監禁妻への折檻
十六
「ね、待って。このままで置いて行かないでっ。」
しかし数馬は倫子の方を振り向きもせずにキッチンの方へ向かって歩いて行ってしまう。しかもリビングを出るのにキッチンとの間の扉を少し開けたままで出て行ったのだった。
「俊介くんだね。今、そっちへ行くからちょっと待ってくれるかな。」
扉が少しだけ開けてあるせいで、数馬が外の俊介に向かって話しているのがよく聞こえてくるのだった。そのことはリビングに居る倫子が立てる物音も向こうに聞こえてしまうことを意味していた。倫子は声も出せず、物音を立てないようにじっと待つしかないのだった。
「今、鍵を開けたから荷物を持って入ってきてくれないか。」
「あ、承知しました。旦那さん。」
勝手口が開いて俊介が入ってくるらしい音がする。
「どこへ置きますか?」
「ああ、上がってそのキッチンテーブルの上に置いてくれないか。」
「わかりました。失礼します。あの・・・、奥さんはいらっしゃらないんですか?」
「ああ、あいつなら今ちょっと出掛けてるみたいだな。すぐに帰ってくるだろう。」
「あ、そうですか。生理用品って、どんなのがいいのか分からなかったので、適当に選んできちゃったので、いいかどうか不安だったのですが。」
「まあ、急場の凌ぎだからどんなのでもいいんじゃないかな。ああ、君。急ぐのかい?」
「あ、いえっ。午後の配達はもう全部済ませてこちらが最後なので急いではいません。」
「じゃあ一杯、ビールでも呑んでいかないか?」
「あ、いや。車の運転があるので。軽トラで配達に来てるんです。」
「ああ、そうだったね。じゃ、コーラでいいかな。僕はビールを呑ませて貰うけど。」
「あ、じゃあお言葉に甘えてご馳走になります。」
隣の部屋で数馬と俊介の遣り取りを聴きながら、数馬がわざと俊介を引き留めているらしいことを倫子は感じ取っていた。そしてそれは倫子に我慢の限界を迎えさせる為だということも。
(まさか・・・。立ったまま、ここにしろっていう意味なの・・・。)
足許に置かれた洗面器を見下ろしながら倫子は身体をぶるっと震わせる。
(そんなの・・・、無理よっ。お願い。早く俊介を帰してこっちへ戻ってきて。ああ、もう洩れそう・・・。)
プシュッ。
コーラの缶を俊介用に手渡すと、自分用に出した缶ビールを数馬も開ける。乾杯でもするように少し上に掲げてから一口飲むと、俊介にキッチンテーブルの椅子を薦めて自分も反対側に座りこむ。
「君はあの店にもう長いの? 若い人は東京とかに出て働きたいんじゃないの?」
「ああ、親爺がもう結構齢なんで、俺が手伝わないと店がやっていけないんです。本当は東京とかで大学を出て就職したかったんですけど。」
「ふうむ、そうか。大変だね。お店、やって行くっていうのも。」
「いや、そんなでもないですけどね。」
その時、突然遠くからパラ、パラ、パラッという乾いた甲高い音が聞こえてきた。
「あれっ、雨ですかね。」
パラ、パラ、パラという音が今度はジョボ、ジョボ、ジョボっという音に変わっていく。
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