新任教師 調教の罠
六
真理子のそのクラスでの授業は午前中最後の4時間目だった。真理子はこの中学で理科を担当している。その日の授業は生物の進化で、ダーウィンの進化論を解説したビデオ教材を使うことにしていた。真理子の勤める中学校はビデオ学習のモデル校になっていて、ビデオ教材のストックは県内随一を誇っていた。授業の半分以上でビデオ教材が使用されているのを聞いて、赴任当時はその充実ぶりに圧倒されたのを憶えている。
「えー、では最初にこちらのビデオを観て貰います。終了後に幾つか質問をしますので、よく見ていて下さいね。それじゃ始めます。」
真理子はビデオレコーダーのスイッチを入れると教室の端に置かれた教師用の机の椅子に座る。その位置からでは教壇の真上に置かれたビデオモニタは見えないのだが、事前に何度も見ている真理子にはもう観る必要はなかったのだ。
生徒たちがビデオに注目している間じゅう、真理子は生徒一人ひとりの表情を窺っていた。この中に自分を凌辱した者が混じっている可能性は充分にあると確信していた。
「あれーっ!」
突然、男子生徒の一人が素っ頓狂な奇声を発し、クラス全体もざわめき始めていた。
「どうしたの? 何があったって言うの?」
真理子は教師用の机から立ち上がるとモニタの前に来て生徒らに訊ねる。
「い、今、画面に突然女の人の脚みたいのが映ったんです。」
「え? 女のひと? どんな・・・?」
「それが一瞬だったんでよく分からないんですが、何も着ていなかったような気がするんです。」
「何も着ていない? 裸って事?」
真理子は訝し気に思いながらも、だんだん不安が募ってくるのを感じていた。
「ちょっと待ってね、みんな。」
そう言うと、教壇の上のモニタを直角に曲げ、教室の隅の自分の席からリモコンを操作して、画面を巻き戻していく。
「あっ・・・。こ、これは・・・・。」
息を呑んだ真理子は慌てて画面を停止させ、すぐに電源を切る。
「誰かが悪戯をしたみたい。ちょっと今日の授業は中断します。調べてくるので、このままチャイムが鳴るまで自習をしていてください。」
そう言い切るとビデオレコーダーから教材ビデオを取出し、教材のビデオが保管してある視聴覚室へ急ぐのだった。
走ってゆきながら、真理子はさっきちらっとモニタに映った画面を思い返していた。画面には確かに大きく脚を開かされた女性の下半身が映っていた。しかも下半身には何も纏っていないのだ。性器までが露わに写っていて、そこにはある筈の陰毛もないのだった。
(まさか、そんなこと・・・。)
視聴覚室へ着くと真理子は入口の扉に内側から念入りに鍵を掛ける。視聴覚室の壁面には床から天井に届くくらいまでびっしりとビデオテープが詰まった本棚が並んでいる。テープは教科、ジャンルごとに整理番号が付与され番号順に整然と並んでいるのだ。部屋の中央のテーブルには内容確認用のビデオレコーダーとモニタが用意されている。真理子は震える手で教室から持ち帰ったテープを差しこんでみる。
(ま、間違いない。あの時の・・・。)
真理子が確認したのは、教室で突然映った箇所だったが、背景はやはりあの公園だった。ほんの一瞬しか映っていないのだが、見間違うようなことはなかった。真理子は慌ててその先を早送りして行く。画面は教材のダーウィンの進化論についての解説ビデオに戻っていた。その番組がもう終わろうとしていた辺りで突然また画面が切り替わった。そしてそこに映っていたのは、涙目になって叫んでいる真理子自身の顔のアップなのだった。
(な、何て事をしてくれたの・・・。)
真理子はあまりの出来事に両手で顔を被ってうなだれてしまっていた。
(どうしよう・・・。)
どうしていいのか判らない真理子は、悪戯をした者の痕跡が残っていないか、視聴覚室中を見回してみる。それは最早、悪戯の域を遥かに超えていた。
ふと、視聴覚室の隅のテープが保管されている書棚の近くの床に何かが落ちているのを見つける。近寄ってみると紙の袋が折りたたまれて置かれている。誰かが落したもののようにも、わざと置いていったようにも見える。
(何かしら・・・。)
おそるおそるそれを拾い上げて中身を検める。すると一枚の紙切れが出てきた。
『真理子先生へ。あの一巻だけじゃないよ。他のを教えて欲しかったら今穿いている下着を脱いでこの袋へ入れて教室に戻ること』
真理子にとって絶望的な命令がそこには書かれていたのだった。
改めて真理子は視聴覚室に収納されているビデオテープを見回してみる。数千本を超える規模の本数がこの部屋には用意されているのだ。それを片っ端から調べていったところで観終えるのに一年以上は必要だろう。それは殆ど不可能と言っていい。
視聴覚ビデオはかなりの頻度で授業で使われていた。さまざまな教科、ジャンルのものがあるので、何時、どの先生が何を使うかは調べ切れない。次の授業でまたすぐに誰かが持出して使うかもしれないのだ。
真理子は躊躇している猶予はないのだと思い知らされた。もう何も考えないことにして、その日穿いてきたきた真新しいショーツを脱ぎ取ると袋に押し込む。クロッチの内側が汚れていないか確かめる勇気もなかった。視聴覚室の鍵を開錠すると、紙の袋を手に元の教室へ急ぐ真理子なのだった。
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