監禁妻への折檻
六十七
翌朝、再度東京への勤めに出てゆく数馬を見送ってからすぐに徒歩で三河屋に急いだ倫子だった。俊介の口から琢也が前夜に蓼科に来たことが発覚しては困るからだった。
「ああ、奥さん。朝早くからどうしたんですか?」
「あのね、俊ちゃん。お願いがあるの。ゆうべ琢也って人が来てウィスキーを届けてくれって頼んだでしょ。」
「ああ、その事の口止めですね。大丈夫ですよ。琢也って人が昨夜のうちに口止めに来ましたから。ウィスキーも私の一存で届けたことにしておいてくれって言われました。」
倫子は琢也も同じことを心配してくれていたことを聞いて安心してほっと一息を吐く。
「ごめんなさいね。何も関係ないのに俊ちゃんにまで嘘吐かせちゃって。でもうちの人ってとっても嫉妬深いの。だから余計なことは耳にいれたくないのよ。分かって。」
「大丈夫ですよ、奥さん。だいたい想像はつきますから。ボクは余計なことは詮索しない質なんです。」
俊介は、実は倫子が夫に縛られてお洩らしをさせられたと口走ったのも聞き逃した訳ではなかった。ただ、それ以上は追及してはならないのだと咄嗟に悟ったからだった。
「ああ、そうだ。これっ。琢也って人から預かってたんです。返しておいて欲しいって。」
俊介が尻ポケットから取り出したのは、倫子が咄嗟に外に投げ捨てたプリペイドの携帯電話機だった。
「こ、これっ・・・。あの人が、俊ちゃんに?」
「ええ。自分では渡すチャンスがなさそうだから、返しておいてくれないかっていうんで預かったんです。」
倫子はもう戻って来ないと思っていた携帯電話が意外なところから戻ってきたことにも救いを感じていた。
「ねえ、俊ちゃん。知っていたら教えてほしいの。うちの山荘からずっと山を登っていった方に売地になっている山があって、そこに古い屋敷跡みたいのがあるの、知ってた?」
「ああ、知ってますよ。この辺じゃ昔から結構有名な家だったんです。真行寺さんって言ううちで古くからここに棲んでいた地主さんなんですけど、もうとっくの昔に亡くなっていて、土地と屋敷は息子さんが相続したらしいんですけど、こんな不便なところには住めないって言って一度も来たことはないんです。ボクら、子供の頃、あの屋敷はもう廃屋になっていて、幽霊屋敷みたいなんで子供同士で忍び込んで遊んだりしたこともあるんですけど、親に知られてこっぴどく叱られたんでもう行ってないです。暫く前から山も屋敷跡も売りに出されたみたいですね。でも、あんな所を買う酔狂な人はまず居ないでしょうね。屋敷は住めるようにするには相当金掛けて修理しないといけないだろうし、あの山も不便な場所だから何にも使えそうもないですしね。」
「そうなの。やっぱり売りに出ていたのね。何かうちの人が聞きつけて興味を持ったみたいだったから。」
「旦那さんに言ってくださいな。あんなところ買うのは止めておいたほうがいいですよって。」
「わかったわ。忠告、ありがとう。伝えておくわ。それじゃまた。」
俊介の元を辞した倫子は山荘に戻りながら自分一人であの山と屋敷跡を調べてみようと心に決めていたのだった。
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