琢也到着

監禁妻への折檻



 六十三

 (え、どうして・・・?)
 俊介に琢也を見つけたことを口にしそうになって、その言葉を慌てて呑み込んだ倫子だった。何かわけがあって俊介に用があって寄っていけないと言ったのだろうとすぐに察したのだった。
 勝手口のドアはすぐ閉めないで、俊介が軽トラのドアを閉めて別荘街の入り口の方に向かって坂を降りていくのを見送った倫子は、同じように軽トラを見送っていた琢也がゆっくり近づいてくるのを見守っていた。
 「久しぶり、みっちゃん。」
 「え、どうして・・・?」
 「本当に数馬が不在か確認してから逢いに来ようと思ったんだ。」
 「それで俊介に数馬が居るか訊ねさせたのね。居ないわよ。さ、入って。」
 玄関の方へ廻って貰うべきか一瞬迷った倫子だったが、誰かに琢也の姿を見られるといけないと思い勝手口からすぐに中に招じ入れる。
 手にしていた木箱に入ったオールドパーのボトルをキッチンの隅に置くと、琢也にキッチンテーブルの椅子を薦め、自分もその反対側に腰掛ける。
 「な、何か・・・あったの?」
 不安げに琢也の方を見つめる倫子は目を丸くしている。
 「何かあったのか訊きたいのはボクの方だよ。電話、くれたよね?」
 「あっ・・・。」
 逡巡した末に三河屋で電話を借りて留守電になってしまったことを忘れていたのだった。
 「よくわかったわね。名乗らなかったのに・・・。」
 「最初に『琢也?』って訊き返した一言が入ってたよ。すぐに判った。何か困ったことがあったら電話してくれって言っておいたので、慌てて飛んできたって訳さ。」
 「そ、そうだったのね。ごめんね。ちゃんと、事情も説明せずに・・・。」
 まさか飛んでやってくるとは思いもしなかったので、何を話していいか心の準備が出来ていなかった倫子は次の言葉がなかなか出て来ない。
 「ほんとうは忠男とこの前来た時に、ちゃんと話を聞けば良かったんだよね。二日目の朝、二人っきりになれた時間もあったんだから。」
 倫子も湖の畔に琢也を誘って自転車に乗せて貰って行った時のことを思い出していた。
 「あの時、もう何か言いたいことがあったんだよね。ごめん。あの時はまだ気づいていなかったんだ。留守電が入って、あらためて年賀状を見返していて気づいたんだ。秘密のメッセージ。」
 「あ、あれに気づいてくれたの・・・。でも、本当はまだあの時は何を相談していいか私も決意が出来ていなかったの。」
 「でも、その後電話くれたってことは決意がついた・・・んだね?」
 「え、ええ・・・。でも、どこまで話したらいいか・・・。」
 倫子は自分が山の中で裸にされて樹に磔にされて、その後犯されるようにしてセックスを強要されたことを話すべきなのか未だ迷っていた。そういう夫婦生活も世の中には無い訳ではないと言われてしまったらとも考えたのだ。その時、ふっと数馬が隠し持っていた謎の道具のことを思い出した。
 「数馬との間が、うまく行ってないんじゃない?」
 「いえ、あの・・・。ああ、どう言ったらいいんだろ。わたし、怖くなったの。誰かに一度相談しなくちゃって・・・。」
 ちょうどその時、遠くから近づいて来るエンジン音が聞こえてきたのだった。
 「あれっ。ちょ、ちょっと待って・・・。あの音。・・・・。数馬かもしれないわ。」
 まさかと思いながら倫子が耳を澄まして車の音を聴いていると、自分たちの居る山荘のすぐ前で車が止まったのが分かった。
 「ね、お願い。今はすぐここを出てっ。何とか時間を稼ぐから。」
 琢也もすぐにキッチンテーブルから立ち上がる。倫子は顔を勝手口のほうへちらっと向けて琢也に促すと、急いで玄関に向かう。もう既に玄関の外には数馬が立っている様子だった。合鍵を使って玄関を開ける音がしていた。
 「貴方なの? ごめん。ちょっと待って。」
 そう言うと、倫子は慌てて階段を駆け上がって自分の寝室へと急ぐ。
 「どうしたんだ。鍵ぐらい開けてくれよぉ。」
 そう言って玄関から中に入った数馬は、直前に倫子が二階に駆け上がっていった気配に不審を抱いてすぐに後を追う。

倫子

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