
凋落美人ゴルファーへの落とし穴
第二部
二十七
ステージの中央に立っていたのは何時の間にか華やかなパーティドレスに着替えているリ・ジウなのだった。
(え、どうして? 自分もウェアのままで出るって言ったのに・・・。)
「さ、ヨン。こっちへ来て。皆さん、改めて紹介します。さっきまで私と対等にコンペを闘って惜しくも優勝を逃して準優勝になったヨン・クネさんです。」
わーっという歓声と拍手が沸き起こりる。ヨンは戸惑いながらも聴衆になっている客たちに深々と頭を下げ、女子ゴルファーらしく手を振って歓声に応える。
「ヨン・クネさんには急遽この祝勝パーティに参加して貰ったので試合会場から着替える暇もないなか来ていただいたのです。でも、皆さんはこの馴染みのウェアのままがいいわよね。」
リ・ジウがウィンクして見せると聴衆が再び「おーっ!」という歓声を挙げる。
「ヨンさんったら、急いでここへ駆けつけるために下着だって着替えてないんですって。ふふ。」
(な、何てことをばらしてしまうの?)
リ・ジウの口から出た冗談とも取れない突然の言葉にヨンは顔を赤らめ、恥ずかしそうに苦笑いする。
「えっ? え、いやっ。下着はともかく、ほんとに慌てて飛んできたんです。優勝、おめでとう、リ・ジウ・・・さん。」
ヨンは下着を替えてないことに触れたリ・ジウに意地悪さを覚えながらも、そのことを否定も肯定もせずに誤魔化したのだった。
「ありがとう、ヨン・クネ。」
リ・ジウはさん付けしてくれたヨンに対しさりげなく呼び捨てで答える。
「じゃ、あちらの席にいらして。私の席の隣よ。」
ステージ上に再び黒服が現れてヨンを二つ空席になっている椅子の片方へ誘導してゆく。
ステージから降りる段になって初めて会場を見渡してみて、その異常な雰囲気にヨンは息を呑む。会場に居たのはタキシードを纏った男性十名ほどと、ほぼ同数のパーティドレスを纏った女性だったのだが、女性は素顔を晒しているのに対し、男性は皆眼の部分を蔽う仮面を着けていたからだ。
(何なの、この人達・・・?)
訝しく思いながらヨンは黒服が指し示す中央付近の二つ空いた席の片側に腰を下ろす。すぐさま手にしていた化粧ポーチを膝の上に置いて、それでなくても飛びっきり短いスコートの裾がずり上がって下着を覗かせてしまうのを防ぐ。
舞台では主役のリ・ジウが握っていたマイクが司会役らしいコンパニオンの女性の手に渡るとヨンが座っている席のほうにリ・ジウがやって来てヨンの隣に腰掛ける。
「ほんとによくいらしてくれたわ、ヨン。」
半ば強制的に連れて来られたパーティなのに、リ・ジウがヨンの誠意で来てくれたように周りに言うのに戸惑いを覚える。
ヨンは小声で周りには聞こえないようリ・ジウの耳元に囁くように気になっていることを訊ねる。
「この人達はどういうご関係? 男性は皆仮面のマスクを着けているようだけど・・・。」
「ああ、男性は皆わたしの支援者とかスポンサー関係の社長さんたちよ。皆さん、お立場があるので一応顔は隠していらっしゃるの。女性はそれぞれ男性が伴ってきたお供の人達。社長さんの秘書をされてる方もいるけど、馴染みの店のコンパニオンって人もいるわ。みんな私のパーティには馴染みの人だから気おくれすることはないわよ。」
(気おくれする・・・? 気兼ねするっていうのを言い間違えたのよね。)
ヨンはリ・ジウが一般に思われているほど日本語をうまく使いこなせていないのだと思った。しかし冷静に周りを見渡してみると女性の中でパーティドレスを纏って着飾っていないのはヨン独りきりだった。中には横にスリットの入ったセクシーなドレスも無いわけではないが、ヨンが着用している体の線をはっきり出して太腿もぎりぎりまで露わにしてちょっと油断すると下着を覗かれかねないゴルフウェアは、如何に専門デザイナーによって見栄えがするように工夫されたウェアだとは言え、所詮はギャラリーたちへのサービスのセクシー衣装であって気おくれしてもおかしくないとも思えるのだった。
「え、それでは乾杯に移りたいと思います。皆さま、ボーイがシャンパンのグラスをお持ちしますので受け取って乾杯のご準備をなさってください。」
司会のコンパニオンの声がマイクから響いてくると、何処からともなく黒服のボーイがシャンパンの入ったグラスを盆の上に幾つも並べてお客たちに配っていく。
「さ、どうぞ。ヨン・クネさま。」
ヨンもボーイにシャンパングラスを差し出されて片手でそれを受け取る。すぐ横のリ・ジウもグラスを受け取っていた。膝の上に両手を置いてスカートの裾が覗くのを隠している化粧ポーチを片手だけで抑えていなくてはならないのでヨンはちょっと不安になる。
「皆さま。グラスが行き渡りましたでしょうか? それではここでもう一度、本日の主役であるリ・ジウさまから乾杯にあたってのご挨拶を頂きたいと思います。リ・ジウさま、お願いします。」
司会の呼びかけにリ・ジウはすぐ横のヨンに振り向いて自分のグラスを差し出す。
「あら、また呼ばれちゃったわ。ごめん、ちょっとこれ持っててくださる?」
ヨンに拒む隙を与えずに胸元に自分のグラスを差し出してくるのでヨンは反射的にもう片方の手でそれを受け取ってしまう。
リ・ジウが立ち上がってマイクを渡そうとしている司会者の方へ歩いて行こうとする。その一瞬にヨンの反対側に居た女性がリ・ジウの歩いて行くのに邪魔にならないようにと座った位置を変えようとして動いたため、ヨンが膝の上に載せていた化粧ポーチが弾き飛ばされてしまう。
「あっ。」
「あらっ、ごめんなさいね。」
ヨンの化粧ポーチを弾き飛ばしてしまった女性はヨンに謝るように声を掛けると、すぐさま床に落ちた化粧ポーチを拾いあげると、ヨンの膝の上に戻すのではなく少し離れたテーブルの上に移したのだった。

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