監禁妻への折檻
三十二
朝食を終えた忠男と琢也は出発する為に外に置いてある車に向かい、数馬と倫子も見送る為に一緒に出て来る。
「やあ、懐かしい車だな。よくこんなのを見つけてきたな、忠男。」
「ああ。ずっと探してたんだ。昔乗ってたのと同じ車種にどうしても又乗りたくてな。エンジンも完全にレストアしてあるんだ。ちょっと見てみるか。」
忠男がエンジンルームを開けて自慢の車のエンジンを見せている間に琢也はさりげなく倫子に近づく。
「いろいろご馳走になったね。ありがとう。」
そう言いながら握った手を倫子の方に伸ばす。
「ん? 」
握手の為に伸ばした手ではないと気づいて、首を傾げながらも倫子も手を伸ばすと琢也がその手に何かを忍ばせる。ちいさく折り畳んだ紙きれだった。
「あとで見て。」
倫子の耳元に囁くように話すと、数馬と忠男のほうへ戻っていく。事前に忠男には数馬にエンジンを見せて間を稼いでくれるように頼んであったのだ。
「じゃ、また来いよ。」
「ああ、また寄らせてもらうよ、数馬。」
「楽しみにしてるわ。」
「ああ、みっちゃん。いろいろご馳走さまでした。また今度。」
最後の挨拶をすると忠男はエンジンをスタートさせるのだった。
二人が出発してしまってから、山荘ロッジのリビングに戻ってきた数馬はずっと気になっていたことを倫子に切り出す。
「なあ、倫子。昨夜飲みに降りていった時、お前を縛ったままにしておいた筈だよな。どうやって解いたんだ。まさか、琢也に助けて貰ったんじゃないだろうな。」
「何言ってるの、あなた。私、あなたに紙おむつを当てられていたのよ。そんな格好で誰かに助けを求めるなんて出来る訳ないじゃないの。貴方が戻って来そうもないんで、必死で口で縄の結び目を解いたのよ。」
「本当だろうな。」
そう吐き捨てるように言った数馬だったが、倫子には背を向けておいて(念のために紙おむつを当てさせたのは正解だったな)とほくそ笑むのだった。
琢也との間を疑われた倫子は、自室に戻ると抽斗に隠しておいた琢也からのメモを取り出す。
<何か困ったことがあったらここへ連絡してほしい。 琢也>
そう書いてあって、電話番号が添えられていた。倫子は嫉妬深い夫が万が一これを見つけてしまうと不味いと思い、趣味にしているハーブオイル用のガラスの小瓶に詰めて庭の隅に埋めておくことにしようと決心した。
自分用の携帯電話は山荘ロッジに越してから不要になった筈と随分前に取り上げられてしまった倫子だったので、電話をするには数馬のものを貸して貰うしかない。それでは記録が残って数馬に知られてしまうので内密に電話するには、別荘地入り口にある三河屋まで歩いていって、電話を貸して貰うしかないのだった。
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