監禁妻への折檻
四十四
山の中での夫の数馬に全裸で磔にされるという経験をした後、東京に出掛けている数馬の居ない夜に、倫子は一人ベッドの中で、数馬が自分との接し方が変わってきたという事実を思い返していた。
一番の大きな転機は同じ敷地内に同居していた両親との死別だった。婿養子ではないものの、何かにつけて厳格な父親と近くで暮らすのは数馬にとって窮屈なものだったに違いなかった。ましてや、結婚して新居として棲む一戸建ての家は父親の持つ敷地内の父親が建てた家だった。毎日の同居生活ではないものの、すぐ近くに義父が居るというのはプレッシャーだった筈だ。
父親が生きているうちは数馬は決して倫子に対して横柄な口利きをすることはなかった。それが父親、そしてそれに次ぐ母親の死と共に一変したのだった。それは自分の両親に頭が上がらなかった日々に対する鬱憤晴らしのようにも感じられたのだ。両親から受け継いだ筈のかなりにのぼる額の遺産も全て処理は夫である数馬に任せた為、自分自身の財産について倫子は全く知識を持たなかった。何かにつけ、俺が養っているのだと両親の死後数馬から言われ続けて倫子もそうなのかなと思うようになっていったのだった。
性生活も両親との死後から一変した気がしていた。自分との愛を慈しむという雰囲気はなくなって、数馬にとってのそれはただ単に快楽を貪る行為に変わったようだった。
それが更に大きく変わったのは性行為の最中に数馬が中折れをしてからだった。それを中折れというのだということも、それまで倫子は知らなかった。夫の性行為が変わる時期という記事を行きつけの美容院での女性週刊誌の中で読んで初めてしったのだった。何かにつけて征服欲、所有欲が強いくせに、一旦自分のものになってしまうと厭きやすいというのも数馬の昔からの性格だった。自分のことももう厭きているのではと心配になったのもその頃だった。
同じ記事の中にあった夫婦間での性行為にSMまがいの緊縛を持ち込むというのも初めて知ったことだった。記事には倦怠感から逃れるにはという感じで書いてあって、倫子もそう言う事も必要なのかもしれないとその時は得心したのだった。
中折れを経験してから数馬との性生活は一変したといってもいい。陰唇に夫のモノが挿入される頻度が急激に減っていって、オーラルセックスへの依存に大きく傾いていったのだ。完全な勃起の末に射精にまで至るのはオーラルセックスの時に限るようにさえなっていった。
緊縛もある日憶えてきたというより、ずっと試したかったのをある時から許される行為になったと言ってもよかった。それは両親との死別と無関係ではなかった。
数馬は緊縛にしろフェラチオにしろ、倫子を征服したり辱めたりすることで興奮を増しているように倫子には感じられた。そのことは、俊介に対してノーパンで応対させられたり、俊介が居るすぐ傍で放尿を強要されたりしたときにはっきりと感じたのだ。そしてそれが琢也と忠男が山荘に訪ねて来た夜に風呂場で受けたスパンキングや、夜中の紙おむつ装着の強要へと繋がっていったのだろうと思えるのだった。
山の中で全裸にされて樹に磔にされて、敵の兵士に凌辱されるお姫様を演じさせられた時には、数馬の性癖がまた更に新しい一歩を踏み出したように感じられた。しかしそれでも数馬に捨てられたらという惧れが倫子に数馬の勝手気儘な性行為を許さざるを得ないのだと思わせてしまうのだった。
倫子の側でも新しい変化が起こってきたのを認めざるを得なかった。それは悪者の兵士のように感じられる数馬の仕打ちをいつか王子さまを演じる琢也が救いに来るのではという妄想に燃える時の愉悦だった。倫子はかつてなかったほど、自慰で陶酔に近くまで達することが出来るようになってきていた。その時は必ず琢也から抱かれることを妄想していたのだった。それはあの山の中での全裸の磔を介して初めて経験した妄想ごっこがもたらした唯一倫子が良かったと思える経験なのだった。
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