妄想小説
恥辱秘書
第十九章 奈落の出向先
一
その日の美紀は、悲痛な面持ちに打ちひしがれてやってきたように、裕美には見えた。自宅謹慎を命じられたまま、外出もままならない裕美にとって、会社で秘密裏に行われているらしい、ビデオ買取り交渉の行く末は、気にならない筈がなかった。その情報を得る手立ては、美紀を置いて他は、無かったのだ。
「美紀さん、あの件はどうなったの。上手く行っているの・・・。」
裕美も悲痛な思いで、美紀に訊くのだった。
「それが、難しい状況らしいの。私にも金額は教えて貰えないのだけれど、何とか向こうの要求は呑んで金の工面は出来そうな様子なのだけど、その提示をしたら、向こうは図に乗ってきて、更なる新しい要求をしてきたそうなの。」
「新たな要求って?」
美紀は更に顔を曇らせて、眉間に皺を寄せてみせる。
「それが、とても理不尽な要求なの。・・・。簡単に言うと、女を差し出せって言っているの。向こうの会社で自由に使える女を出向させろって言っているらしいの。」
「向こうの会社?・・・。出向って?」
「それが、普通の会社なら、そういう要求も受入れられないではないようなのだけど、どうもその会社っていうのが裏の興行会社らしくて、出向者の仕事っていうのが、キャバクラのキャバ嬢みたいなの。」
「そ、そんな・・・。うちの会社の人間を、キャバ嬢として働かせろっていうこと?」
美紀は、ゆっくりと頷いてみせる。
「専務も困ってしまって。そんな事やってくれる女の子なんて居る訳ないし、そんなことが世間にしれたら、会社としても飛んでもないことになってしまうって。でも、そうは言ってもあのビデオを何とか買い取らないと、会社も危ういし、どうしようもない窮地に立たされているようなの。」
(キャバ嬢・・・、出向・・・。)
裕美は、キャバクラで働かせられる自分の姿を思い描いていた。
「ねえ、美紀さん。わたし、その役、引き受けてもいいわ。元はと言えば、私のおろかな行動が引き起こした問題ですもの。お世話になった専務の為になるなら、どんなことでもする覚悟が出来ています。」
顔を上げた裕美の顔は健気な決意に満ちているように美紀には見えた。内心では芳賀から聞かされたシナリオがこんなにもすんなりと実現してゆくことに、あらためて畏れを抱くほどになっていた。
「裕美ちゃん。貴方、本当にいいの。何でも言うことを聞かなくちゃならなくなるのよ。」
美紀は、裕美が芳賀の仕掛けた罠に嵌まってゆくのを確実に感じながらも、その後、裕美が受けなければならない辱めを甘受する約束を駄目押しで裕美に宣告してゆくのを忘れない。
(何でも言う事を聞かなくちゃならない・・・。)
それがどんな事を意味するのかは、経験の浅い裕美にもおおよそ察しがついた。
(どのみち、あんなビデオを撮られてしまった私には他に生きてゆく道はないのだわ。それだったら、せめて長谷部さんへのお詫びのつもりで、仕事だと思って耐えてゆくしかないのだわ。)
そんな思いを抱きながら、まんまと芳賀の仕掛けた姦計に嵌まってゆく裕美なのだった。
「は、専務。それではこの支払い承認書に署名と捺印ください。この書類があれば、経理もしのごの言わずに、例の架空口座にメキシコの工場予定地取得の交渉費用として振込みをしてくれる手筈になっています。大丈夫です。ばれることはありません。」
長谷部の前できっぱり言い切った芳賀であるが、ちょっと調査すれば不正が発覚することは充分承知の上でのことだった。勿論、責務を問われるのは署名した長谷部になるので、その証拠として書類を求めているのだが、長谷部はそんなこととは思いもしない。
「それで、今休職をしている秘書だった内村裕美なのですが、先方にこっそり鎌をかけてみたところ、どうも裏で通じている風があるのです。それで、本人の実家へ参りまして本人を問い詰めましたところ、恋人だった男にどうもそそのかされたようなのです。その恋人というのが、どうもあまりたちの良くない男だったらしく・・・。そう、そうなのです。それで本人は今は深く反省しているようなのですが、このまま許して戻すという訳には行かないと思うのです。それで暫くの間は、懲罰人事ということで、私の伝のある会社に出向を命じようと思うのです。・・・、ああ、大丈夫です。人材派遣会社のようなところで、中小企業向けに秘書やコンパニオンなどを派遣している会社です。ビデオは全て買い取って回収することになっていますが、万が一、そのビデオを誰か観た者が居て、長谷部専務とその女の関係に気づいたりする者が出たりすると、また危ないことになり兼ねません。」
「なるほど、それもそうだな。懲戒免職とかで追放すると、他で何を言いふらさないとも限らないからな。こちらの紐付きで、出向させるというのはいいアイデアかもしれん。」
「人事のことは全て私にお任せください。この出向辞令の承認欄に承認印さえ頂ければ、後は私のほうで上手くやっておきますので。」
「うん、うん。宜しく頼んだぞ、芳賀部長。」
いまでは芳賀はすっかり長谷部の側近部長としての信頼を得てしまっているのだった。
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