監禁妻への折檻
四十七
「おう、琢也。来たな。珍しいよな。お前のほうから呑みに誘ってくるとは。」
「ああ、忠男。蓼科以来だな。元気か。」
忠男の馴染みの横浜のバーで久々に逢おうと誘ったのは琢也の方だった。久々と言っても、蓼科へ二人で行ってからまだ一箇月も経っていなかった。
ひとしきり酒を呑んで近況を互いに話し合った後、琢也は本来の目的の話を切り出した。
「ところで、忠男。この間一緒に蓼科へ行った時、何か感じなかったか?」
「何かって・・・? そうだな。みっちゃんが相変わらずで若くみえたなってことかな。」
「向こうでもお前、言ってたな。温泉の風呂に入ってた時。ミニスカートのせいじゃないかって言ってたよな。」
「ああ、でもうまく穿きこなしてたよな。若い頃とまったく変わらない感じでさ。」
「でも、若い頃はあんなにいつもミニスカートで居たって記憶はないんだけどなあ。お前は数馬の趣味なんじゃないかって言ってたよな。」
「ああ、数馬は若い女が好きだからな。昔から。あんな田舎に引っ込んでいると若い女なんてそうは見ないだろ。だからせめて奥さんには若造りさせてんじゃないのか。」
「だって、数馬は週に何日かは東京へ単身で出てるんだろ?」
「だから蓼科の山荘でも東京に居る時みたいに若い子に囲まれているような雰囲気にしたいんじゃないか。俺はみっちゃんのミニスカ姿はいいと思うけどな。」
「俺だって嫌いじゃないさ。でももし数馬にわざとああいう格好させられてるんだとしたら、どうなんだろ?」
「そんな事、俺たちが心配することじゃないさ。」
「そうだけど・・・。お前、みっちゃんがずっとリストバンドしてるの、気づいていたか?」
「リストバンド・・・?」
「ああ。殆ど長袖のばかり着てたから分かりにくかったかもしれないが、何かの拍子に手を挙げた時とか袖がずり下がってその手首にテニスの時にするようなリストバンドをしてた。」
「お前、よく見てるな。全然、気づかなかった。で、それが何か・・・?」
「考えすぎかもしれないが、手首の傷でも隠してるのかなって・・・。」
「手首の傷? リストカット・・・みたいなことか?」
「いや、わからないけど。ちょっと違和感があったんだ。」
「ふうん。」
「それからトイレの鍵穴・・・。」
「何だ、トイレの鍵穴って?」
「いや、トイレって普通内側から鍵が掛けれるようになってるだろ。つまみを回すような感じのロックが多いけど。外から掛けられるような鍵穴って普通無いだろ?」
「あそこん家にはそれがあったっていうのか?」
「ああ。お前、気づかなかったか。子供が間違えて中からロックしちゃったときに開けれるようになってるのはあるが、あれはドライバーで回す爪みたいなやつで鍵穴じゃないよな。」
「そう・・・かな? でももし鍵穴があったとしたら、何の為だ? トイレに誰か閉じ込めるとか?」
「あるいは逆にトイレに入らせないようにするとか・・・。」
「何の為に?」
「実は、洗面所の鏡の裏のキャビネットに大人用の紙おむつのパックがあったんだ。」
「お前、そんな所までチェックしてたのか?」
「あ、いや。朝、髭を剃るときシェービングクリームでもないかと思ってみただけなんだけど。」
「へえ。大人用の紙おむつね。あそこには二人しか棲んでないから介護が必要な親が居るって訳じゃないもんな。でも実家の親用かな。みっちゃんのところはどっちも亡くなってるから数馬の方の親かな? あいつに年寄りの親っていたかな?」
「いや、俺はよく知らない。居たとしても東京の実家にじゃなくて、何であんな田舎の山荘にあるんだ?」
「だったら東京の実家で必要になって、事前にサンプルを取り寄せたんじゃないのか?」
「まあ、そうとも考えられるな。なあ、忠男。この前、蓼科へ行く車の中で、あの山荘はみっちゃんの横浜の実家を売り払って買ったって言ってなかったか?」
「ああ、そう数馬から聞いた気がしたからな。」
「ちょっと調べてみたんだ。あの横浜の家。そしたらまだみっちゃんの旧姓の新垣って名の表札が掛かっててさ。売り出し中って看板があったけど、まだ売れたって感じじゃなかったんだ。それで変だなと思って法務局で名義を調べてみたらなんと数馬のものだった。」
「へえ、あいつが相続したんだ。でもまだ売ってないのか・・・。じゃ、遺産相続で買ったのかな。」
「それは変だろ。相続するのはみっちゃんで数馬じゃないだろ。」
「それもそうだな。あの親父さんが遺言で数馬に相続させた・・・? ううむ、それはないな。」
「だろ? それでちょっと気になってさ。」
「何をお前、心配してるんだ。いろいろ嗅ぎまわって・・・。」
「いや、そんなんじゃないんだけどな。ところで、年賀状で山荘への誘いがあったって言ってたよな。それって、いつもの印刷したやつだったのかい。」
「ああ、いつもと変わりない感じだったな。印刷屋に出したのか、パソコンでプリントしたのか知らないけどな。」
「数馬と連名だった?」
「ああ、いつもどおり二人の連名だったな。」
「そうか・・・。」
「なんだよ。それがどうかしたのか?」
「あ、いや。それならいいんだ。ちょっと気になっただけだよ。」
琢也は自分のところに来たものだけが自筆で、しかも倫子の署名だけだったことを知って益々疑惑が深まっていくのだった。
「なあ、今度二人でもう一度蓼科の山荘、訪ねてみないか。出来たらみっちゃん一人の時に。」
「え、お前・・・。ま、いいか。お前が訪ねてみたいんなら協力するぜ。」
忠男も琢也の思いにただならぬものを感じたのだった。
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