妄想小説
地に堕ちた女帝王
十四
憲弘にそそのかされて、紗姫の手足の自由を奪い、あの場に置き去りにした後、憲弘との間に何があったか、紗姫は語ろうとしなかった。何の抵抗も出来ない格好なので、悪戯されて辱めを受けたのかもしれなかった。或いは強姦する形で陵辱を受けたのかもしれない。それとも、白馬の騎士にでもなったつもりで、単に窮地を救い出したのだろうか。
憲弘との間で策略が交わされていたとは知らない筈なので、自分にも憲弘のことは何も話さないつもりなのだろうと、真美は思っていた。それで、自分と憲弘の関係は知らない紗姫が憲弘の前でどういう態度を取るのか見てみたいと考えたのだった。
紗姫の身体にレズのように奉仕するようになったのは、自然な成り行きだった。真美自身はレズっ気がもともとあった訳ではなく、紗姫の無毛の陰唇に口で奉仕するのも、窮地を助けられた紗姫への恩義という意味での奉仕に他ならなかった。しかし、それが回を重ねるうちに、次第に真美にも心地の良いものになっていったのだった。何に対しても強気で立ち向かっていく紗姫の傍で仕えていることは、何に対しても晩生になってしまう真美にはとても頼もしく、居心地がよかったのだ。真美は、憲弘とのことで、出来れば紗姫との関係を悪化させたくなかった。それだけに、紗姫と憲弘が自分の前でどう対峙するのかを見届けておきたかったのだ。
真美のほうから見る紗姫は、本当のレズのようだった。少なくとも男に抱かれたいという気持ちはこれっぽっちも持っていない風なのが不思議だった。それでいて、男たちを常に挑発してやまない。女の真美の目から見ても、紗姫の身体は男たちには魅力的な筈だと真美自身確信していた。それでいて、紗姫の心の中には男のような強さばかりが感じられるのだった。
一方の紗姫の方は、喫煙ルームで日下と出遭うことは、自分の痴態を曝け出してしまった相手だけに、気乗りがしなかった。しかし何事に置いても逃げるのが嫌な性分の紗姫は、今度も正々堂々と立ち向かおうという気になったのだった。(自分には日下に対して何の弱みも持ってない。)そう言い聞かせる紗姫だった。
最初誰も居なかった喫煙ルームに後からやってきたのは日下のほうだった。その姿を認めるや、紗姫の視線がきつく変化したのを傍でそれとなく観察していた真美も見逃さなかった。
「あのお、入っても宜しいでしょうかあ。」
いつもの通り、無愛想でもさっとした見るからに冴えない男の風体だった。
「ああ、いいですよ。」
紗姫が(ふん)とばかりに横を向いて無視しているので、代わりに真美が答えた。
これもいつもの通り、日下が紗姫の真正面になる奥のスツールに腰を掛け、煙草を取り出す。その時、紗姫が真美のほうへ向き直るような仕草で脚を大きく組み替えた。真美は憲弘の目が素早くそれを追うのを見て取った。
その日の紗姫は、憲弘の前でこれ見よがしに何度も脚を組み替えた。しかもその動作はいつになく大胆で、意識的に挑発しているように真美には見えた。それでいて、紗姫の憲弘を見る視線は威圧的で、高圧的だった。
紗姫と二人で居ると、決まって真美ではなく紗姫のほうへ話しかけてくる憲弘だったが、その日はとうとう一言も声を掛けることも出来ずに、先に喫煙ルームを去っていった憲弘だった。
日下が出て行くのを見送った後、真美を促して喫煙ルームを出た紗姫だったが、いつもの日下が居る筈の事務所から見下ろせる道を歩いていくのに、普段より強い力で紗姫は真美の腕に自分の腕を絡ませてきた。真美はそれに応じて甘えるように身体をぴったり寄せて、つき従っていく。それは二階の事務所から盗み見ているに違いない日下に様子を見せびらかすかのような仕草になっていた。
その後の紗姫と真美の秘密のプレイでは、紗姫の嗜虐指向はどんどんエスカレートしてきていた。勿論、真美がマゾヒスティックな歓びに目覚めて、嬉しがる様子を見せるのも原因のひとつではあったが、逆に、今回のことで紗姫のほうがサディスティックな嗜好に目覚めてしまったというほうが、強かったかもしれない。
紗姫は真美が持ってくる全ての道具に興味を示し、それらを一つ一つ試してみた。それで真美は紗姫に休みの日に一緒にSMグッズを売る店へ行ってみないかと持ちかけたのだった。勿論、それは裏で日下が糸を引いてのことであったが、紗姫は全くそれに気づいていなかった。
「だって、そこは変態の集まる場所なんでしょ。どんな輩が居るか判らないじゃない。」
紗姫は興味は示しながらもそんな場所は飛んでもないと言うのだった。が、真美はしつこく食い下がる。一度行ってみれば判るからというのが真美の主張だった。
とうとう真美の熱心な意気込みに紗姫も誘い出されることになった。お揃いの横に尖った派手なサングラスを掛け、頭からはこれも派手なショールを被ることで、誰だか判らないようにしていた。真美はそんなものは必要ないと思っていたのだが、紗姫を安心させる為と変装に付き合ったのだった。ビニル製の安っぽい雨合羽を合わせると、60年代アメリカのヤンキー娘そのものっぽくなった。
その身形で二人が向かったのは、都心からちょっと外れた下町の繁華街だった。街はとにかく変わった格好の人種で溢れていて、それぞれに自分が目立とうとしているが、お互いについては無関心という一風変わった人種の溜まり場だった。SMショップはその裏手の狭い雑居ビルの中にあった。一見外見は極普通の雑居ビルの一角だが、狭い入り口に真美が紗姫の手を引いてさっと入ると、暗がりの中に別世界が広がっていた。マネキンは夫々に色とりどりの派手なビザールウェアに身を包まれているし、化粧品かと見まがう壜やプラスチックの容器に入っているのは、性行為に使うジェリーやらローションの類なのだ。一角には、様々な形のバイブが大小取り混ぜて所狭しと陳列されているし、その奥には手錠、鞭、拘束具といった道具類が並んでいる。しかし、変わっているのは陳列されている商品だけではなく、若い女性客や男女のカップル、果は外国人観光客までありとあらゆる種類の人間で溢れていることだ。それら様々な客たちは自分のことで精一杯で周りにどんな客が居ようとも一向に興味を示さない様子だった。
真美が最初に連れていったのは、狭い螺旋階段を三つ上がった最上階にある、コスプレ専用フロアだった。セーラー服やチアガールの衣装、メイド服などがあるのは勿論だが、かなり露出度の高いビザール系衣装やセクシー下着も多かった。
真美がここならと思ったビザールの女王様ファッションのコーナーで紗姫の視線が変わったのを真美は見逃さなかった。
「ねえ、これとか、いいんじゃない。」
真美が指し示したのは、マネキンが着ている超ミニの革スカートと黒い紐で締め上げる露出度の高いベストのアンサンブルだ。脚に穿いているのも編み上げのかなりヒールの高いブーツだった。
「ねえ、ちょっとあっちで試着してみない。」
真美は紗姫用のビザールと自分用のメイド服を選ぶと、紗姫の手を引いて奥の試着室へ引っ張っていったのだった。
真美に連れられて行ったSMショップを訪れてから、紗姫は真美とのプレイに過激度を益々上げていた。特に真美に薦められて買ったビザールのSM女王の超ミニスーツを纏うと、人が変わるかのようだった。二人の隠れ家である会社敷地隅の奥まったプレハブ倉庫の中で紗姫は真美の上半身を裸に剥くと念入りに縄で縛り上げる。それから鉄骨の梁から垂らしたロープで真美を吊り下げるのだ。下半身を纏わせたままにするのは態とで、鞭の柄でスカートをゆっくりたくし上げると、真美が恥ずかしさに身悶えする様を見て楽しむ為だった。紗姫はそれから鞭の房で散々に嬲ってから、真美にご奉仕させて下さいと哀願させるのだった。
真美が耐え切れずに哀願するのは、痛みに耐え切れなくなるからなのではなく、打たれることで被虐心に火を点けられ、性交の衝動に我慢しきれなくなるからなのだった。
吊られたロープから降ろされると、後ろ手に縛られたまま、唇と舌で、紗姫のつるつるに処理された無毛の陰唇を嘗め回して奉仕するのだった。紗姫をいい気持ちにさせることが出来れば、そのご褒美に紗姫が腰に装着する双頭のディルドーで股間の疼きを癒して貰えると判っているからだ。
「ああ、今日もとっても良かったわ。マミー、アンタは本当に縛られてするほうが、燃えるのね。前よりクニリンガスがとっても上手くなったみたいよ。」
「ああ、サッキー。そうまの。サッキーに縛られて鞭を使われると、自分でも訳が分からなくなるほど、感じてきてしまうの。ねえ、もっと、もっとマミーを苛めてね。」
「ふふ、可愛いわ、マミーったら。」
「そうそう、サッキー。あれを話すの忘れてたわ。」
放心したような顔から突然真顔になった真美の表情に、紗姫も何事かと眉をちょっとつり上げる。
「この間、サッキーに頼まれて、新しいバイブ買いに行ったでしょう。あの時にね、アイツを見かけたの。あのいつも行く喫煙ルームでよく見かけるもさっとした奴。」
突然の思いもかけない男の話になって、紗姫は心臓が飛び出さんばかりに驚いた。が、咄嗟に内心を悟られないように表情を誤魔化した。紗姫はあの日、手錠で自由が利かなかった時に日下に犯され、しかも不覚にも感じてイってしまったことを真美には言ってなかったのだ。あのことは、恥かしいというよりも、プライドが許さないあるまじき事だったのだ。
「あの男って、資材部の日下って奴ね。」
汚いものを吐き捨てるかのように男の名前を口にしたのは、間違いないか、しっかり確認したかったからだった。
「そうそう、あいつ。それが何処だと思う?そのバイブを買いにいったSMショップの中でよ。あいつったら、こそこそ何か買おうとしてみてるみたいだったから、気づかれないようにこっそり後ろに隠れて見張ってたの。」
「えっ、本当なの。」
突如身を乗り出してきて興味を示している様子の紗姫に、真美は得意気に続けた。
「何を買ったかまでよく見えなかったので、店を出てからも後をつけたの。そして、人通りが少なくなったところで、突然後ろから声を掛けたの。」
「何買ってたの、新人君。」
「ええっ、誰?あっ、あんたは・・・。」
突然のことに身体をびくっと震わすように振り向いた日下は、声を掛けてきたのが、見知った人間と気づいて余計に身をすくませる。
「か、買ったって・・・。え、何のことですかあ。」
「ふん、惚けたって駄目よ。ちゃんと見てたんだから。その紙袋だって、さっきのSMショップのでしょ。」
「あっ、これは、そ、そのお・・・。」
「いいからちょっと来なさいよ。」
そう言うと強引に真美は日下の袖を引っ張って、手近な喫茶店の中へ日下を引き摺りこむ。
「見せて貰うわよ。・・・、む?何、これっ。」
隅っこの席で強引に日下の手から奪い取った紙袋の中を覗いた真美は、先が房になった黒い鞭と、一冊の写真集を見つけて取り出す。
「ま、拙いですよ。こんなところで・・・。」
慌てる日下を尻目に、鞭だけ袋に戻すと、写真集を他の客に見られないようにテーブルの下の膝の上に置いて、ページをめくる。
「うわっ、これ・・・。」
そこには、ビザールのスーツにピンヒールのブーツを履いたSMの女王が素っ裸で縛られて四つん這いになっている小太りの男の背中を踏みつけているという特異な世界のドラマが繰り広げられていたのだった。
「あんた、こういう趣味だったの。」
日下は更に一層首をすくませて恐縮しきっていた。
それが、真美が紗姫に語った経緯だった。紗姫は興味深げに身を乗り出したり、語られている当人の事を思い出して、嫌なものを顔を顰めさせたり様々に表情を変えていた。しかし、それが日下が考えて真美に吹き込ませた作り話だったとは、疑いもしなかった。
「ほんとなの、それ。」
そんな紗姫の言葉は、真美の話を疑っているのではなく、信じられないほど驚いたぐらいのつもりだった。が、日下に命じられて、嘘を語っている真美にとっては、心臓が破裂しそうなほど不安になる反応だった。
「ほ、ほんと。嘘みたいな事でしょ。」
真美は平静を装って言うのだった。真美の話を疑っていた訳ではない紗姫は、別のことを考えていた。SM女王に使え、虐められることを歓ぶ男。男に股間を貫かれ、本意でなくイってしまうという屈辱を味わわされた紗姫にとって、その相手だった日下を懲らしめ足元にかしずかせることがもし出来たなら、それは胸のつかえが一気に癒せるのではないかという気がしてきたのだった。
紗姫が自分ひとりの世界で妄想に耽るのを見て取った真美は更に追い討ちをかける。
「それでね、本当かどうか、あたしがまず試してみようかなと思うの。紗姫は陰に隠れて見てるの。あいつのマゾ度を。どうせ、あいつのお目当ては紗姫のほうに決まってるとは思うけど。」
自分の魅力を信じきっている紗姫は真美の言葉に否定もしない。(それも悪くはないかもしれない。)と思い始めている紗姫なのだった。
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