石田山公園

新任教師 調教の罠



 一

 その日、聖子から内緒で相談がしたいという手紙を受け取った真理子は、放課後生徒が少なくなる頃合を見計らって一人、職員室をでた。
 聖子が来て欲しいと指定してきた場所は、学校の裏山にあたる公園である。もともと人里離れた場所にある学校のそのまた裏ということで、結構広い敷地の公園ではあるが、いつ行っても人影は少なく、内密な相談をするにはうってつけなのだろう。真理子は何の疑いもなく、一人で公園につづく校庭脇の細い路地を登って行った。
 公園の入り口までくると、道はぐるっと回っている為校庭でクラブ活動で残っている生徒等の歓声は、ほんの微かに聞こえる程度だ。静かな中に時折ギャーというひよどりの鳴き声が響くだけで、あとは風にそよぐ梢の葉の音くらいしか聞こえない。
 入り口から少し入ったところに、公衆便所があって、男子用の白い便器が隠し塀の脇から覗いている。そんなに不潔にはなっていないが、何となく陰湿なイメージがある場所である。勿論ひと気もない。
 真理子は実は微かな尿意を覚えていたのだが、何となくそんな場所で小用を足しているところをもし誰かに見られたら恥ずかしいという思いから、あえて通り過ぎることにした。
 そのトイレのある場所から公園までは、ちょっと急な石の階段になっている。運動は得意な真理子でも、一気に登るとちょっと息が切れる坂道である。
 軽快に登りきったつもりの真理子であるが、白いブラウスの下は微かに汗ばんだようである。息を整えながら、階段上の開けた場所へ出ると、広がった視野のなかに聖子の姿を探す。
 真正面の小さな東屋の向こう側に広がった草はらのずっと奥のほうに、遠目ではあるが、白い上着にブルーのスカートのセーラー服姿の生徒がうずくまっている。
 (あんなところで何をしているのだろう)といぶかしく思いながら真理子は近づいていった。
 やっと顔が見分けられそうな位まで近づいたところで真理子は声を掛けた。

蹲る少女

 「聖子さん? どうしたの。具合でも悪いの。」
 しかし、セーラー服は顔を上げる気配がない。不吉な予感を覚えながら、真理子は小走りになった。
 「どうしたの。聖子さんでしょ。」
 突然、うずくまっていた少女は立ち上がった。そしてこちらに振り向いた顔に、真理子は思わず声を上げた。聖子と思っていた少女は何と男であった。名前まではよく知らないが見たことはある自分の学校の生徒である。セーラー服から覗く鬘らしい長い髪の下のにきび面は異様である。
 「誰なの、あなたは。」
 真理子は驚いたのを隠すためにわざと威嚇的に呼びかけた。
 「よく来てくれたね、真理子先生。ずっと待っていたんだよ。」
 その男生徒はにやにやしながら、真理子の身体を舐めるように見つめている。真理子はそのいやらしい目つきにぞっとするものを背筋に感じた。
 しかし、剣道で長年鍛えた腕と、多少の心得のある合気道に自信を持っていた真理子は、男生徒一人ぐらいに対してうろたえるようなことはなかった。
 その男生徒の視線がわずかに真理子の背後に動いた気がした。同時にあちこちで草の擦れるような音が感じられる。真理子ははっとするように振り向くと、すでに数人男たちがひそかに真理子たちに迫ってきている。
 いずれもが、黒の学生服に身を包み、顔が分からないようにストッキングをすっぽり被っている。幽霊か宇宙人が迫って来るようで、不気味な眺めである。この世のものとは思われないような者たちが十数名じわりじわりと近づいてきていた。
 「誰なの、貴方たち。. . .。何の用なの。」
 まともな答えが返ってくる筈はないと思いながらも、相手の威嚇に負けないようにと、真理子は必死で気迫をこめながら、問いかけた。
 しかし、いつの間にか男達は真理子の周囲を囲うように迫ってきていた。真理子は身構えたまま視線だけを動かして、逃れる隙を伺っていた。これだけの人数に一斉に取りかかられたらさすがの真理子も自信が無かった。
 真理子は一瞬をついて、右にフェイクを入れて男等の隊形が少し崩れたところを、さっと今後は左側に身を交わし男と男のあいだを擦り抜けた。掴みかかろうとする男の腕を身を屈めて交わし、男等の輪の外に飛び出た。
 が、すかさず横に出された男の足に引っかけられ、あと少しで走り抜けれるところを前屈みにつまづいてしまった。合気道の受け身が本能的に出て肩からうまく転がりこもうとしたが、あまりの突差のことで失敗して膝を思いきり地面に打ちつけてしまった。真理子の薄手のフレアスカートがぱあっと翻り、白い太腿が付け根の奥まで一瞬だが男等の前に露わになった。
 男等の視線に気付いて、真理子は慌てて裾を押さえ、痛む膝を庇いながら立ち上がった。もはや走って逃れることは望めなかった。膝を庇いながらでは、男等を振り切ることは出来そうもない。助けを呼ぶにも、ここからでは学校までは声は届かないと思った。真理子は素手で闘うことを覚悟して、合気道の構えのポーズをとった。
 男たちはじわり、じわりと真理子に近づきながら決して逃がすことがないように真理子の周囲を囲うように散り始めた。背後にも何人か回り込んでいるので、真理子には全員の動きを捉えることが出来ない。
 「おい、俺がせーのって声を掛けるから、それを合図にして一斉に飛びかかるんだぞ。」
 セーラー服で女装していた男が輪の外側から声を掛ける。
 (まずいわ。幾ら何でも一斉に来られたら防ぎきれない・・・。)
 「せーのっ、いけえーっ。」
 男たちが一斉に真理子に駆け寄ってくる。真正面の男の腕を掴んで捩じり上げようとしたが、すぐに周りから真理子のほうの腕が両側から掴まれる。背後からも首に腕を掛けられる。思わず苦しくなって振り剥そうと首に掛かった腕を掴もうとして無防備になった下腹へ鉄拳が突き込まれた。
 「う、ううっ・・・。」
 一瞬、気が遠くなりそうになって膝を折って倒れ込もうとするが、両手首をそれぞれ二人がかりでしっかりと掴まれて引っ張られているので、倒れ込むことすら出来ない。やがてその掴まれた手首に縄が巻かれ両側で括られる。後ろから誰かが布袋を真理子の頭にすっぽり被せる。真理子は視界まで奪われ、何も抵抗することが出来ない。更には足首を掴まれ、蹴り上げようとする前にもう片方の足首も掴まれてしまい、そこにも縄が巻かれる。
 両手、両足を縄で繋いでしまうと、少し離れて縄をお互いに引っ張り始める。真理子は大の字に手足を開かされてしまう。
 「よおし。藤棚の下へ曳いていけっ。」
 真理子は朦朧とする意識の中で、公園の隅っこに割と大きな藤棚があったのを思い出した。
 (あの棚に括りつけようとしているのね・・・)
 真理子はその後自分が受けるであろう仕打ちに戦慄を覚える。そうこうするうちに、両手と両脚を縄でぐいぐい引かれ、倒れそうになりながらも藤棚の下に連れて来られたようだった。

 両手首に繋がれた縄が上のほうから引かれるようになった事で、藤棚の上の桟に縄が通されたのが判る。完全に万歳の格好を余儀なくされていた。両脚も大きく広げさせられ、最早閉じることが出来ない。
 「貴方たち。いったい何をしようって言うの?」
 「先生には、少し反省をして貰おうって思ってね。」
 「反省ですって。私が何をしたって言うの?」
 「この間は大恥を掻かせて貰ったんでね。今度は先生が恥を掻く番って訳だよ。」
 「この間って、もしかして聖子さんを助けた時の事? あれは貴方たちが悪いんじゃないの。」
 「先生が余計な事をしたんで、聖子を充分仕置きし損ねてしまったからな、そんな事、勝手に俺たちの前でして貰っちゃ困るんだよ。今日は先生にこってり仕置きをさせて貰うぜ。二度とはむかう気が起きなくなるようにな。」
 「何を言っているの、貴方たち。気でも狂ったの? 先生に対してどういうつもりなの。」
 「だから、もう二度とそんな先生面、出来なくさせてやるっていうんだよ。泣き喚いて『もう二度と致しませんからお赦しください』って言うまでは折檻は続くのさ。覚悟しておけよ。」
 真理子は恐怖心にかられながらも必死に力を篭めて両腕の戒めを引っ張ってみるが、頑丈に括られた縄はびくともしない。この絶体絶命のピンチに真理子には為す術は何も無いのだった。

真理子

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