妄想小説
プール監視員
その16
私服に着替えて、もう帰ろうとしていて玄関ロビーの受付の前を通りがかった美沙子はふと気になっていたことを受付の顔見知りのおばさんに訊いてみる。
「ねえ、ここの館内の照明ってどなたが点けたり消したりしてるんですかね。」
「ああ、早坂さんじゃないの。え、照明? それは管理人の小林さんじゃないかしら。今、二階の掃除用具室に居ると思うから訊いてみたら。あ、そう言えばこのところ、早坂さんにボーイフレンドからのラブレター、来ないわね。」
「あ、嫌だあ。あれはそんなんじゃないんですからってば。」
受付のおばさん経由で届けられた手紙の事を思い出して、急に不安にかられる。
(そう言えば、最初の頃は人伝に手紙が届けられていたんだった・・・。)
それが何時の間にか自分のロッカ―に直接白い角封筒で届けられるようになっていた。それもここ数日は幸か不幸か届いてはいない。
ただ何となくのついでで聞いただけの事だったが、事のついでにと二階の掃除用具室へ行ってみることにした。
管理人の小林という初老の人物は美沙子も何度か世話話くらいはしたことがあったので、話しかけやすい雰囲気ではあったのだ。
二階へあがってみるとちょうど掃除用具室から出てくるところだった。
「あら、小林さん。こんにちは。」
「ああ、美沙子ちゃん。今日はもう終わりかい?」
「ええ、もうすぐ帰るところ。ね、ここの照明って小林さんが管理してるんですって?」
「ああ、そうだよ。私が朝、照明を入れにきて、夜落して帰るんだ。でも、どうして?」
「あ、いえ。誰かがこの間、夜中に点いていたみたいだっていうんで、そういう時は誰に連絡すればいいのかなって思って・・・。」
咄嗟に美沙子は嘘を吐いた。
「え、またかい? この間もそんな事言われたんだけど、そんな筈はないさ。照明のスイッチのある機械室の鍵は私しか持ってないし、私が消し忘れて帰るなんてこと、あるわけない。」
「そうですよね。誰かの見間違いですよね、きっと。」
そう言いながらも、美沙子ははっきりと思い出していた。自分を犯そうとした男が現れる直前に真っ暗だった館内に突然照明の明かりが灯ったことを。
「機械室って何処にあるんですか?」
「ああ、知らないよね。普段は目につかないからね。そこの階段を上がった3階にあるんだ。3階っていったって、ここのプールは基本的に全二階建てで、三階部分ってのは機械室ぐらいしかないんだ。普段は誰も行かない場所だからね。」
「ああ、それで見た事がなかったんですね。いつもご苦労様。」
最後に労うような言葉を掛けて管理人の小林と別れた美沙子だった。
里美が復帰してきたのはそれから二日後のことだった。既に両手首の包帯は取れ、手も自由に握り返したり出来るようになっていた。ただ、身体のあちこちにはまだ痣の痕があるらしく、厚手に塗ったファンデーションで誤魔化していることに美沙子だけは気づいていた。
急に辞めた早苗の代りに新しい若い子が新たにアルバイトで入っていて、シフトはそれで何とか廻るようにはなってきていた。
「よかった。里美が割と早く元気になったみたいで。」
「私も安心したよ。美沙子が無事だったようなので。」
「あら、わたしだったら大丈夫よ。そう言ったじゃない? でも里美の方は大丈夫? まだ痛むんじゃないの?」
「ま、多少わね。竹刀握るのはまだちょっと辛いかも。」
それでも美沙子にとって、里美が近くにいると居ないとでは大違いなのだった。何かあってもすぐに助けを呼べるという安心感が美沙子を勇気づけるのだった。
「今日はシフト、一緒じゃないのね。」
「そう、私は最終回まであるから。美沙子は夕方で終りよね。」
「私、最後の回が終わるまで里美のこと、待っていようかな。」
「駄目よ。夜、遅くなると危険よ。明るいうちに先に帰っていて。」
「そうね。わかったわ。」
「じゃ、また後で。」
そう言って先に監視員控え室に入った美沙子だった。
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