
凋落美人ゴルファーへの落とし穴
第二部
二十五
ギャラリーから大きなどよめきが起きる。
(えっ。ま、まさか・・・。)
その時、ゆっくり芝を踏みしめながら近づいてくるリ・ジウの足音を気配で感じる。
「あらっ。惜しかったわね、ヨン。あと一歩でタイブレイクまで持ち込めるところだったのに。でもこれで貴女の敗けは確定ね。」
勝利を確定付けたリ・ジウの言葉は、鋭くヨン・クネの胸に突き刺さったのだった。
「試合前の約束。忘れていないわよね。」

「えっ? ええっ・・・。でも、私に何をしろって言うの?」
「ふふふ。今日、これから私の優勝の祝勝パーティを内々でやるの。貴女にはそのパーティにお客様を迎えるホステスとして参加して貰うつもりよ。いいわよね。」
リ・ジウ意味ありげな笑い顔にヨンはよからぬ不安を禁じ得ない。準優勝者が優勝者を称える為に優勝パーティに参加して招待客をもてなすホストやホステス役を務めるのはそんなに不自然なことではない。だからヨンもリ・ジウの要求に公然とは逆らえなかったのだった。
「で、でも・・・。祝勝パーティなんて、聞いてなかったから何の準備もしてないわ。パーティに着ていく服だって用意してないし・・・。」
「あら、いいのよ。ゴルフコンペの優勝パーティなんだから、着替えの必要はないわ。コンペで闘っていた時の服がパーティでの正装よ。私もこのウェアのままで出るつもりだから、貴女も着替えはしないでそのままの格好で出席してっ。」
「え、で、でも・・・。」
試合のままのウェアでは汗が匂うのではないかと気になるヨンだった。
(せめて下着だけでも替えさせて欲しいのだけれど・・・。)
しかしリ・ジウは全く意に介することも無さそうな涼しい顔をしている。
(ウェアはわざと替えさせないのよ。特に下着はね。ふふふ。)
リ・ジウは女性特有の匂い、特に運動をした後の汗を含んだ匂いはある男性たちにとってはフェロモンを感じる匂いなのだということを知っていてのことなのだった。
「貴女のマネージャにはうちのマネージャから話しておくから。貴女はそのままの着のみ着のままでパーティに来て。クラブハウスに私が手配してるリムジンが来てるから、それにすぐ乗って欲しいの。いえ、乗って貰うわ。」
リ・ジウの口調は異を唱える隙が全く無かったのだった。
クラブハウスに戻ると、見知らぬ黒服の男がハウス前に停められているリムジンの後席にヨン・クネを誘導する。クラブハウスの控室に戻ることも許されないのだった。
「あの、せめて化粧ポーチだけでも取りに行かせて。」
「これでしょう? 事前に私が取って来てあります。では車の中へどうぞ。」
何時の間に控室に入ったのか、黒服は背中に隠し持っていたヨンの化粧ポーチを手渡すとヨンを後部座席に押し込ませるように乗せると、自分は運転手の隣の助手席にさっと入るのだった。

次へ 先頭へ