紙おむつ

監禁妻への折檻



 三十七

 「えっ。俊介くん、貴方だったの・・・?」
 キッチンのドアを開いてそこに俊介が居るのを見つけて倫子は絶句する。
 「あ、奥さん。その・・・、お、お久し・・・お久しぶりです。」
 俊介も何と言っていいのか判らず、そんな言葉しか口から出て来なかった。
 倫子の方は、過去二回の屈辱の邂逅を思い出していた。一度は後ろ手に手錠を掛けられたまま、スカートの下のショーツを降ろされた状態で、二度目は直接顔は合わさないものの薄く開かれえた扉越しに、洗面器に小水を洩らす音まで聞かれてしまったのだった。しかも夫はそうなった経緯まで俊介に話してしまっているらしかった。そのせいで、それまでずっと俊介とは顔を合わせられないでいたのだった。
 (それで、わたしに紙おむつを当てさせて俊介に逢えということだったのね。)
 何となく夫の意図がわかった気がした倫子だった。紙おむつを当てられたまま俊介に顔を合わせなければならない自分自身がとても惨めだった。夫はそのことを思い知れというつもりなのだろうと倫子は思った。
 「あ、あの・・・。び、ビール。もう少し、お呑みになる?」
 倫子は俊介の為に新しいビールの缶を取りに冷蔵庫に向かう。
 「あ、ありがとう・・・ございます。あの・・・、奥さん。奥さんはボクを避けてらっしゃいますよね。 それはボクのせいで奥さんが叱られたからですか?」
 「え? い、いえっ。それは違うのよ。わたしのせいなの。って言うか、恥ずかしくて俊ちゃんに逢わせる顔がなかったの。」
 「恥ずかしい? ああ、失敗は誰にでもあるもんですよ。」
 (失敗)という俊介の言葉に倫子は鋭く反応する。
 (ああ、やっぱり何だったのか全部知られてしまったのだわ。あの時、もう少し我慢出来ていれば・・・。)
 「あの粗相のことでしょ。あれは全部、奥さんが悪いわけじゃないんだし。」
 (ええ、そうよ。夫が私を縛って動けなくしたからよ。でも、私がお洩らしをしてしまったのには変わりはないわ。)
 「まあ、趣味とか好き嫌いって人に寄って様々ですよ。でも、二人で長く仲良くしていくには旦那さんの趣味にも合わせるのも必要ですよ。」
 「しゅ、趣味なの・・・。ああ、そうかもしれないわね。わたしの方が合わせる方がいいのよね。」
 「そりゃ、旦那さんを立ててあげないと。」
 「でもわたしって、おかしくない?」
 「奥さんは異常ではありませんよ。旦那さんもね。ちょっと合わなかっただけで。そういう時は自分を抑えて相手に合わせることも大事なんですよ。」
 (わ、わたし・・・。変態じゃないの? あんなことして・・・。)
 「ねえ、俊ちゃん。わたしのこと、平気? 気持ち悪くない? 受け入れてくれる?」
 「もちろんですよ。奥さん、自分のこと責めるのはやめて自信持ってくださいよ。ボクは奥さんのこと、気持ち悪いだなんて思った事、一度もありませんよ。」
 「ああ、そうなのね。じゃ、私のこと嫌いにならないでね。」
 「もちろんです。奥さんは柔軟にどんなことでも対応出来る方です。今は旦那さんを立てて、旦那さんのしたいようにさせてあげたらどうですか。ボクはそんな奥さんの方が好きです。」
 「ああ、ありがとう。私、夫のことで俊ちゃんにあたってたんだわ、きっと。ごめんなさいね。」
 その時、キッチンのドアが開いて数馬が入ってくる。
 「何だい、二人して何を話しているの?」
 「あ、いえっ。わたし、俊ちゃんのこと勘違いしてたみたい。変に避けるようにしたりして。」
 「ああ、ほんの誤解なんだね。あ、そうだ。ウィスキーを俊介くんと一緒に飲もうとしたらこの間全部飲んじゃったらしくて切らしているんだ。ちょっと買ってくるから、戻ってくるまで相手をしていてくれないか。」
 「あ、ウィスキーだったら俺が店から持ってきますよ。」
 「何言ってるんだ。今日はウチのお客さんなんだから、妻とゆっくりしててくれよ。すぐ戻るから。」
 そう言うと数馬は出ていってしまう。
 「旦那さん、いい人ですね。」
 「え、そうかしら・・・。」
 (ああいう事をしても、いい人なんて思われちゃうんだ・・・。結構、夫婦の間ではああいうことも普通にしてる人も多いのかしら。)
 俊介が平然としているので、倫子は自分のほうが性に関して潔癖すぎたのではと思い始めていた。
 「ああ、そう言えば誰か介護が必要な方がいらっしゃるんですか?」
 「介護・・・?」
 「だって、この間大人用の紙おむつ注文なさってたじゃないですか。」
 「あっ・・・。あ、あれは・・・。」
 「こっちはお二人だけなんですよね、お住まいになっているのは。ご実家のご両親とか?」
 「あ、そうそう。そうなのよ。もう結構な齢なの。それで・・・。」
 「奥様の方・・・ですか?」
 「あ、いえ。私の両親はどっちももう他界してるから。主人の方。東京の実家の方に居るんだけど。主人がそろそろ必要だっていって。」
 「ああ、そうだったんですね。」
 俊介が紙おむつの事を話題にしたことで、自分が今まさにそれを装着させられているのを思い出してしまった倫子だった。紙おむつをしているのを意識してしまうと、急に尿意を感じてきてしまった。
 (そうだ。数馬が帰ってくる前にトイレで出しておこう。)
 「あの、俊ちゃん。ちょっとごめんなさいね。用を思い出しちゃった。すぐ戻ってくるから。」
 「あ、そうですか。どうぞ。ボク、ここで呑んでますから。」
 「あ、じゃすぐ戻る。」
 そう言ってキッチンに俊介を残して扉から出るとリビングを抜けて廊下の隅のトイレを目指す。

倫子

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