妄想小説
地に堕ちた女帝王
六
「男にミニスカの奥にパンツを見られる気分はどうだった?嬉しいだろ。あんな男から露出狂って思われるんだ。いつも気取ってる罰だ。あの男にはいつもパンツを覗かせて隠すんじゃないぞ。逆らえば、もっと大勢の前でパンツを丸見えにさせてやる。」
非情な文のメールが資材部別館の喫煙室から戻った紗姫の携帯に着信された。紗姫にとって、誰彼なく、パンツを晒すことを命じられないだけまだましだったが、自分が一番軽蔑していた男にそれを余儀なくされるのはそれでも辛かった。
そして再び夜の工場へ紗姫は呼び出されたのだった。今度も工場に一番ひと気が無くなる夜の11時だった。体育館ではなく、今度はいつも行く喫煙室がある資材部別館の建物だった。しかし呼び出されたのは喫煙室ではなかった。
資材部別館には外階段が付いていた。非常時の避難路として設けられたものらしかった。4階建てのその建物の最上階まで外階段で上がると、そこから屋上へむかっては、鉄製の小さな梯子段がコンクリートの壁に埋め込まれている。屋上にある給水塔などのメンテナンスの為に業者などが昇る為のものだ。梯子を伝って屋上に昇るように指示されていたのだ。
その夜も、紗姫はとびっきり短いスカートで来ていた。そんな格好で梯子を昇れば、下から見上げられると下着が覗いてしまうのは間違いない。しかし、ひと気のない夜の工場敷地の隅では人に覗かれる心配はなかった。紗姫を呼び出した張本人を除いてはだが。 工場巡視の仕事で、隅々まで周ったことのある紗姫にも、さすがにその棟の屋上までは上がったことがなかった。梯子をよじ登ると屋上には手摺りがなく、下をみるとちょっと怖い。資材部別館の横に水銀灯が3階くらいの高さのところに点っているので、真っ暗闇という訳ではないが、屋上までを照らしている訳ではないので、薄暗がりの状態だ。白いペンキで塗られた給水塔がぼおっと闇に浮かび上がっている。給水塔は5mほどの高さがある。屋上に上がるのと同じような梯子が給水塔にも付いていて、上までよじ登れるようになっている。業者が点検修理をする為の物だ。 紗姫が近寄ってみると、その給水塔へ昇る梯子の最上段からロープが垂れ下がっているのに気づいた。その垂れ下がった端にはなにやら黒いものが括り付けられている。紗姫が想像したとおり、それは以前に体育館に呼び出された時にあった手錠と同じものだった。 手錠は紗姫の頭の上ぐらいの位置にあり、嵌めているのを装うのは無理そうだった。手錠のぶらさがった梯子のすぐ傍まで来てみると、体育館の時と同じようにアイマスクが床に置いてあった。紗姫は深呼吸をすると、意を決して、男から命じられた通り、アイマスクを嵌め、両手を挙げて手首に手錠を掛けた。 (言う通りにしてみせて、男が油断する隙を待つしかないのだわ。) 無防備な格好にさせられることにも、気丈な紗姫は怖れを抱かなかった。男への密かな復讐心だけが、心の奥底でめらめらと燃え上がっていたせいなのだった。 アイマスクを嵌めた目にも、何処からかサーチライトのようなもので光が当てられたのが判った。おそらく隣の建物の屋上あたりから覗いているのだと思われた。資材部別館は、他の敷地から土手を一段降りた低いところに建っているので、屋上に昇っていても、他の建物からは見下ろせる位置にある筈だった。 紗姫は、男が命令にちゃんと従っているかを確かめてからやって来ることは予想していた。体育館で手錠を掛けた振りをして、男を捕らえかけたのを忘れている筈もなかった。男は更に用意周到になっている筈だった。 暫く何も起こらず、しいんと静寂だけが流れていくかのようだった。が、紗姫がじっと待っていると、急に手首の手錠に繋がる縄が引かれた。縄の先は暗がりでよく見えなかったが、建物の壁を伝って下まで延びているようだった。男が建物の下でロープを引き寄せているのだと悟った。 手錠が手首に食い込むので、紗姫は両手で手錠に結わえつけられている縄の部分を握って、ぶら下がるようにして堪える。その為に爪先立ちにならざるを得ない。その格好になったところで縄の反対側が固定されたようだった。 男が昇ってくる気配を感じるまで、それほど時間は掛からなかった筈だが、待たされている紗姫には随分長く感じられた。両手は万歳の形で翳すようになっていて、へたな細工をしても隠しようもなかったが、男はそれでも慎重だった。前回のことによほど懲りているのだろう。 入念に手首の周りをサーチライトのようなもので照らして確認してから近づいてきた。今度も男の荒い息遣いだけが感じられる。 脚だけは自由で、いざとなれば蹴り上げるよう身構えていたが、アイマスクで視界を奪われているので、相手の位置が判らない。首尾よく相手に打撃を与えたところで、両手を吊られた格好では、所詮その後どうにもならない。紗姫はまずはおとなしくされるがままになる他はないと覚悟した。 紗姫の脚の反撃は男も想定していたようだった。片方の足首に縄が巻かれるのを感じたと思ったら、その縄が引かれて片脚を更に吊られてしまう。それで蹴りも封じられてしまった。 膝を上げているので、スカートがずり上がってしまう。下着を肌蹴させてしまわないように内股に膝を折っていたが、その膝頭にも縄が巻かれて外向きに広げさせられてしまった。男の目に下穿きが丸見えになってしまった筈だった。紗姫は観念した。
何も見えない紗姫の鼻がいきなり摘ままれた。紗姫は無理やりバイブを咥えさせられた時のことを思い出していた。今度は素直に口を開いた。が、紗姫の口の中に差し込まれたものは今回はバイブではなかった。冷たい液体が流れてくることで、水差しの口であることが紗姫にも判った。何やら味のしない液体だったが、ただの水ではない気がした。が、それでも呑み込まない訳にはゆかないと判断した。どう抵抗したところで、最後は言うことを利かされそうだと思ったのだ。
やっとのことで飲み干すと、すぐに次のお代わりが差し出された。3回のお代わりで、1リットルは飲まされたように思われた。それが何を意味するのかは紗姫も薄々感じ始めていた。
男に拉致されたり、呼び出されたりした時に、二度までも排泄する様を写真に撮られている。自由を奪われて水を大量に飲まされるのは、放尿を強いられるのだとすぐに直感したのだった。
大量の水を飲まされた後、案の定、紗姫は暫く放置されていた。その後、アイマスクを剥がされて、その間に紗姫の目の前に自分の身体を煌々と照らす照明と、真っ直ぐに紗姫の身体を見据えるビデオカメラがセットされ、撮影の準備が行われていたのだとすぐに悟った。男は今回もストッキングで頭を覆っていて、黒尽くめの服からは小太りの体型しか見て取れない。
「ねえ、こんなことして何になるって言うの。私をどうしたいって言うの。ねえ、答えなさいよ。」
しかし男は無言だった。男はそこまですると、水差しなどの持ってきたものをバッグに戻すと紗姫には声も掛けずに下に降りる梯子のほうへ向かってゆき、紗姫を一人残して降りていってしまったのだった。
自分に向けられているライトが眩しい。スポットライトのようだった。紗姫もそのようなものが体育館のステージ脇に置かれていたのを見た憶えがあった。紗姫は次第に募ってくる尿意の果てに訪れるであろう結末のことも気にかかっていたが、そろそろ警備員が見回りにくる筈ということも気になっていた。この棟の屋上が妙に明るく照らしだされていることに気づくかもしれない。角度によっては、自分の惨めな姿が下からでも見えてしまうかもしれなかった。給水塔に吊り下げられた女性の姿を見つけたら、間違いなく上がってくるだろう。その時、自分は何と言い訳すればよいのだろう。両手の自由を奪われ、短いスカートのずり上がった奥に下着が覗いているのを見たら、欲情して襲い掛かってくるかもしれない。そんな折に失禁してしまうかもしれないのだ。次々に嫌な結末が思い巡らされて、紗姫は居てもたってもいられない。その間にもどんどん尿意は強くなっていく。その激しさに、先ほど呑まされた水がただの水だけではなかったに違いないと紗姫も確信した。
警備員が歩いてくる気配は何故かいつまで経ってもなかった。が、募りくる尿意が最早、紗姫に洩らさないでいること意外に気を配れなくなるまで追い詰めていた。脚をすり合わせることすら紗姫には許されていない。こめかみに溜まる汗がぽとりとコンクリートの床に垂れた。
(ああ、もうこれ以上無理っ・・・。)
紗姫が根をあげようとしたその時、手摺りのない屋上の隅、梯子がある筈の場所にあの男のストッキングを被った頭が覗いたのだった。
「ああ、この手錠を外して。もう、洩れてしまいそうなの・・・。ああ、は、早く。」
紗姫には男がストッキングの下でにやりと哂うのが見えたような気がした。
男は紗姫の必死の形相をあざ笑うかのように、わざとゆっくりと歩みよってきた。紗姫は唇を噛んで、男の責めに対抗しようとするが、所詮自然の摂理には逆らえない。
「ああ、もう駄目っ。」
紗姫が頭を振ると、男は紗姫の下半身に手を伸ばして、まだ穿いていたショーツを無理やり下に引き下げる。片脚が開くように固定して繋がれている為に、膝まで下すことは出来ない。柔らかい素材のショーツが限界まで引き伸ばされて、無毛の股間が露わになる股下ぎりぎりのところまで下すのがやっとだった。
その時、紗姫に限界が訪れた。
最初はちょろちょろと内腿を伝って滴が垂れるだけだったが、もう止められないと紗姫が観念した途端に滴は本流となって陰唇から迸り始めた。中途半端に下されたショーツをしたたかに濡らしながら、目の前に放物線を描いて小水が飛んでいく。初めて経験する立ち小便だった。
男は紗姫の惨めな姿がしっかりカメラに捉えられているか確認する為に振り返ってチェックする。見る見る間に紗姫の足元には水溜りが出来ていく。つうんとアンモニア臭い匂いが充満していく。ぽたぽたと勢いを失ってきた滴の流れが、最後の一滴を垂らしたところで、紗姫はうなだれて俯いてしまった。
男はビデオカメラを停めると三脚も折りたたんで持ってきた大きなバッグに詰めて撤収し始める。その姿を虚ろな目で見ているだけの紗姫だった。
最後に男は手錠の鍵らしいものを紗姫の目の前に翳して見せてから、足元の小水の溜まった水溜りの中へポチャリと落とした。そして悔しさに打ちひしがれている紗姫を再びじっくり眺めてから持ってきたバッグを肩に掛けて、屋上の端の梯子のあるところから降りていってしまった。暫くして、紗姫の両手を吊っていた縄の反対側の端が建物の下のどこかで外されたらしく、縄が緩んできた。紗姫は一瞬呆然と立ちすくんでいたが、すぐにふと我に返った。
小水に指が汚れることも厭わず、すぐに手錠の鍵を拾い上げると、手首の枷を外すと梯子に向かってすぐ走り始める。脚に纏わり付く濡れた下着は潔くさっと脱ぎ捨てた。梯子を降りながらも、紗姫は男がどちらに向かうだろうかを考えていた。なるべく目立たないように逃げようとするだろうから、照明が明るい正門は避けるだろうと考えた。夜勤の従業員が出入りする裏の通用門なら、守衛も一人居るきりで、警備室から出てくることもないので、おそらくそちらに向かうだろうと考えた。裏門へ出るのにも人通りの少ない工場敷地の裏の塀沿いに沿って向かうに違いないと見当をつけた。音を立てないようにハイヒールを脱いで裸足になって外階段を滑るように降りると、男が向かってであろう方角とは逆周りに工場内を近道で掛け抜ける。普段から工場内を巡視で周りつくしている土地勘から、どこをどう通れば早く抜けられるかを熟知している。紗姫は普段は人の通らない建屋と建屋の細い隙間を縫うようにして工場のど真ん中を突き抜けて工場裏の道を目指した。ノーパンのままハイヒールのサンダルを手に持って、工場を走り抜ける紗姫の姿は異様だったが、夜勤で極一部が稼動しているだけの工場は暗く静まり返っていて、走っていく紗姫の姿を見咎める者も居ない。
建屋と建屋のわずかな隙間の先に裏門へ通じる道が見えてきた。あと数mと近づいた時に、薄暗闇を人影が小走りに行くのがちらっと見えた。ずんぐりしたシルエットは見覚えのあるものだった。
「待ちなさいよ。逃がさないわよ。」
建物の角を曲がりながら、紗姫は大声を上げた。男がぎょっとして振り返り様、慌てて足がもつれ、もんどりうって転んだ。そこに掴みかかろうとした紗姫だったが、男が立ち上がるのが一歩早かった。男は工場脇に停めてあった自転車に飛び乗った。郵便物の集配などに使われている会社の備品の自転車だ。普段から鍵は掛けられていないのは紗姫も知っていた。
「待ちなさい。」
走って追いかけようとした紗姫だったが、その足がすくっと止まった。武道系の運動部で鍛えた脚とは言え、全速力で逃げる自転車には追いつくことは出来ない。裏門まではまだ相当距離があるので、逃げられてしまうのは間違いなかった。
紗姫の足が止まったのは、追いつけないと諦めたからではなかった。薄暗い工場裏の通路にちらっと光るものを見つけたからだった。
思わず走り寄る紗姫がみつけたものは、クロムメッキされた鍵だった。趣味の悪い髑髏のキーホルダが付けられている。今、男が転んだ拍子に落としたものに違いないと紗姫は思った。それを握り締めると、(絶対、追い詰めてやる)と復讐心を燃え滾らせる紗姫だった。
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