
凋落美人ゴルファーへの落とし穴
第二部
二十六
後部シートに腰を下ろす瞬間、運転手がバックミラーを動かしているのにヨンは気づいて慌てて短いゴルフウェアのスコートの膝の上を化粧ポーチで蔽って奥が覗くのを隠す。
(覗かれたかも・・・。)
「この運転手は運転は丁寧にしますが、一応シートベルトは着用なさっておいてください。」
助手席の黒服の男は後部座席の方に身を乗り出すようにして振り向きながらヨンに言う。
「そ、そうね・・・。規則ですものね。」
今度はヨンは片手と化粧ポーチは膝の上から外さないようにしてもう片方の手で慎重にシートベルトを引き寄せる。
「それでは出発します。」
乗り心地こそは悪くない高級リムジンだが、居心地の悪い雰囲気の中でヨン・クネを乗せた車は滑るように走り出したのだった。
ヨン・クネが連れて来られたのはリムジンが停められた、とあるビルの地下駐車場からエレベータで上がっていったホールのような場所の手前の控室と思われる小部屋だった。
「もうすぐ呼ばれますのでここで待機願います。」
ヨンを連れてきた黒服の男がヨンの耳元でそう囁くように言った。
「わ、わかりました・・・。」
どういう趣向になっているのか知らされていないヨンは不安で仕方なかった。
「準備出来たようです。では参りますので私について来てください。」
「あ、はいっ・・・。」
男がパーティ会場らしい場所の両開きの扉を押し開くと会場手前に黒いカーテンが掛かっている。その向こう側からざわめきのような声が聴こえてカーテンの下からは明かりが洩れている。
「それでは本日のスペシャルゲストをご紹介します。皆さんご存じのあの方です。」
カーテンの向こう側から聞こえてきたのはまさに自分にここへ来るように命じたリ・ジウのものに間違いなかった。
「さ、カーテンを潜ったらまっすぐ真ん中のステージに上がってください。」
カーテンを潜って会場の中に入った途端にヨンはスポットライトの強い光を当てられて一瞬周りが見えなくなる。会場は登場したヨンの姿にやんやの拍手喝采が沸き起こっていた。
黒服がステージらしき場所に上がる数段の階段のところまでヨンを誘導してくれたので会場の雰囲気がつかめないままヨンはステージの上にあがる。

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