連行2

妄想小説

地に堕ちた女帝王



 十八

 「ねえ、サッキーったらあ。あそこに行くのはやめとこうよお・・・。」
 「いいえ、行くのよ。ここでひるんだら、どこまでも付入られてしまうわ。こっちは少しも弱みに思っていないってことを見せ付けておかないと、それこそ飛んでもないことになってしまうのよ。」
 いつもの喫煙室へ煙草を吸いに行くことに逡巡している真美を、紗姫は何としても連れてゆくつもりだった。
 横井と日下にひどい狼藉を受けて、この上もない恥を晒させられてしまってからまだ一晩が経過しただけだった。
 何かにつけて気弱な真美は、日下の顔を見かけるだけでも震え上がってしまいそうだった。しかし、気丈で強気の紗姫は、横井や日下みたいな男から見下されるのは絶対に許せないことだった。
 昼休みに二人がいつも通うのを慣わしのようにしている工場奥の資材部別館という建屋の喫煙室は、日下の事務所の管轄である。言わば向こうのほうが主であり、紗姫や真美は部外者でそこを使わせて貰っている立場だ。行けば日下が居る可能性は非常に高い。そこへ押しかけてゆこうというのだ。しかし、紗姫にとっては習慣のように出掛けていっていた喫煙室へ近寄らなくなるというのは、負けを認めるようなものだ。それは断じてあってはならないことなのだった。
 紗姫は何時もの様に真美の腕を抱いてゆく手にも力を籠めて引っ張るようにして連れてゆくのだった。

 日下は喫煙室に既に居た。何時から居るのか判らないが、手にした煙草はまだ半分ほども灰になってはいない。紗姫は日下の目から目を逸らさないで吃と睨んだまま真っ直ぐに喫煙室に向かっていた。日下のほうも近寄ってくる紗姫たちに気づいて顔を強張らせていた。真美のほうは既に最初から目を伏せている。
 ドアノブを握って開いたのは紗姫のほうだった。真美に先立って喫煙室に入ると、真正面の日下に相対峙して一瞬止まる。緊張の空気が凍りつく。日下のほうが先に視線を落とした。紗姫の短い制服のスカートから伸びる長い脚の白い太腿がまぶしい。思わず生唾を呑みこんだのが二人に聞えてしまったのではないかと日下は思った。

 真美の手を引いて、引っ張り込むようにしながら、紗姫は入口奥の日下とは真正面になる椅子に腰を下ろす。日下の目がスカートの裾部分を泳いだ。紗姫の手のひらがその一瞬を隠すと脚をさっと組んでしまう。男たちには絶対に下着を覗かせない紗姫ならではの早業だった。その隣に真美がちょこんと腰を下ろす。真美もスカート丈は短くしているが紗姫ほどではない。普通に座りさえすれば下着が覗いてしまうことはない。
 日下はおそるおそる目を上げてみて、紗姫がまだ自分を睨みつけているのを見て再び視線を落とす。その一連の動作を見届けてから紗姫は横を向き、それからは一切、日下の存在を否定しているかのように無視し続けた。
 カチリと音がする。真美がおそるおそる紗姫が口にしたメンソールの煙草に火を点けたのだった。一瞬置いて、日下は細い煙の束が自分の顔目掛けて吹きつけられたのを感じた。それはまるで、汚い塵を吹き飛ばすかのような勢いだった。
 日下は視線を落としたまま、まだ半分残っていた煙草をテーブル中央の灰皿で揉み消すと、そっと立ち上がり、こっそり逃げるように喫煙室を出ていった。
 日下は背後で、ふんと鼻で笑った声が聞えたような気がした。

 (畜生、何で俺のほうがおどおどしなくちゃならないんだ。)
 事務所に戻ってきて席に着いた憲弘が自分に向かって悪態を吐いた。しかし動揺し始めたのは昨夜、横井と別れてからすぐだった。一晩、まんじりともせず眠れない夜を過ごしたのだった。
 (俺は飛んでもないことをしでかしてしまったのではないだろうか。)
 横井と体育館を出た時は意気揚々としていた。いつも自分を馬鹿にしてるような目で見下していた紗姫を、嫌というほど懲らしめたのだ。その飛んでもない痴態の様子も証拠のビデオに撮ってある。日下たちは紗姫にはどうしようもない弱みを握った筈だった。
 一時は紗姫を征服したのだという思いがあった。しかしそれはあっと言う間に何か飛んでもないことをしでかしてしまったのではないかという不安に変っていった。
 ある意味では横井も日下も共犯の犯罪者なのだ。正確には刑法上は何という罪に問われるのかは判らない。勿論、女達の自由を奪って、性交をしているので強姦罪にはなるだろう。しかしそれはしたことのほんの一部でしかない。
 横井の脅しと真美の怯えによって、一応、女たちは何も手出しは出来ない筈だ。訴え出ることも無い筈だ。しかし、日下たちが仕出かしたことの背後には復讐という影がついて廻るように思えてならないのだ。それを裏付けるような、さきほどの紗姫の威圧的な雰囲気だった。

 「ねえ、横井さん。本当に大丈夫なんでしょうか。ぼ、僕・・・。何だか怖くなってきちゃったんです。」
 「ああっ、憲弘、いったい何をそんなに怖がっているんだ。」
 購買本部長である横井の執務室に突然やってきた日下は、助けを取り入るように横井に相談を持ちかけてきたのだった。部屋には当然ながら二人っきりである。
 「あの、紗姫と真美にしてやったこと・・・。ちょっとやばくないっすか。もし俺達、訴えられたりとかしたら、大丈夫なんでしょうか。」
 「バカだなあ。その為に、あの証拠のビデオとかを取ってあるんじゃないか。」
 「で、でも・・・。あれって、逆に言えば証拠でしょ。警察とかに持ち込まれたりしたら・・・。」
 「大丈夫って。何度も一緒に観て確かめたろ。俺達二人の顔が映ってるところはちゃんと編集して消したじゃないか。万が一、証拠として持ち込まれたとしても、証拠能力はねえんだからよ。それに、あんなの流出されたら、もう生きてゆけねえんだぜ。あの真美ってバカも自分からそう言ってたじゃねえか。」
 「で、でもお・・・。俺、何か、あの紗姫って元女総長が怖いんですよ。あいつは、そんなの平気って顔しそうな気がすんですよお。」
 「・・・。」
 横井は一瞬、言葉に詰まる。確かに、それは横井も一番心配なところだった。昔どんな悪までやったか判らないが、ああいう女にとって、裸のビデオが流出したぐらいでびびるようなことはないかもしれないと横井も一瞬そう思ったのだった。ああいう女なら失う物は無いと開き直ってくるかもしれない。
 「だからよ。その為にあの真美って奴が要るんじゃねえか。自分の素股を嘗めさせてやがる可愛い子分なんだぜ。そいつを裏切るようなことはしねえよ。」
 「で、でも・・・。その子分を切り捨てるとか言い出したら・・・。」
 「おめえは何にも知らねえな。そんな仁義をわきまえねえような奴に総長が務まるかよ。皆が慕ってついてくるってのは、部下を見捨てない仁義があるからなんだよ。」
 「そ、そうなんですか・・・。」
 「いいか、日下。ああいう生意気な奴はな、こっちがちょっとでも弱気を見せたりしたら、どんどん突け込んで来やがるからな。絶対、びびるんじゃねえぞ。辱めて、辱めて叩きのめしておきゃあいいんだぞ。わかったな。」
 「ええ・・・、で、でもお・・・。」
 日下は、喫煙室で紗姫に睨まれた時のことを思い返していた。あの目で睨まれると、幾ら弱みを握っていると言っても、どうしてもすくんでしまうのだ。
 「あのアマ、もう少し思い知らせてやるからな。」
 横井のほうも、日下のおどおどした素振りに次第に苛立ちを募らせてきていた。そして紗姫を目の前でぎゃふんと言わしてやらなければ気がすまなくなってきたのだった。

金髪

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