監禁妻への折檻
五十四
ふっと我に返った倫子は、お尻に何かが押し当てられている痛みで目が覚めたのだと気づいた。
(うっ、何? 何なの・・・。)
確かめてみようとするが、両手の自由が利かない。そればかりか目隠しをされているようで何も見えないのだ。自分が俯せに寝かされているのは分かるが、その前の記憶がない。
「どこなの・・・、ここ?」
その声に倫子が正気に戻ったのを感じたらしく、お尻の痛みがすっと消える。そして誰かが歩み去っていく足音だけが響いていた。
(そうだ。私は山の中に居たんだ。そして数馬に十字架のような丸太を組んだものに磔にされていた・・・。)
おぼろげながら記憶が断片的に戻って来る。
(その後、どうしたんだっけ・・・。)
誰かに助けを求めていたような気がするのだが、それが誰だったのかよく思い出せない。
小一時間ほどもがいていて、漸く後ろ手の戒めが緩んできた。何とか自力で手首を背中で縛っていた縄が解けると、目隠しを外して漸く自分が自分の寝室のベッドにうつ伏せに寝かされていたことに気づいた。
(いままで失神していたのだろうか・・・。)
背中に自分が着ていた筈のブラウスが掛けられていたが、穿いていた筈のスカートもショーツも身に着けていなくてほぼ全裸状態で寝ていたことに気づく。手首にはそれまでずっと縛られていた痕らしい赤い痣が残っている。
ふと、お尻にも軽い痛みを感じていたのを思い出して、部屋の隅にある姿見にお尻を突き出して見てみる。そこには何かが押し当てられていたらしい薄く消えかかった痕が残っている。何なのかはっきりしないのだが、アルファベットのMの字のように見えるのだった。
(何なのかしら、これは・・・。)
倫子にはそれが何なのか見当もつかなかったのだが、後にそれを知ることになるとは思いも寄らないのだった。
その後、キッチンに降りて行った時に夫の数馬が残していった置手紙で、その日から三日間また東京に単身で出掛ける日だったことを思い出したのだった。
ピー・ポー。
三河屋の俊介がいつもやってくる勝手口ではなく、玄関の方のドアチャイムが鳴る。
「はいっ、どちら様でしょうか。」
「DHLの宅配便でーすぅ。」
(また海外からの荷物だわ・・・。夫が、何か注文したのだわ。)
倫子はふと昨日夫がどこからか持ってきた頭部が巨大な大きさのバイブを思い出す。数馬はその手のものを何時の間にか内緒で通販に注文しているらしかった。
「では、こちらにサインか認印を。」
配達員の求めに応じて、倫子は宅配用の認印を押すと、少し嵩のある小包の段ボールを受け取る。配達元はヨーロッパの様子だった。
(バイブぐらいだったら日本にもある筈だから、海外でしか手に入らないようなものなのだわ。)
いつもならそのまま夫の書斎へ持ってゆく倫子だったが、その時は妙に中身が気に掛かったのだった。
(うまくすれば、痕が残らないように開けてみることが出来るかもしれない・・・。)
予測外の夫の行為が続いていたこともあって、夫が何を企んでいるのか事前に知っておきたい気持ちが湧いてきたのだった。
ガムテープで厳重に梱包された包だったが、倫子は細心の注意を払ってすこしずつ丁寧に端からテープを剥がしてゆく。少しでも破けてしまうと分かってしまう可能性があるので慎重の上にも慎重をかさねて作業に没頭して、小一時間ののちにやっとのことですべての粘着テープを剥がし終える。包み紙にも傷が残らないように慎重に開いて行って、後から貼り直すガムテープの幅が古いものを覆い隠せることを確認したうえで段ボールのガムテープもゆっくりと引き剥がしてゆく。
中から大事そうにプチプチシートと呼ばれる気泡のついたプラスチック製の緩衝シートで包まれたものを開いて出してみると、一見大型犬にでも使えそうな金具の付いた太いベルトの塊だった。
(いったい何かしら・・・。犬でも飼うつもりなのかしら。)
犬用のハーネスにしては鍵穴のついた大きめの金具が真ん中のベルトとベルトの繋ぎ目についているのが違和感があった。その時、ふっとどこかで似たようなものを見た気がして荷物を置いて夫の書斎へ向かってみる。
(たしか、これだわ・・・。)
西洋の古い拷問器具などを解説しているらしい英語で書かれた書物で、白黒の写真による挿絵が多く含まれている。
(あった・・・。)
宅配で送られて来たそのものにほぼそっくりな形のそれは中世の騎士たちが十字軍に出る際に、国に残していく妻の不倫を封じて貞操を守らせる為の器具、いわゆる貞操帯だったのだ。
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