屋上土下座

妄想小説

地に堕ちた女帝王



 九

 憲弘は再び紗姫を呼び出して辱めを与える計画を考えようとするのだが、紗姫のほうから寮の鍵を頼りに自分の身元を調べ上げられてしまうという惧れから、どんな卑劣な計画も挫折せざるを得ず、ひとり悶々とした日々を過ごすしかなかったのだ。

 しかし、ある日、遂にデッドロック状態を打開する妙案を思いついたのだった。

 (あの女を利用してやろう。)

 憲弘が思いついたのは、紗姫が手下か奴隷のように扱っているもう一人の女、百地真美を使うことだった。

 「公表されたくなかったら、一人で夜の11時に資材部別館の屋上まで来い。お前の秘密を握っている者より。」
 憲弘が百地真美に送ったメールは出来るだけ単純なものにした。真美は結婚して子供までいるというからには、会社の同僚の女性とレズビアンまがいのことをしているなどとは暴露されたくないだろうとは思った。が、その秘密を知られたり、公表されたりすることを困ったことに感じているかは、憲弘といえども自信はなかった。
 夜の11時に一人で会社の奥まで来いという命令に従うかどうかが、その度合いを示すいいバロメータになるだろうと思ったのだ。もし、言う通りにくれば、相当不味いことと感じているのだろうし、無視して反故にするようなら深入りするのは危険だということだと判断しようと思ったのだ。

 憲弘は紗姫を呼び出したあの夜に張っていたのと同じ、資材部別館を見下ろす位置にある設計本館の屋上から双眼鏡を使って、真美が来るかどうか見張っていた。憲弘の思いは五分五分だった。
 夫はもう既に妻の素行を知っていて、夫婦間では公然の秘密になっているかもしれない。その場合、そのことで脅したとしても開き直られる可能性もあるかもしれない。しかし、やはり知られたくない秘密で、何としても隠し通す為に夜な夜な一人でやってくるというケースも考えられなくはない。
 憲弘の視界に黒っぽい目立たない衣装の人影が資材部別館に向かって小走りに移動しているのが確認されたのは、11時をほんの少しだけ過ぎた頃だった。
 双眼鏡で確認すると、確かに百地真美だった。屋上というのが最初判らなかったようで、建物の周りをうろうろ探し回っているようだった。やがて真美は外階段に気づき、最上階から上へ昇れる梯子が壁についているのを見つけたようだった。外階段から上る壁の梯子は昼間昇るのでもかなり怖い。それを暗くなった時間帯に意を決して昇るからには、相当の覚悟をしてのことと憲弘は判断した。
 前の晩に散々考えて暗記した台詞を、頭の中で復唱しながら、憲弘も資材部別館へ向かい始めた。

 「あ、貴方は、資材部の人じゃないの。く、日下・・・、さんとか言ったわよね。」
 憲弘は、真美に対しては覆面を使うことは考えていなかった。覆面をしたとしても声で判ってしまう惧れもあった。しかし、今回の目的の為には、直接真美と話をすることは必須だ。こちらの正体がばれてしまっても目的達成の為なら構わないと思ったのだ。
 憲弘は、先に昇っていた真美の後から資材部別館の屋上へ上がると、すぐには口を開かないで暫く睨みつけて様子を見ることにする。
 「ど、どういう事?・・・。私の秘密って、何故、貴方が横井さんの事なんか知ってるっていうの。」
 突然出てきた思いがけない固有名詞に、驚きのあまり表情が変わってしまうのを必死で堪えた。
 (横井・・・、誰なんだ・・・。)
 「わ、私を脅すの・・・。私にどうしろって。」
 真美は見るからに怯えていた。しかし、犯される事を想定している様子ではなかった。憲弘のほうも、紗姫の方ならいざ知らず、見かけの不細工な真美の身体を蹂躙したいなどとは思っていなかった。
 「お、お金だって、持ってないわよ。共働きしたって、家のローン払うのがやっとなのよ。脅し取ろうったって、何もないわよ。」
 秘密をネタに金品を脅し取られようとしているのだと、真美は思っていたらしいと判ると、いよいよ知られたくない秘密なのだと憲弘は確信する。
 憲弘は今回の企てを実行するにあたって、真美には極力高飛車に出て、強い口調で挑もうと作戦を立てていた。それは紗姫との逢瀬のビデオを見えいて思いついたことだった。真美は紗姫に対して常に奴隷側だった。隷従するのに悦びを覚えているようにも見えた。いたぶられることに快感を覚える所謂マゾ嗜好なのだろうと、憲弘は見当をつけたのだ。
 「慌てるな。お前をどうこうするのは、まだこれからのことだ。まずはお前に言うことを聞く気があるかどうかだ。秘密を暴露されたくなかったら言うことを聞くんだ。」
 いつになく傲慢然とした言葉がすらすら口から出てくるのに、憲弘自身不思議だった。紗姫を目の前にすると萎縮してしまって、目線さえ伏目勝ちになってしまう自分だった。その反動なのかもしれないとも憲弘は自分を分析していた。
 「まずはそこに土下座しろ。両手を突いてそこにしゃがむんだ。」
 真美は呆然と憲弘の方を見ていたが、やがて片方づつ膝をつき、両手を目の前について蹲る。命じた憲弘の方が、相手が言うことをすんなり聴くことに驚いていた。が、表情は強張らせて取り繕う。
 憲弘は考えてきたシナリオ通り、尻のポケットからアイマスクを取り出すと、真美の前に投げて寄越す。(視界を奪うことで、争うという気持ちを萎えさせる)それは、憲弘がオナニーのネタに読んでいたエロ小説からパクッた作戦だった。
 真美は渡されたものを不思議な物でも見るかのように確かめていたが、やがてゆっくりとそれを自分の頭に被せた。
 「何時からだったんだ。アイツとは・・・。」
 思いもかけない固有名詞が出たところで、憲弘は慎重に言葉を選んだ。何処までをこちらが知っているのか、悟られてはならないからだ。
 「横井・・・さんのことですか。・・・、ちょうど、一年ぐらいです。」
 「どっちから仕掛けたんだ。」
 何とでも取れる言い方を憲弘はしてみた。
 「わ、私、そんなつもりじゃ、無かったんです。最初はいろいろ優しくしてくれるから、いい人だなって思っていたんです。決して私の方から誘ったりした訳じゃありません。でも、今から思えば、ああいう関係になったのは、私に隙があったからなのだとも思いました。あの日、私が迂闊に横井さんの誘いに乗りさえしなければ・・・。」
 憲弘のアイマスクに土下座の作戦は功を奏していた。真美はつい不必要な事にまで饒舌になってしまっていることに気づいていなかった。

金髪

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