肋木磔

妄想小説

地に堕ちた女帝王



 五

 「あのお・・・。」
 憲弘は目の前でミニスカートから惜しげもなく生脚を晒している紗姫の膝頭をじっと見詰めながら、勇気を出して言葉を切り出したのだった。
 「あのお、ぼ、僕と、今度お酒を飲みにいってくれませんかぁ。」
 憲弘にしてみれば、それこそ清水の舞台から飛び降りるような気持ちでやっと切り出した言葉だった。その日は、珍しく紗姫は子分のようにいつも引き連れている真美を伴っていなかった。一世一代、千載一遇のチャンスだった。憲弘は、何度も繰り返して独りの独身寮の部屋で練習した言葉をやっとのことで口にしたのだった。
 一瞬沈黙が流れた。目の前の紗姫はぽかんとした顔をしていた。一瞬の後、紗姫がぷふっと吹き出して笑った。その笑いをどう取っていいのか判らない憲弘はじっと愛くるしい紗姫の瞳を見つめて言葉を待った。
 「いやだあ、恥かしいじゃないの。」
 (意外に純情なんだ、紗姫さん。よかった・・・。)
 「恥かしいことなんて、ないですよ。僕達、もう大人だし・・・。」
 紗姫の顔が更に呆気に取られてぽかんとし、眉が少し攣り上がった。
 「何言ってんの。アンタ、馬鹿ねえ。アンタなんかを連れていたら、周りに恥かしいって言ってんのよ。嫌だなあ、新人君。」
 「は、恥かしい・・・で、す、か・・・。」
 頭を掻きながらも、まだ憲弘は空気を掴めないでいた。
 「百年早いわよ、この紗姫さまを誘うなんて。アンタ、何様のつもり。」
 昼休みのひとときを一緒に煙草を呑むようになって、もう大分経っていた。言葉を掛けても返事も呉れるようにまでなっていた。満更嫌そうでもないのだと、憲弘も思っていたし、心を許し始めているのだと思い始めていた。誘いの言葉を掛けるなら、今がチャンスだと狙っていたのだ。
 プフーッと煙を吐き出すと、紗姫はさっと長い脚を、憲弘の目の前で組替えた。憲弘の瞳が動いて、視線が紗姫の裾を走る。しかし覗きかけたデルタゾーンは膝に何気なく掛けたような紗姫の手の動きで物の見事にブロックされた。
 「何覗こうとしてんのよ。」
 「あ、いや・・・。そんなことは・・・。」
 見透かされて、憲弘はたじたじだった。紗姫のほうは、わざと脚を組替えたのに、まんまと引っ掛かった目の前の冴えない駄目男君を見下したように、フンと鼻を鳴らした。
 恥かしさにどんどん顔が赤くなっていく憲弘だった。もう、紗姫を前にして顔が上げられなかった。そんな憲弘に見切りをつけるかのように、すくっと立ち上がった紗姫は、憲弘に挨拶もしないで喫煙ルームを出ていってしまったのだった。
 この時だった。憲弘の心に悪魔が目覚めたのだ。復讐の炎が小さくだが燃え上がった。そしてそれは次第に強さも大きさも増してゆくのだった。



 二度の辱めを受け、それもよりによって、二度とも排便する様を写真に撮られてしまって、いつもは気丈の紗姫も、さすがに今回は意気消沈してしまってた。しかも男に無毛の股間を見られ、写真まで撮られてしまっていた。
 あの呼び出されて辱めを受けた次の日にも、同じ様に写メが送りつけられてきた。今度の物は前より一層えげつない物だった。
 無毛の股間がグロテスクなバイブを深々と挿されているだけでなく、その後ろの肛門から黒い塊がひり出されている将にその瞬間が捉えられていた。人間としての尊厳を全て剥奪されたかのような気分だった。写メで送りつけられたその写真は、明らかにその部分だけトリミングされたものに違いなかった。切り取られた残りの部分には、紗姫の口惜しさに歯軋りしている顔まで、ちゃんと写っているに違いなかった。
 何としてもそんな写真は奪い返し、復讐してやらねばならないと心に誓う紗姫ではあったが、それは一段と難しくなったのも認めなければならなかった。あの夜、あと一歩のところで、男を捕えることが出来た筈だった。しかし、そのことは、あの男にこれから一層の警戒心を与えてしまうことになったのだ。紗姫にまた呼び出しをかけてくることは容易に予想されたが、一層、用意周到に準備して、そうそうは反撃の隙を与えないに違いないだろうことも予想出来るのだ。
 男の責めは、まず携帯メールを使っての理不尽な虐めから始まった。

 最初の命令は、制服のスカートの丈を10cm詰めろというものだった。しかし、これはミニを穿き慣れた紗姫にとっては、それほど困る注文ではなかった。制服のスカート丈は既に自分で勝手に短く詰め直してある。実際、今の丈よりもっと短くしていた時期もあったのだが、嘗ての上司だった男から、品位を落とすからもっと長く直せと注意されて、仕方なく少し元に戻させられたのだった。それでも、10cm詰めると、紗姫といえども、よっぽど注意していないと、下穿きが男たちの視線の餌食になってしまう惧れがある短さだ。股下はおそらく数センチにしかならなそうだった。それでも、紗姫は男に服従する振りをする為に、制服をアパートに持ち帰って丈を詰めた。

 スカート丈を短くしろというのは、何処かで見張っているということを暗に示していた。それは紗姫にもその命令をした男を発見出来るチャンスをもたらすかもしれないということを意味していた。勿論、今にもパンツが見えてしまいそうな短い制服から太腿を露わにして会社内を歩いていれば、男なら誰しも振り返って見るだろうし、しゃがむような格好をすれば、きっと誰でも露骨に覗いてくるのは間違いなく、それで、すぐに犯人を見つけ出すのには繋がらないかもしれない。

 次の命令は短いスカートの下に付けていい下着の指定だった。紗姫は万一ミニスカートの奥が覗いてしまった時の為に、ショーツは黒の厚手のものを本来のショーツの上に重ねていた。滅多にスカートの裾の奥を覗かせてしまうような失態を演じることはない紗姫だったが、それでも不可抗力というものはあるのだ。以前にお客に接待するお茶を出すのに、盆に載せた茶器を運んで階段を下りようとしているところを、偶然下に居た男に、思いっきりスカートの中を覗かれてしまったことがあった。運悪いことに、男は階段の降り口のところで床のタイルを直す仕事をしていたのだ。誰か降りてくる気配に偶々顔を上げたところに、上から降りてくる紗姫の姿があったのだ。完全に覗かれている事に気づいたが、両手が塞がっていた為に隠す術がなくて、悔しい思いをしたのだった。それ以来、黒いショーツを重ね穿きするようにしている。これだと、パンツが見えたのか、ただの暗がりなのか区別がつかない。紗姫にとって、男に下穿きを見られてしまうというのは、女としての一番やってはならない恥だと心得て、どんなに挑発的なミニスカートを穿いても決して下穿きを覗かせないことを信条としていたのだ。

 男の命令は、指定された場所に置いてある男の用意した下着以外着けてはならないというものだった。携帯メールで送られてきた指示には、再び体育館の男子トイレの個室が指定されており、誰も居ないタイミングを見計らって、その男子トイレに忍び込んだ紗姫は、一枚の薄い頼り無さ気の白いショーツを発見したのだった。しかも、それは、男から新たなショーツを受け取らない限り、穿き替えることも出来ないことを意味していた。

 どうせ何を穿いていても、露骨に覗かれない限りばれないだろうと思っていた紗姫は次の命令メールで男のしたたかさを知らされたのだった。男は、メールの返信に携帯のカメラでスカートの中を自分で撮って、写メにしてすぐに送ることを要求してきたのだった。これで、男はいつでも紗姫が短いスカートの下に何を穿いているか確認出来ることになってしまったことを紗姫は思い知らされたのだった。

 制服のスカート丈をぎりぎりのところまで詰めさせられ、男から渡された頼りなげなショーツを穿かされたままの格好で、紗姫はいつもの喫煙ルームへ一人で向かっていた。命令のメールでは独りで向かえと態々指示されていた。いつも一緒の真美をどう巻くか思案していた紗姫だったが、案ずるより生むが易しで、その日は偶々真美は出張で出ていた。これまで、昼休みに一人の時は態々離れた建屋まで煙草を吸いに行くことは少なかったが、今回は男の命令で仕方なかった。リラックスしにいく喫煙ルームへの足が、今回は重かった。資材部別館と呼ばれているその建屋へ入る前に、もう一度、紗姫は自分の下半身をチェックする。詰めさせられたスカートの丈は今日は特に短く感じられる。紗姫は唇を噛んで口惜しさを確かめるように一旦躊躇してから、さっと資材部別館の中へ入り、喫煙ルームのある二階への階段を上がっていく。
 階段の上がり降りも注意しなければならないポイントの一つだ。不用意にしていると、簡単にスカートの奥を覗かれてしまうミニ丈なのだ。紗姫はスカート丈を詰める際に、脇も詰めてよりスカートをタイトめに直していた。こうすることで、スカートの中はぐっと見えにくくなるのだ。しかし、それはあくまで立って歩いている時で、座る際にはタイトさが逆に邪魔してスカートのずり上がり代が大きくなってしまう。ミニを穿きなれている紗姫には百も承知のことで、綺麗に脚を組み、座る瞬間に裾の前を手で隠す。男等に下着を露わにしてしまうようなことは、紗姫に言わせれば(ダサい)立ち振る舞いは紗姫には縁のないものだった。
 しかし、その紗姫のいつもの仕草を知ってのことなのか、男の指示は細かく適確だった。紗姫には二つのことが禁止されていた。それは脚を組むことと、膝の上に手を置く事だった。
 いつもの喫煙ルームには人影がなかった。紗姫はふっと安堵の息を洩らす。この時間帯は、友人のナミが居る資材課というところで唯一煙草を吸う日下という新人の社員がよく煙草をふかしに来るのだった。しかし、それは必ずという訳ではなかった。紗姫は今日は日下が居ない日であるのを祈っていたのだ。
 喫煙ルームのドアを開けて中に入り、いつものスツールに向かう。紗姫にはそれが今日は拷問椅子であるかのように見える。もう一度誰も居ないのを確かめて腰を下ろす。ただでさえ短いスカートが確実に5cmはずり上がる。紗姫自身の目に下着が覗いている訳ではないが、上から見下ろした感じでは、真正面から見られたら丸見えに違いないと思った。脚を組めば何とか隠せるが、それは禁じられていた。紗姫はガラス張りの窓の向こうを眺める。緑の葉が茂りはじめた桜の並木があって、その向こうに、背の高いビルがある。設計本館と呼ばれている開発者たちが入っているビルだ。そのビルの窓の何処かから双眼鏡などで見られていたら、紗姫の一挙手一投足ははっきり見て取れる筈だ。約束を反故にすればすぐにばれてしまう筈なのだ。そこまで分っていてその喫煙ルームを指定したのだと、紗姫も気づいていた。
 気持ちを落ち着かせようと、一本目の煙草をシガレットケースから引き抜こうとしていた時だった。ガラス張りになっている給湯室との間を隔てている壁の向こう側に、資材課の新人、日下がぬっと立っていたことに気づいたのだった。一瞬、凍りついたように紗姫のシガレットケースを手にしていた手が止まってしまった。
 「あのお・・・、いいですか。」
 日下はいつものように、もそっとした声でそう言って入ってきた。
 「あ、ど、どうぞ・・・。」
 いつもはぴしゃっと言い返す紗姫だったが、この日は声も震えがちだった。
 ガラスの張られた壁の向こうから見ていた筈の時から、紗姫の格好は見られていたに違いなかった。計ったように、日下は紗姫の真正面にある奥のスツールに腰掛ける。目が泳いでいるようだが、明らかに隠しきれない紗姫の膝の奥を意識しているのは間違いなかった。それでも手で隠したり、脚を組んだりすることが許されていない。紗姫にとっては、こんな格好を一番覗かれたくない相手だった。自分が最も蔑んでいるような男に、パンツを見られてしまうのだ。男の蔑むような視線を想像しただけでも鳥肌が立つような気がした。
 あからさまに見据えては来ないものの、ちらっ、ちらっと膝と膝と間のデルタゾーンを覗き込んでくるのが、痛いように感じられた。隠すことが出来ないでいるのを、この男はどう考えているのだろうかと思うだけで不快だった。いつぞや、自分に一緒に酒でも飲みに行こうと誘われたことを思い出していた。「ふざけるんじゃないわよ。」と一蹴した紗姫だったが、今は自分のほうが誘っていると思われてしまうのではと思うと、口惜しさがこみ上げてくる。
 「あの、パンツが見えてますよ。」
 そういつ言われるのではないかと思うと居ても立ってもいられない紗姫だった。が、もっさりとした動作で煙草をポケットから一本取り出した日下が発した最初の言葉は違っていた。
 「あのお、火、貸して貰えませんでしょうか。ライター忘れてきちゃったみたいで。」
 紗姫は一瞬、日下のほうを睨むようにみてから、視線を落とし日下のほうを見ないで言った。
 「いいわよ。ほらっ。」
 紗姫自身にも何故、その時、そんな事をしたのか判らなかった。自分のライターを差し出す代わりに、自分が吸っていた煙草の先を差し出したのだ。
 「し、失礼、します。」
 そう言って、日下は煙草を咥えた口元を紗姫が差し出す煙草の先に近づけてきた。それは隠すことを許されていない、スカートの裾の奥へ日下の視線を更に近づけさせることを意味していた。
 先に着いて火を点けていた紗姫の煙草のほうが当然ながら先に燃え尽きた。が、それより一瞬早く、日下のほうがまだ吸い残しのある燃えさしをもみ消して先に立ち上がった。日下はどう思ったか、火を点けさせて貰った以降、紗姫にはひとことも発することなく煙草を飲み終えたのだった。紗姫にはその日下の視線を確かめることすら出来なかった。
 短いスカートから丸見えの下着を覗かれたことの恥ずかしさよりも、そういう格好をして佇む自分のことを相手がどう見下していたかのほうが紗姫の脳裡を捉えて放さなかった。

金髪

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