便座磔洩らし

妄想小説

地に堕ちた女帝王



 三

 チャリンと耳慣れた音がする。
 (メールだわ。)
 仕事中でも、堂々と私用の携帯を取り出して見るのに、紗姫は何の躊躇いも無かった。ちょっと強面の紗姫に小言や意見を言えるような男性社員は一人も居ない。
 (誰かしら、こんな時間帯に。)
 昼下がりの眠くなる時間帯だ。就業後の誘いの電話が掛かってくるにしては、まだちょっと早い。何気なく折畳みの電話機を開いた紗姫だったが、画面に現れた写真を見て紗姫ははっとなった。そこには、写メという添付画像付きのメールの写真の一部が写っていた。そして、それは間違いなく、忌まわしい記憶のものだったのだ。
 慌てて携帯を閉じた紗姫だった。辺りには男性社員もうろついている。工場内巡視用の帽子と記録簿を取ると、紗姫は誰にともなく声を掛けた。
 「巡視、行ってきま~すぅ。」
 見た目は平静を装っていたが、内心は心臓がどきどき鳴っているのがわかる。それと同時に自分が受けた屈辱の仕打ちへの怒りがこみ上げてきていた。

 工場内の事務所を出て、いつもの巡回コースを歩き出す。巡回員の帽子と腕章は、閑散とした工場敷地内を真昼間うろついていても不審に見えない隠れ蓑だった。弘済会の売店横をすり抜け、嘗て秘書などを勤めていた時の勤務場所だった事務本館の建物に向かう。その一階の女子トイレの個室に小走りに駆け込むと、鍵をきっちり掛けて便器に座り込み、おそるおそる携帯を再び開く。
 女が真正面を向いて座っている。両手は背中の後ろに回して膝が開いていて、その奥に下着が丸見えに写っている。顔はかろうじて顎のあたりまでで切れているので、誰かはすぐにはわからない。が、写された本人には間違いなく自分と確認出来る。画像変換のボタンを押して、画像を拡大する。かなり解像度の高い重たい画像だ。倍の倍まで拡大して、露わになっている股間部分をスクロールする。逆三角形の白い布の下向きの頂点から、何やら滴り落ちている。そしてその下向き頂点の部分は、黄色い沁みが出来ているのがはっきり判る。
 (く、くそぅ・・・。)
 メールには本文は何も付いていない。発信人は数字と電話会社名だけの明らかにプリペイド式の機種からのものと判る。怒りに震えながら、着信拒否設定をしようとして、紗姫はふと思い留まった。
 (絶対に見つけ出して、復讐してやるのだ。)と心に誓ったのだった。犯人からのメールは犯人に迫る重要な手掛かりなのだ。こんなものを送りつけられるのは、紗姫のプライドをずたずたにするのだが、何とかそこから犯人を割り出す手掛かりを見つけなければならないと紗姫は思った。今の紗姫には他には犯人らしき男の背格好ぐらいしか判っていなかった。

 そして、犯人から次の文字のメールが届いたのはその日の定時少し前のことだった。再びチャリンという着信音で紗姫はそれに気づいたのだった。
 今度は事務所に一番近い、工場内の女子トイレの中で携帯を開いた紗姫だった。
 「今夜、夜11時に体育館の男子トイレに一人で来い。変なことをすれば、お前が困ることをしてやるからな。」
 文はそれだけだった。
 タリタリリーン。
 今度は電話の着信メロディだった。相手をみると、百地真美だった。
 「あ、真美。どうしたぁ。」
 「サッキー。変なメールが来たぁ。写真だけなの。」
 紗姫は嫌な予感に胸がどきんと鳴る。
 「へ、変なって。どんなの。」
 「それがさあ、なんかエッチなやつ。女の子が便器に座っててパンツが丸見えになってる写真なの。」
 紗姫は平静さを保つように、深呼吸して自分を落ち着かせる。
 「あ、それ変態メールってやつだ。最近、流行ってるらしい。係わり合いになんないほうがいいよ。次々に変な変態写真送ってくるっていうから。・・・。チャッキョ(着信拒否)しちゃいなよ。」
 「うん、そうだね。・・・。でも、何でアタシのアドレス判ったんだろ。」
 「なんか、無作為に探すソフトってあるらしいよ。それで相手が応答してくると、浸け込んでどんどん送って来るんだって。気をつけてよ。」
 「うん、判った。じゃあ、子供の迎えがあるから、またね。」

 紗姫はほっと胸を撫で下ろす。が、まだ安心は出来なかった。どうもトイレに縛られていた間に自分の携帯のアドレス帳などをコピーされたらしいことが判った。自分の知り合いに何時、どこへ送られるか判ったものではないのだ。紗姫は男の呼び出しに最初から逃げるつもりなど無かった。男の正体を暴く絶好のチャンスだと思っていたからだ。
 男が真美にも写真を送ったのは、明らかに脅しだと思った。呼び出しに応じなければ、どんどん写真をばら撒くというつもりなのだろうと紗姫は即座に判断したのだった。早期に決着を付けなければとんでもないことになると紗姫は思った。

 一旦アパートに帰った紗姫は出掛けるのに、男との格闘の可能性を考えて、ジーンズにすることも考えたが、やはりいつもの超ミニのタイトスカートにすることに思い直した。いつも男の目を惹くことを考えている紗姫には、女の生脚こそ男には強い武器になることも知っていた。つい目が行ってしまう瞬間に隙が出来るのだ。若い頃から男との格闘は何度も経験があった。武道で鍛えられてきたおかげで相手が男だからといって、負けることは殆どなかった。特に初対面の男の場合、女だと思って嘗めて掛かるのが普通だった。言い寄ってくる男を無視して反感を買い、詰め寄られたことは何度もあった。その度に、投げ飛ばされて痛い目をみるのは男たちのほうだったのだ。油断ならない相手の時は、自慢の脚と、覗きそうになる短いスカートで巧みに相手を刺激し、注意が散漫になったところに一撃を喰らわせるのが、紗姫の得意技なのだった。

 犯人が指定した体育館は会社の付属の施設の一つだった。業績が盛んな頃は、色々な運動部が会社の中に作られて、定時後の活動が盛んだった時期もあったが、それらの殆どは廃部になり、今は専ら地域貢献の為に、市民や近隣の児童達のサークルに貸し出されている。一般人に開放している為、守衛の居る門とは別の出入り口が設けられていて、逆に一般の会社敷地との間はフェンスで自由な出入りが出来ないようになっている。紗姫達は、その職務上、会社の全ての場所に出入り出来る合鍵を事務所に持っているが、体育館ならば、誰でもが夜遅くにでも出入りが自由なのだ。夜11時という時間は、一般の市民サークルなどが活動を終了する10時と、警備員が施錠をして廻る12時の丁度中間なのだった。紗姫は会社の内情に詳しいものの仕業と見当をつけ始めていた。

 紗姫は、社員駐車場の端から直接体育館のほうへ抜けれる出入り口を通って体育館のある敷地へ入った。体育館への入口は守衛の居る正門横にもあるのだが、紗姫はなるべくひと目につきたくなかった。それは犯人も同じだろうと考えたのだ。もし先に来ているなら、何等かの痕跡が見つけられるかもしれないとも思ったのだ。
 ひと気が消えた体育館はすっかり明かりも落とされ、静まり返っていた。職場巡視で何度も来ているので、体育館の構造は隅から隅まで頭に入っている。犯人が指定してきた男子トイレは、体育館の一番奥にある。ステージの両脇から奥へ入っていったところだ。右側が男性用で、左に女性用がある。紗姫は音を立てないようにそおっと大扉を押し開け中に滑り込んだ。外から街灯の明かりが差し込んでいるだけで、薄ぼんやりとしか内部は見えない。紗姫は摺り足で体育館を斜めに突っ切って男子トイレに向かう。

 トイレへの通路の入口には押して開く回転ドアがある。そこから細い通路が奥まで続いて角を曲がったところがトイレになっている筈だ。男子用は紗姫も入ったことはないが、反対側の女性用とおそらく対称形になっているだろうと見当をつけた。
 回転ドアを押して入る前に、紗姫は立ち止まって深呼吸を一回する。意を決すると、そおっと音がしないように回転ドアを押し、中へ滑り込む。明かりが付いていないので、トイレのほうは更に暗い。暗がりの中を壁を手探りにして奥へ進む。角まで来て、そっと中を窺う。暗がりの中に白い男性小便器がぼおっと浮かんで見える。誰の姿もなかった。三つある個室のほうへ目をやると、真ん中の個室の扉に何かが貼ってある。近寄ってみると、何かが書かれていた。
 その紙を剥がして、窓のほうへ近寄り、外から差して来る弱い光に翳してみると、ワープロの文字がうっすらと読み取れた。
 「中の便器の上にあるアイマスクを着け、手錠を後ろ手に嵌めて、体育館の真ん中でステージのほうを向いて待っていろ。」
 真ん中の個室に走り寄って扉を開くと、便器の蓋の上に黒光りする手錠とアイマスクが置いてあるのが見えた。
 (用意周到ね・・・。)
 紗姫はアイマスクと手錠を取り上げる。女一人を襲うのに、手錠まで用意する男の卑劣さに、益々闘争心が湧いてくる。紗姫は、何としても男を捕えて懲らしめてやろうと思い立つ。 
 アイマスクと手錠を手に体育館のほうへ戻るとほぼ中央に立った。ステージに向かって立つと、入口のほうから背中の手錠をちゃんと掛けてあるか、確認出来るということなのだろう。
 紗姫は片方の手首に手錠を掛けてみる。カシャっという音がして、もう戻そうとしても開かない。もう片方は嵌めずに手首に載せてみる。うまくもう片方の手で隠せば、嵌めているように見えるかもしれないと紗姫は考えた。
 片手でアイマスクを掛けると両手を背中に回し、本当に掛かってしまわないように慎重に自由なほうの手に手錠の乗せるようにすると、手を交叉して手錠が本当に嵌っているほうの手を上にする。

金髪

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