妄想小説
地に堕ちた女帝王
十
「おい、今から帰るのかい。乗ってきなよ。」
何時の間にか自慢の新車を横に付けてパワーウィンドーを下して声を掛けてきた横井に真美は思わず微笑みかえした。
「ええ、いいんですかあ。じゃ、遠慮なくお邪魔しますぅ。」
いそいそと横井の車の助手席に乗り込む真美だった。横井の車で送って貰うことに既に慣れっこになっている。横井は資材部の部長だった。元々別工場の出身だが、今のところへは単身赴任で来ていた。会社の単身者用アパートとの間を行き来する生活では、退社後はかなり暇なのだと真美には話していた。買ったばかりの新車に誰かを乗せたいというのもあるようだった。
初めて横井に声を掛けられたのは、土砂降りの雨の夜だった。傘を差して一旦は徒歩で帰途に着き始めた真美だったが、あまりの雨脚の強さに、工場脇の軒下で、どうしようか思案している時に横井の車が横に止まったのだった。
車で送ってくれるという横井の誘いに乗ったのは、あまりの雨脚の激しさのせいもあったが、ずっと続いている夫との諍いのせいもあったのだ。その頃、夫とは碌に口も利いていなかった。横井の親切が心の奥に温かいものを点したのを真美自身否定は出来ない。
それから何度か横井に車で送られることがあった。言葉達者な横井は同時にいい聞き役でもあった。ついつい洩らしてしまう真美の愚痴に、横井は親身に付き合ってくれるように真美には思え、つい横井に甘えて、日々の悶々とした思いの相談にも乗って貰うようになっていたのだった。
「今日は真美ちゃんに見せたいいい場所があるんだよ。ちょっとぐらいは時間、いいかい。」
「え、でもっ・・・。」
「いや、そんな時間が掛かる場所じゃないから。」
半ば強引に横井が逡巡する真美を連れていったのは、会社から市街の方へ向かうのとは逆の郊外へ向かう方角だった。しかし走り出してほどなく横井の車は大きな通りを逸れて細い横道に入っていった。道はすぐ行き止まりになる様子だったが、工事中を示す仮設の鉄柵の脇に砂利敷きだが、細い道が繋がっている。横井は車を半分路肩に入れるようにして仮設の鉄柵の脇を擦り抜けると、砂利道をどんどん上のほうへ上がってゆく。ほどなく道は砂利道から綺麗に舗装されたアスファルト道となり、両側には整備された歩道、更にその外側には芝生のグリーンベルトが広がるようになった。
「凄いだろ。ここは建設途中の新しく公園にされる場所なんだ。まだ出来上がってないけど、この辺りから上はもうほぼ造成は終わってるんだ。」
真美が見渡すとなるほどまだ造成中らしく、あちこちに盛られた土山や砂利置き場が散見される。それらを擦り抜けるようにして横井の車はどんどん丘の上の方へ向かって上がってゆく。
「どうだい、凄いいい眺めだろ。」
突然開けた眺望は、横井の車が見晴台になるらしい広場の崖っぷちに到着したことを示していた。遥か遠くに市街地が広がっている。折りしも夕暮れ時で街の灯りが点り始めていて、それらがきらきらとまるで宝石箱を転がしたかのように煌き始めていた。
「ほんと、素晴らしい所ね。綺麗だわ。」
真美も感激して眺めに見入っていた。その為、横井の手がそっと自分の腰の上へ伸びてきていることに気づかなかった。背もたれが突然がたんと後ろに倒れたことで、漸く真美は横井の手が自分が座っている助手席のシートレバーまで達してそれを操作したことを知った。そのまま覆いかぶさるように横井が身体を真美の上へ被せてくる。
「あっ、嫌。駄目っ・・・。」
慌ててそう叫んだ真美だったが、その唇はすぐに横井のもので塞がれていた。抗おうとするのを両手を肩の辺りで掴まれて身動き出来なくされる。唇が強く吸われると、真美は次第に抵抗する力を失っていった。
横井の接吻は夫婦の営みから暫く遠のいていた真美には甘美で刺激的だった。
(いけない。こんなことをしていてはいけない。)
そう思うのだが、どうしても身体に力が入らない。唇を塞がれているのをいいことに、真美は黙って身を任せてしまった。それを合意と受け取ったのか、横井の手は真美の腰の辺りを滑って、スカートの中に忍び込んでいた。下着を下ろされてしまうまではあっと言う間のことだった。
真美はその日のことをほんの小さな過ちの出来事に過ぎないと思っていた。誰にだって些細な過ちはあるものだ、そう思って忘れてしまおうとしていた。しかし、すぐにそれは甘い楽天的な考えであったことを思い知らされるのだった。横井は他県から単身赴任でやってきていた。しかも悪い事に妻とは離婚調停中だった。文字通り横井は女の身体に飢えていたのだ。真美とても夫との長引く諍いの中にあって、男の身体は久々の悦びではあった。しかし、横井とは違って受動的なものであった。横井の場合は性急な性欲の渇望ともいえるような肉獣的なものだった。性の行為を覚えたての十代の若者のそれと似通うものがあったのだ。
初めての性行為があった次の日の帰り道にも、真美は横井の車に誘われた。さすがに真美ものこのこと横井の車に乗る訳にはゆかなかった。しかし横井の目と言葉は真美に有無を言わせぬものだった。
「お前、それじゃ亭主に全部ばらされてもいいってんだな。」
この捨て台詞には真美も慌てた。とにかく一旦は従う振りをして横井に冷静になるように説得するしかないと思ったのだ。
二度目の逢瀬に応じてしまったことが真美を泥沼に引き摺り込んでしまった。前の日と同じく誰も来ない建設中の公園予定地まで連れ込まれた真美は、横井の恫喝と腕力によって、瞬く間に裸に剥かれ、両手を頭の上に抑え付けられて抵抗することも出来ずに二度目の性交を受け入れさせられてしまったのだった。
いけなかったのは、一度男の身体を受け入れてしまうと、久々の男女の営みの官能に真美自身が我を失ってしまい、遂にはイってしまったことだった。これが、横井をますます付け上がらせる結果となってしまったのだ。
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