通せんぼ

妄想小説

プール監視員



 その9

 パシーン。
 鋭い音と共に、玄関前に走り出た里美の竹刀が炸裂した。一番先頭を切っていた男が頭を抱えて転げ回る。
 「あんた達。ここからは一人も先には進ませないよ。」
 「な、何だ。てめえは・・・。」
 凄んでみせる男に、里美は手にした竹刀を大上段に構え直す。その構えには一分の隙もなかった。
 「この野郎っ。」
 掴みかかろうとすうる二番手の男に里美はすっと身を横にずらすと竹刀を横に大きく振り向ける。
 バシーン。
 再び大きな音がして、二番手の男が鳩尾の下を見事な胴を打たれ、もんどりうって倒れ込む。
 「さ、今度はあんたが相手? いつでも来なさいよ。そっちが来ないなら、こっちから行くわよ。」
 一瞬ひるむ相手に、里美は得意の上段の構えから男の肩を打ち下ろす。
 「あぎゃああああ。」
 竹刀の一撃をもろに喰らってこちらも崩れ落ちる。里美が倒れ込んでいる男たちの顔をあらためてしげしげと眺め回すと、いずれもストッキングのようなものを頭から被って顔を隠している。
 「誰なの、あんた達。もう容赦はしないよ。」
 里美が男の一人の前に屈みこんで頭に被ったストッキングを引き剥がそうとする。里美の手が男が被ったストッキングの下端を掴んで、顎から上へ持上げようとしたその時だった。
 ガーン。
 後ろから里美の後頭部に一撃を食わせたものが居たのだ。
 (し、しまった。まだ他にも居たのか・・・。)
 応戦しようと構えた竹刀を握る手から力が抜けていく。
 「おい、今の内だ。逃げるんだ、早くしろっ。」
 男たちが逃げ去る気配を里美は遠のいてゆく意識の中で辛うじて感じ取っていた。

 翌日、里美は頭に包帯を巻いた痛々しい格好で現れた。男性監視員たちからはどうしたんだと一斉に声を掛けられたのだが、里子はシャワー室で足を滑らせて壁に頭をぶつけたんだと大したことは無い事を言い張ったのだが、その日のバイト勤務は自粛するように諭される。
 その日はシフトに入ることは諦めた里美だったが、監視員控室が偶々空っぽだったので意を決してさっと美沙子のロッカ―を検める。里美が予想した通り目立たぬように一枚の白い角封筒が差し込まれているのを見つけ、美沙子がまだ来ていないのを確認してから折り畳んでポケットの中にねじ込んだのだった。

 美沙子にその日出逢ったのは、プールからもう帰ろうとする玄関ホールでだった。
 「あ、里美。どうしたの、その包帯?」
 「ああ、美沙子。今、来たの? ちょっと転んじゃって、大した事ないんだけど母が大袈裟に言うもんだから。」
 「え。大丈夫なの?」
 「あ、うん・・・。」
 里美は美沙子が昨夜の事を何も言わない事から、美沙子がプールを走り出た以降の里美と男たちの大立ち回りについては何も知らないことを悟った。
 「ねえ、美沙子。あなたのお気に入りのサンダル、玄関に脱ぎっぱなしになってたからロッカーの前に置いておいたわよ。」
 「え? ああ、そう。そうだった。昨日、帰る時に運動靴で帰ったから。」
 美沙子は咄嗟に裸足で自転車に乗って家へ帰ったことを誤魔化したのだった。
 「美沙子、今日のドレスも素敵ね。いつも何処で買うの、そういうの?」
 里美はいかにも美沙子っぽいと感じるピンクの花柄がさりげなく付いた白っぽいフレアワンピースを観ながら言う。
 「ああ、これっ? 中央通りのコム・デ・フィーユってあるでしょ。あそこ。私のお気に入りのが沢山あるの、あそこ。」
 「へえ、そうなんだ。じゃ、私、今日はシフトに入るの駄目って言われちゃったんでこれで帰るわね。ね、美沙子。夜は充分、気を付けるのよ。」
 「え? それって、どういう・・・。あ、じゃまた。」
 里美は美沙子がその日着てきていたワンピースを目に焼き付けるように振返ってみると、踵を返してプールを後にしたのだった。



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