color ball

妄想小説

プール監視員



 その25

 丁度同じ頃、美沙子は仲のよいクラスメートのKに相談を持ちかけていた。勿論、パソコンのデータを盗み取る方法である。パソコン操作に詳しいKは美沙子にいろいろ指南してくれる。コピー用のUSBカードまで貸してくれたのだった。
 「ねえ、K君。ついでだから訊くんだけど私みたいな女一人が男数人に立ち向かって勝つ方法ってないかしら。」
 「え? なんだよ、藪から棒に。美沙ちゃんじゃ、男数人って、一人だって相手にするのは無理そうだな。そういう時はまともに戦っちゃ駄目なんだよ。奇襲戦法っていうかな。一番いいのは真っ暗闇で相手と闘うことかな。」
 「真っ暗闇・・・?」
 美沙子は管理人の小林に聞いた常夜灯まで消すことの出来るジャックナイフ式の電源スイッチの事を思い出していた。
 「で、もし真っ暗闇に出来たとしたらどう戦うの。」
 「こっちは見えてて、向こうからは見えないようにする必要がある。カラーボールって知ってるかい?」
 「あのコンビニ強盗なんかを追跡する時に投げつける奴でしょ?」
 「ああ、そう。あれのスプレー式のがあるんだ。中に蛍光塗料が入っていて、そいつを吹きかけられると真っ暗闇でも姿が見えちゃう訳。」
 「へえ、なるほど。で・・・?」
 「あとは美沙ちゃんみたいに力の無い者が戦うんだったらスタンガンだな。護身用でよくあるじゃない。」
 「ああ、知ってる。なるほどそうか。」
 「あと、相手をパニックに陥らせるってのも効果があるから併用するのも手だね。それに一番いいのが発煙筒なんだ。発煙筒を何本も一斉に焚くと、そうとは知らないものは火事が起きたと思って冷静でなくなるからね。そこを襲うんだ。」
 「なんでも詳しいね、K君って。」

 「またお前なのね。」
 後ろ手錠を掛けられプールサイドで待っていた里美の前に現れたのは、同じ男だった。今回も顔半分はストッキング状の覆面で隠しているものの顔の骨格、特徴は忘れようもない。
 「ふふふ、そうさ。この前の時はさんざんコケにされたからな。今日は徹底的にリベンジしてやる。」
 男のビキニスタイルの競泳用水着は以前のときにも増して勃起度合が露骨にわかるほどだ。里美は前回の学習で、いざとなれば何時でもプールの中に飛びこむ覚悟でいた。とにかく水の中で潜って時間稼ぎさえすれば、逃れられる可能性が高いのだ。
 「またプールの中に逃げ込むつもりだな。」
 里美の考えを見透かしたように男は不敵に笑うのが不気味だった。
 (何か策を考えているのかもしれない・・・。)
 里美は油断をしないように自分を戒める。
 「そりゃあっ。」
 早速男は里美の脚目掛けて手を伸ばしてくる。里美は無駄な立ち回りは最初から避けることにしてさっと飛び退く。男がじわじわと近寄ってくるので最初はあとずさりしていたが、男が走り出したのと同時に里美も足を速めプールサイドから一気にプールの中へ飛び込む。深く潜って男から充分離れたと思う場所で息をする為に水面に顔を出す。男は柄の長い虫取り網のようなものを手にしていた。プールに浮いているゴミなどを掬い取る為の道具だ。それを持ってなるべく里美の近くへ走り寄ると里美目掛けてその網を伸ばしてきた。
 パシャッ。
 男の持つ網袋が水面を打つより前に里美は水の中に逃げていた。しかし、再度里美が息をするのに水面にあがろうとすると、その場所をあらかじめ予測していたようで、かなり近い所に男は既に走り寄っていた。
 男の持った網が里美の頭に一瞬被さる。慌てて里美は再び水中に深く潜る。水の中からは男の居る場所が反射してしまう為に判り辛い。見当をつけて男の居ない場所へバサロで逃げるのだが、水の上からは里美の動きは丸見えなのだった。
 (あのバサロっていうドルフィンキックの潜水泳法はスピードは確かに速いのだが、それに比例して体力の消耗も早いんだ。最初のうちは追いまわして出来るだけ早く疲れさせることだな。)
 そう話してくれたハンティングゲームの提供者のアドバイスを男はずっと頭にいれていた。男自身も虫取り網のようなものでは里美を捉えられるとは思っていない。ただ追い回すだけ追い回して里美が疲れるのを待っていたのだ。
 何度か潜っては息継ぎに水面に顔を出し、その度に補虫網のようなもので狙われるのを繰り返しているうちに里美も少しずつ息が切れてきた。プールサイドを走り回る男の方も疲れは同じらしく次第に荒い息をするようになってきた。
 (もう少し頑張れば相手も力尽きる筈だわ。)
 足だけを使って立ち泳ぎをしながら男の様子を覗う里美はいつでも再び水中に潜る準備は整えていた。しかし男はそろそろ網を使う頃合いかと思案していたのだった。
 男は突然長い竿に付いた補虫網のようなものを捨てて何やらプールサイドの奥に走り込んで取り出してきた。水泳部に属している里美にはひと目みてそれが何かを察した。
 (あれは、水球の練習の時に使うフェンス用の網じゃないの・・・。)

はしご手摺り

 男は持出してきた網の束の端に取り付けられているロープをプール端の入水口のパイプ式梯子に括り付けている。しっかりと結び終えると反対側の端についたロープの方を持ってプールサイド脇を走って行く。男が走って行くに連れ、網は水中に沈み込んで広がっていく。最初の角を廻るとどんどん網が自分の方に迫ってくるのを感じる。網の下端はプールの底まで付いてそこで引き摺られている。次第に里美も不安を感じ始める。
 男がプールの対角線の反対側まで達すると完全にプールの逃げ場所は半分になってしまう。
 (あの網を潜ってくぐれるかしら・・・。)
 里美追い詰められた時に網をくぐれるか思案する。両手さえ自由なら難なく網をくぐれそうな気がするが、後ろ手で網を掴まねばならない。手探りで網を掴むのはそう容易くはなさそうだった。
 そうこうするうちにも男は網の包囲網をどんどん狭めていく。里美は意を決して網に向かって潜って行ってみることにした。網の目はボールが擦り抜けないほどの粗いものだが、そのせいで却って手や足に絡みつきやすい。網の近くまで潜ってきて、クイックターンをする要領で身体を回転させ、後ろ手て網に手を伸ばす。やはり手探りで網を掴むのはかなり難しい。
 その様子をプールサイドで見守っていた男の方は里美が網に近づいたのを見て自分自身もプールの中に入る。そして網の下端を掴むと里美が網に近づいたタイミングで思いっ切り引っ張るのだった。里美の指が網を捉えたと思った瞬間網はするっと動いていってしまう。更には網の下端が里美の身体の方へ向けて寄せられてきたのだ。
 (拙いわ。これじゃ網に絡められてしまう・・・。)慌てて水面に出ようとするが足首に網の一部が絡みついた。
 「うっぷふ。」
 何とか息を継いだ里美だったが網の下端は更に里美の身体に絡みついてきた。里美は両手が自由に使えないのがもどかしかった。何とか逃れようともがく里美に意地悪く網のほうがどんどん狭められていくのだ。
 ゴボゴボゴボッ。
 里美が息継ぎをし損ねて水を呑みかける。その様を見て、男の方は更に畳みかけるように網うを繰る。里美がじたばたと動けばうごくほど網が身体に絡みついてきてしまうのだった。ちらっと男の方を見ると、男は既にプールから上がろうとしていた。
 (拙い。)
 男がプールから出てしまう前に網から離れようとする里美だったが、足に網が絡みついて思うようにならない。プールから上がった男は網の端を持ってプールサイドを走る。里美の周りでどんどん網の間が狭まっていってしまう。まさに生け捕りにされたイルカの様だった。網はかなりの重さを持っているので、息継ぎの為に水面に顔を出そうとするのだが絡みついた網が里美が水面に出ようとするのを妨げるのだった。里美はもう抗うのを諦めて動くのを止め、息を出来るだけ長く我慢するしかないと悟ったのだった。
 網がプールサイドの男の手で曳かれて捕えられたイルカさながらの格好でプールの上に引き上げられた里美は息をするのがやっとだった。男は里美が身動き出来ないように更に里美の身体に網を巻き付けていく。両手を手錠で繋がれている里美にはそれに逆らう術は何もないのだった。

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