監禁妻への折檻
九
「ねえ、貴方。もういいでしょ、そろそろ。アレっ、返して下さらない?」
「ふふふ。男たちを前にすると、緊張するのか。」
「変な気なんか、絶対起こさないんだから。もう赦してくださいっ。」
それは初めての事ではなかったのだ。そもそもは一箇月ほど前のことだった。
蓼科の山荘ロッジに引っ越してから、街への買い物は殆ど夫、数馬の運転に頼っていた。倫子も独身時代に免許は取っていたものの、家に運転手を雇っていたせいで自分では殆ど運転したことがなかった。会社に入って忠男や琢也などとテニス、スキーと遊びに出掛けるのでも男たちの同乗者でいることで済んでいたのだ。それは倫子に限った話ではなく、親友だった史子など女友達も皆同じで、専ら男子たちに連れられてのドライブだったからだ。
蓼科に引っ越した後も数馬は週に三度ほど東京へ単身で通っていた。正式な勤めは辞めていたが、嘱託の仕事は続けていたのだ。最初は毎回日帰りの特急電車での往復でこなしていたが、ある時から東京に単身のマンションを借りて嘱託の日が続くときにはそちらに泊まるようになっていた。近くに店など殆どないような別荘地なので車が運転が心許ない倫子独りでは買物にも出れない。他の誰にも話していないが、倫子は自転車にさえ乗れないのだった。
そんな不便もあって別荘地のはずれにある三河屋の配達を頼んで必要なものを仕入れるようになったのだ。若い働き手がどんどん居なくなる蓼科奥の田舎の別荘地では、三河屋の息子、俊介が唯一の働き手と言ってよかった。電話一本で何でも配達してくれるので、数馬が東京に出ている日は倫子も頻繁に頼むようになっていたのだった。
「奥さん。注文の品はこの配達籠に全部入ってますから、ここに置いておきますね。」
その日も注文された品々を詰め込んだ配達籠を勝手口から運び入れた俊介が倫子に声を掛ける。
「頼んでおいたスパイス類、手に入ったかしら。」
「あ、全部あると思いますけど。こんなんで良かったですか?」
倫子は配達籠の前にしゃがみ込んで、頼んでおいたスパイスの袋を一つひとつチェックする。いつも倫子はミニスカートしか穿かないのを俊介もよく知っていた。「いい齢して、おかしいでしょ?」と自嘲気味に俊介に話す倫子だったが、元々童顔な上に身だしなみには気を使っている倫子は齢よりずっと若く見え、短いスカートもよく似合っていた。しかし時折目の前でしゃがみ込んだりすると、さすがに俊介もどきっとしてしまうのだった。
「えーっと。ああ、これこれっ。これで当分はストックしておけるわ。早速しまっておかなくちゃ。」
背がそれほど高くない倫子は、キッチンの天袋にスパイス類の袋をしまっておこうと、丸椅子を引き寄せて、その上に乗っかる。
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