車中質問

妄想小説

続・訪問者 悪夢の教団総本山


 二十八

 「どうして私の居場所が判ったのですか。待合せの場所には行けなかったのに。」
 車の中で不思議で仕方なかった事を京子が訊ねる。
 「君の居場所はずっと判っていたんだ。その渡した髪留めにGPSが仕込まれていたからね。教団の大伽藍の内部にずっと居た事はそれで追跡して判っていたんだ。それがある時突然建物から出ていったので、これは何かあったなと思って追跡していくと、海岸沿いのホテルに移動していた。それですぐにそこへ駆け付けたんだが既にもうそこを出た後だった。総本山に戻ることは容易に推測が付いていたので、すぐには追わずにホテルへ行って防犯カメラの映像を見せて貰ったんだ。その映像の中に車に乗り込む君ともう一人の女性の姿を見つけ、車のナンバーから所有者を割り出して悦子という人物を探り当てたのさ。宿帳にも苗字は偽名だったが悦子という名前は載っていたので間違いないと判った。それで今度は教団建屋の外で張っていて、悦子が外に出てくるのを待ったという訳さ。」
 「え、じゃ悦子さんは知ってるの?」
 「ああ、僕が仲間に引き入れたからね。」
 「悦子さんが仲間に?」
 「ああ、僕がこの教団は近々崩壊する筈だと持ちかけると自分もそう思っていたと言い出したんだ。それでその崩壊前に君だけは外に連れ出すから協力してくれと頼んだという訳さ。」
 「それで私が居た部屋も割り出せたのですね。あ、じゃあエレベータの暗証番号も。」
 「教えて貰ったんじゃなくて、あのエレベータの操作システムのプログラムを書き換えてやったのさ。こちらの意図どおりに動くようにね。悦子にはコンピュータ管理室の場所を教えて貰っただけだよ。」
 「操作システムのプログラムを書き換えるって、するとどうなるの?」
 「これまでは男性の階からは男性の居る階にしか、女性の階からは女性の居る階にしか行けない仕組みになっていたんだ。それを男性の階と女性の階をそれぞれ行き来が出来るようにしたんだ。あの建物には階段もあるけど、二重螺旋構造になっていて、男性、女性の階からはそれぞれ同じ性の人の階にしか行けない構造になっているんだ。それがエレベータを使うとこれまでと違って男女の修道者があちこちでかちあうようになるんだ。」
 「するといったいどうなるの?」
 「抑制されていた性への渇望が爆発するんだ。あちこちで男性修験者と女性修験者がそれまで抑圧されていたものを我慢出来なくなり、セックスを始めるようになる。そうなるとあの建物内の秩序がもう維持出来なくなる筈だ。」
 「でも、その秩序を作り上げたのはあの教祖様なのでしょ?」
 「実際には女性の修験者たちの頂点である男性の教祖と、男性の修験者たちの頂点である女帝の二人によるものなんだ。そしてその二人はどうも兄妹らしい。」
 「そしたらその二人はどうなるの?」
 「総本山の性支配の仕組みが崩壊したとなれば、悦子の想像によると建物の安全装置を使って建物自体を封鎖し、全部を破壊するシステムを起動させるのではないかと言っていた。だからその前に逃げ出そうとしていたんだよ、あの二人は。」
 「二人って?」
 「悦子と吾郎っていう下男さ。その二人は海岸沿いのホテルで逢引をしようとしていたんだ。そこに教団を脱走した君が舞い込んできたという訳なんだ。あ、あの山の向こう側の斜面を観てご覧。火の手があがっているのが見えるだろう。今頃は悦子と吾郎も総本山がロックされる前に抜け出して別のルートで逃げている筈だ。」
 京子が山の斜面を見ると、教団総本山の大伽藍が火の手に包まれているのが黒いシルエットとして浮かび上がっていた。しかし、その姿もどんどん遠のいてゆくのだった。

大伽藍火の手

 完

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