ペロー昔話

監禁妻への折檻



 五十八

 その夜、配達の俊介から受け取った合鍵とプリペイド携帯をベッドサイドテーブルに置いていて倫子だったが、それを使って琢也に電話するのは躊躇われていた。心の準備が出来ていないからだった。合鍵を使ってもう一度開かずの間へ入ってみるのも出来なかった。あまりにいろんな事が急に起きすぎて気持ちがついていけなかったのだ。
 特に開かずの間を開けてしまったことに、何か悪いことが起きそうな予感がして怖かったのもあった。その時ふと、自分がペローの青髭の本を持っていた筈だということを思い出したのだった。最後に読んだのも子供の頃で内容ははっきりとは憶えていない。内容のあまりの怖さに捨てることすら出来ずに、蓼科の山荘に越してきた時も荷物の中に忍ばせてきたのだった。
 自分の寝室を抜け出して、自分の書斎へ向かう。倫子はスポーツは苦手の方で、反面読書は元来好きだったので、書斎は自分の蔵書で溢れていた。引っ越して以来、いや結婚して以来一度も開いてみたことのない本だけあって、何処にしまったかはすぐには思い出せない。
 本棚の上から下まで隈なくみて、三度目に繰り返した際に漸く見覚えのある古い背表紙を見つけたのだった。
 (あった。これだわ・・・。)
 パラパラと本の頁をめくっていって、青髭の載っている頁を探りあてる。本には昔何度も読み返したらしく、その箇所は軽く開いただけで折り目が付いたように最初の頁が開くのだった。
 (確か、秘密の部屋を開けてしまって、その証拠が残るようなことが書いてあったような気がする・・・。)
 倫子はうろ覚えだったその箇所をもう一度きちんと読み返してみようと思って、その寓話集を手にすると、自分の寝室に戻って読んでみることにしたのだった。

青髭挿絵

 青髭にやっと嫁に貰ってもらった娘は、鍵束を預けられるのだがそのうちの一つの部屋だけは開けてはならないと言い諭されて青髭に留守を任されるのだが、好奇心の誘惑に負けてその部屋を開けてしまい、先妻の亡骸を見つけてしまうのだった。その時にその小さな鍵を血だまりに落としてしまい、魔法のせいで拭き取っても拭き取ってもその血の痕が消えなくなってしまうのだった。
 そこまで読み進めたところで倫子は先を読むのが怖くなって本を閉じてしまったのだった。
 (この結末はどうなるのだったろうか。ああ、思い出せない。でも、本の続きを読むのがちょっと怖い。今度、昼間の明るい時に読み返すことにしよう。)
 そう思って本を読み進めるのを止めたのだった。

 (あの俊介に作って貰った合鍵はどこに置いたのだったかしら。ああ、そうだ。このベッドサイドだわ。まさか血の痕は付いていないわよね。)
 そんなことを考えているとなかなか寝付かれない。
 倫子は自分の家の開かずの間を開いた時のことを思い返していた。
 (あの変な火掻き棒みたいなものは一体何だったのだろう・・・。)
 記憶の中のMの字の紋章のような分厚い鉄板が頭に浮かんで来る。その時、ふと倫子の脳裏を過ぎるものがあった。
 (あの時の・・・。)
 倫子が思い出したのは、山の中で二度目に数馬が作った十字架に磔にされた日の夕刻、後ろ手に縛られたまま何かを尻に押し付けられていて、その後戒めを解くことが出来てから鏡に映してみた時に尻たぶに薄っすらと残っていた痕跡の痣のような痕だった。
 数馬の部屋に置いてあった魔女狩りについて記した本の中に、魔女の疑いで捕らえられた女性が赤く焼いた焼き鏝で尻に焼き印を付けられるというのが挿絵付きで書いてあったのを思い出したのだった。

烙印拷問

 (あれは、もしかして拷問などで女性の尻に焼き印を付けるための焼き鏝だったのでは・・・。)
 そう思うと、怖くなって更に眠れなくなってくる倫子なのだった。

倫子

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