監禁妻への折檻
六十二
「あの、すいませんが・・・。」
オートバイを飛ばして蓼科にやってきた琢也が降り立ったのは別荘街入り口にある三河屋の前だった。
「はい、何でしょうか。」
店の奥から出てきたのは俊介だった。黒のジャンプスーツに身を包んだ琢也を見て、すぐにこの辺りの人間ではないことを見極める。
「こちらのお店は別荘街のいろんなお宅へ配送とかやってますよね。木崎という家はご存じではないでしょうか。」
「あ、木崎さん? アカシヤ平の木崎さんですね。ええ、うちのお得意さんです。」
「ああ、よかった。ちょっとお使い物を頼まれて欲しいんですが。」
「はあ、なんでしょうか。」
「ボク、木崎数馬と古くからの知り合いでついこの間こっちで一緒に飲んだんですが、その時彼の好きなウィスキーのボトルを空けちゃったんでそれを届けて欲しいんですが。」
「木崎さんのお好きなウィスキー・・・? じゃ、この間呑ませて貰ったオールド・パーってやつかな。」
「ああ、多分それですね。ありますか?」
「ええ。この間も木崎さんからご注文頂いたんでその時仕入れています。えーっと、お持ちになりますか?」
「いや、実はこの後ちょっと用があって別のところへ行かなくちゃならないんで。」
「えーっと、何と言ってお届けすればいいでしょうか。」
「ああ、琢也だって言ってくれればわかります。あ、もし奥さんしか居なかったら旦那さんは何時戻る予定か訊いておいてくれませんか。用が済んだらまたこちらに寄りますので。」
「ああ、そうですか? 承知しました。承ります。」
三河屋の御用聞きに配達を頼むと、本当に用がある振りをして一旦店から離れ配達の軽トラックが出発するのを陰で見守る琢也だった。
ピン・ポーン。
「あの三河屋の俊介でーす。お届け物ですよー。」
いつものように勝手口から声を掛けると倫子が出て来る。
「あの、これっ。琢也さんって方から頼まれたんですけど。ご主人はいらっしゃいますか?」
「あら、うちの主人だったら何時も通り、明日の夜に帰ってくる予定なんです。あの、琢也は?」
「ああ、なんか別の用があるとかでまた来るって言ってました。」
「そうなの。折角こっちへ来たのに? まあ、しょうがないわね。用があるんじゃ。」
「じゃ、ボクはこれで。まいどありーっ。」
そう言って出て行く俊介を見送っていた倫子の目に、少し離れた場所に琢也が立ってそっと手を振っているのが見えたのだった。
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