張られ、その下側に僅かに空いた部分のある受付のような場所だった。外の明るさに比べ、中が異様に暗い為ぼんやりと人影は見えるものの表情までは見て取れない。僅かに空いた隙間から内部には神社の巫女のような装束の女性が居るらしかった。
 「あ、あの・・・。」
 京子は何と声を掛けていいのか迷った。
 「どんなご用件でしょうか?」
 「あ、あの。突然なのですが、教祖さまに逢いたくて参ったのです。」
 「教祖さまに? 貴方、もしかすると長谷川京子さまですか?」
 突然、自分の名前を言われて京子はうろたえる。まさか、今日訪れることを先方が知っているなどとは思いもしなかったからだ。
 「そ、そうです。あ、あの・・・。」
 「承っております。今、ご案内しますので左側の扉よりお入りください。」
 京子が左側を見ると、確かに少し大き目の重そうな木の扉が見えた。
 「あの扉ですね。わかりました。」

案内巫女2

 京子が社務所のような受付の場所を離れて木の扉のほうへ近づいていくと、ガチャリという何かが解錠されるような音が聞こえた。扉の取っ手に手を掛けるとそれは音も無くすうっと手前に開いた。扉の向こう側には先程と同じような巫女のような上半身真っ白で下半身は真っ赤な袴を纏った女性らしき人が立っている。しかし頭には頭巾のようなものを被っていて、顔は見る事が出来ない。顔の前部分は黒子がする薄い網のようなもので覆われていて、向こうは見えているようだが、こちらからは顔の表情は見えないようになっているのだ。
 「私に着いてきてください。」
 「あ、はいっ。わかりました。」
 顔を隠した巫女のような装束の女性はくるりと踵を返すと足音も立てないですっ、すっと歩いていく。京子が入った場所は大きな劇場の入り口のホールのような場所だった。天井まではかなり高そうだが、建物全体からすればほんの一部でしかなさそうだった。
 「こちらから中へ。」
 巫女風の女性はある扉の前に来ると先に立って中に入る。京子が続いて入ってみると、そこは今度は狭い廊下になっている。人がやっと擦違えるほどの幅しかない。天井もさきほどのホールからするとかなり低めではあった。窓も扉もない長い回廊がずっと続いていく。僅かに孤を描いているようで、建物の外周に沿って設けられている回廊のようだった。
 巫女風の女性が突然足を止めた。
 「こちらへ。」
 巫女が扉を開くまで、そこに扉があることさえ気づかなかった。扉は長く続く廊下の壁と全く同じコンクリート打ちっ放し風の灰色で取っ手さえも似た様な色合いだったので、気を付けてみなければそこに扉とその取っ手があることさえ気づかなかったかもしれない。
 中は小さ目の小部屋という感じで殺風景な造りだった。病院の診察室にあるような目隠しのカーテン衝立が一つあるきりで、その向こう側に籐で出来た籠がひとつだけ床に置かれていた。
 「ここでこの僧衣に着替えて頂きます。これより奥ではこの僧衣以外のものを着用することは出来ません。履物もそこにあるサンダルに履き替えて頂きます。」
 京子が見ると衝立にはハンガーに掛かった西洋の修道院の修道女が着るような丈の長い僧衣が掛けられている。床には着替えを入れるらしい籐の籠と長さを調整できるバックルのついたサンダルが一足置かれていた。
 「この僧衣だけって・・・。下着はどうするのです?」
 「この僧衣以外はここでは身に着けることは出来ません。」
 それは下着も着用してはならないと暗に言っているのだと京子には思われた。こっそり下着は着けたままでも僧衣を身に着けてしまえば判りはしないとも思ったが、万が一ばれてしまった際に教祖に面会出来る前に追い出されてしまいはしないかと言う事が気になった。
 京子は意を決して衝立の向こう側へ廻るとブラウスのボタンを外し、背中でブラジャーのホックを外す。上半身裸になってから、衝立に掛けてあったハンガーから僧衣を外し頭からすっぽりかぶる。僧衣には頭巾も付いていて、顔だけが出せるようになっている。僧衣を羽織ってから少しためらった後、深呼吸をひとつしてからストッキングとショーツを一緒に脚から抜き取る。脱いだ下着はブラウスとスカートの下に隠すように忍ばせる。
 「お持ちになったバッグ等もこちらでお預かりしますので、その場に残したままにしておいてください。」
 「あ、はい・・・。」
 京子は持参していたショルダーバッグを自分の衣服の上に載せると、衝立の外に出た。ハンカチ一枚すら持つことを許されない、僧衣の他は丸裸の状態で巫女風の女性の前に出なければならないのだった。
 「それではまた私に着いてきてください。」
 巫女はそういうと、脱衣所のような場所から出て再び無味乾燥な廊下を歩き始めたのだった。下着を着けていない僧衣のみの格好で不安な面持ちのまま、京子はその巫女に着いていく他ないのだった。

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