
凋落美人ゴルファーへの落とし穴
第二部
三十九
化粧室に入ったヨンは鏡に映った自分の顔を見て愕然とする。ルージュはすっかり剥げ落ちていて、自分の涎でべとべとになっていた口周りや頬は何やらタオルのようなもので入念に拭われたらしくほどんど化粧っ気らしきものは残っていない。そればかりか最後に手錠を外して貰うように頼み込んだ時の涙で眼の周りはアイシャドーやマスカラが溶け落ちてパンダ眼状態になっているのだった。すぐさまヨンは化粧室の洗面台で一度顔のメイクを全部洗い流し、ポーチから取り出した化粧用具で入念に化粧し直すのだった。
(そうだわ。会場に戻ったらさっきチラっと見たダビデ像みたいなものをもう一度しっかりと確認しておかなくちゃ。それにその奥にあった四角いパネルみたいなものも何だったのか調べておく必要がありそうだわ。)
そんなことを考えながら化粧を終えたヨンがパーティ会場に戻っていくと、様子が一変しているのに気づく。ステージは最初にあった位置に少し戻されていて、ヨンがチェックしておこうと思っていたダビデ像や大きなパネルは既に片付けられたらしく、姿を消しているのだった。
客たちは皆ステージの方を向くように新たに設え直された椅子に座っていて、その間を黒服の給仕たちが大きなお盆に載せた透明な箱を幾つも持って客の間を廻っている。よく見ると、黒服たちは客から何やら品物を預かっては透明なアクリルケースのようなものに受け取った品物を収納してはステージに置かれた大きなテーブルの上に運んでいるのだった。
「あら、ヨンさん。こっちよ、貴女の席は。」
さきほど警官役に扮してヨンに手錠を掛けたメリーという女性が既に警官の服からパーティドレスに着替え直して手招きしてヨンの席を指し示している。
「メリーさん・・・でしたかしら。皆さん、何をなさっていらっしゃるの?」
「あら、ほらあれよ。パーティのメイン・イベントのひとつのビンゴゲームへの賞品提供よ。」
「え、賞品提供・・・?」
「皆さん、それぞれに身に着けてきた高級品をビンゴの景品として提供してるの。高級時計とかイアリングとか宝石とか・・・。私はさっきブレスレットを提供したわ。ヨンさんは何を持っていらしたの?」
「え、何をって・・・。わ、私、何も聞いてないから、提供するようなものは何も持っていないわ。」
「えーっ? それは大変。まあ、どうしましょう。ねえっ。ねえったらぁ。リ・ジウさ~ん。」
ステージの方で黒服が運んでくる品物をテーブルに並べる手伝いをしていたリ・ジウが自分を呼んだメリーという女性の方へ近づいてくる。
「どうかしたの、メリーさん?」
「それが、この方。ヨン・クネさんが、ビンゴゲームに提供する賞品の品物を何も持っていないんですって。」
「あ、あの・・・。わたし、何も聞いてなかったんです。そんな催しがあるだなんて・・・。」
ヨンもリ・ジウにすがるように助けを求める。
リ・ジウは少し思案するように腕を組んで何かを思案する様子を見せてから事も無げに言うのだった。
「私にいい考えがあるわ。一緒にステージに来てっ。」
ヨンはリ・ジウに手を引かれるようにして再びステージの上に立つ。
「皆さ~ん。ちょっと聞いて。ここにいらっしゃるヨン・クネさん。これからやるビンゴゲームに提供する品物を持ってきていないんですって。それで私からの提案なんですけれど、ヨンさんには今身に着けている下着のブラとショーツを代わりに提供して頂くってことでそれでご勘弁して頂けませんかぁ?」
突然のリ・ジウの言葉に会場はやんやの大歓声が巻き起こる。指笛を吹く男性まで出る始末だった。
「どう? 今着けている下着でいいんですって。助かったわね。随分と安く済むわ。」
「え、で、でも・・・。」
「いいじゃないの。どうせ、只の余興なんだから。男性たちにとっちゃ、貴女の生の下着のほうがどんな高級時計や宝石なんかよりもずっと垂涎の的の筈だわ。ラッキーと思わなくっちゃ。」
「い、今、ここで下着を脱ぐっていうのですか?」
「大丈夫よ。今、衝立を用意して貰うから。」
リ・ジウが合図すると、黒服たちがステージの上に衝立らしきものを運び上げてくる。予め示し合わせて用意していたらしく、その衝立というのは病院の診察室などで使われるようなキャスターが付いて枠の中央部に襞のあるカーテンが張ってあるものが二組だった。ステージの中央部にそれが据えられると、客席のほうからはカーテンの下部の隙間から足の踝ぐらいまでが見える程度でカーテンの後ろで着替えることが出来るようになっているのだった。

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