回想

派遣通訳女子 屈辱の試練



 八

 その日、自分のアパートに戻ってきた美姫子はその日起こったショックな出来事に打ちひしがれて茫然としていた。朝一番に命じられて、ミニスカートのまま檀の上に乗せられて天突き体操をやらされたのもショックではあった。下着まで覗かせてしまうことはなかったが、股下ぎりぎりまで露わになった太腿が男性社員たちの好奇の視線の餌食になったのは間違いなかった。しかし、ショックだったのはそれ以上のことがあったのだった。
 昼休みにこっそり誰も居ない工事中の事務所から法務局に電話を掛けたところ、思いもしなかった返答を貰ったのだ。前回、法務局に書類を提出した際にはその日にも日本国籍取得の認可が下りる筈だったのだ。その確認の電話をしたところ、もう少し調査が必要になったのでまだ時間が掛かるとの返事だった。係員ははっきりしたことは言わなかったが何処かから何らかの告発のような情報提供があったらしかった。しかし、それが自分の派遣受け入れ先の雇い主である鬼木部長によるものだとは思いもしなかったのだ。
 法務局から提示された必要書類に不備はない筈だと美姫子は改めて考えていた。
 (いったい何故、今頃になって・・・。あんなに苦労して揃えたのに・・・。)
 美姫子は自分の父親の居場所を突き止めて訪ねた時のことを思い出していた。

 「美姫子? 本当に美姫子なのか。何時から日本に居るのだ。・・・・。そうなのか。・・・・。え、これから来る?ちょ、ちょっと待ってくれ。・・・・。わ、わかった。そうしよう。」
 美姫子は中国に居る時から日本の興信所を使って父親の居場所を突き止めていたのだった。母から聞かされていた話で、父親が中国に戻ってくると約束していたのに、戻らなかったことから美姫子は父親のことを信用していなかった。万が一、逃げられてはいけないと思って、父親が棲むというアパートを急襲することにしたのだ。アパートの直ぐ近くまでやってきておいてから、これから訪ねると電話したのだった。
 「ですから、先程電話でお願いしておいた認知承諾書に署名、捺印して頂ければすぐに帰りますから。」
 「何を言っているんだ、美姫子。もう十数年ぶりの事じゃないか。今日は泊まっていきなさい。もうこんな時間だし。そんなにもてなしって言うほどの事はしてやれんが、久々にゆっくり話をしようじゃないか。」
 「え? で、でも・・・。」
 「いいじゃないか。母さんのことも色々聞きたいし。」
 「え、ええ・・・。」
 あまりに強く勧められてつい一泊していくことを承諾してしまった美姫子だった。酒と肴を買ってくるからその間にと、美姫子は勧められた風呂に今のうちに入ってしまう事にした。親子とは言っても、ずっと一緒には棲んでいなかった父親の居る傍で風呂に入るのは何となく気が引けたからだった。しかし美姫子が全裸になって湯船に身体を沈めた直後に風呂場のガラス戸の向こうに人の気配を感じたのだった。父親が全裸で風呂場に入ってきたのはそのすぐ後だった。
 「あ、あの・・・。」
 「ああ、ずっと一緒に棲めなかったんだ。背中ぐらいは流させてくれよ。親子なんだし。」
 そう言いながら裸で入ってくる父親を、美姫子は拒めないでいた。
 「一緒に入ってもいいかい?」
 美姫子が(まさか、そんな事)と思っている間に父親はすでに片足を湯船に浸けていた。アパートの湯船は大人が二人で浸かるには決して充分広くはないものだったが、入れないというほどでもなかった。
 美姫子の背中を抱くような格好で背後に廻った父親は肩の上から手を回してきた。
 「随分知らない間に大きくなったんだなあ。昔はよくお前を風呂に入れてあげていたものだ。懐かしいなあ。」
 美姫子の方には父親に風呂に入れて貰ったという記憶はなかった。何歳頃のことを言っているのか美姫子には見当もつかない。
 後ろから回されていた父親の手が美姫子の乳房を捉えた。父が子を愛おしんでいるように思えなくもないが、男と女がする愛撫のようにも思える。と同時に美姫子は尻の間に硬くなった肉塊を感じて、思わずびくっと身体を震わせたのだった。
 「どうしたんだ。親子なんだからお前を犯したりはしないさ。怯えることはないよ。それより、お願いがあるんだ。」
 「お、お願いって・・・?」
 「お前だって俺にお願いがあるんだろ。だったらおあいこさ。」
 美姫子は何が何でも認知承諾書を貰って帰らねばならない事を改めて思い出していた。その為には父親の機嫌を損ねてはならないのだ。
 「何なの、お願いって。」
 つとめて平静にやさしく言った美姫子だった。
 「あそこの毛を剃って欲しいんだ。」
 「え、何ですって?」
 「だって、俺は子供の時のお前しか知らないんだ。あそこに毛が生えているのは幻滅なんだよ。あの頃の事を思い出したいんだ。」
 思ってもみなかった父親からの要求だった。
 「お父さんの望みを叶えてあげたら、私の認知承諾書に署名してくれるって約束してくれる?」
 「も、勿論だよ。だって俺は正真正銘、お前の父親なんだから。」
 「わかったわ。ちょっと待ってて。」
 美姫子は父親から身体を離すと湯船を出て風呂場の隅に置いてある剃刀と石鹸を取り上げた。
 「これでいい?」
 手早く股間の恥毛を剃り上げると、太腿に貼り付いていた縮れ毛を洗面器の湯で洗い流す。
 「そこに立ってみてくれ。手で隠さないで。」
 「わ、わかったわ。これでいい?」
 「ああ、あの頃のお前そのものだ。思い出すなあ、あの頃の事。」
 「じゃ、私は先に出るわね。」
 「あ、ああ・・・。私もすぐに出るから。」
 風呂場を出た美姫子はそそくさと着てきた服に着替える。濡れた髪を乾かす間も惜しんで身繕いを整える。父親の部屋は二間あって、襖で仕切られたもう一つの部屋をそっと覗いてみる。夜具が一式だけ整えられていて、枕と座布団を二つに折ってタオルを巻かれたものが並んで置かれていた。布団の端をそっとめくってみる。そこに隠してあったのは麻縄の束だった。美姫子は身の危険を感じた。
 「ああ、いい湯だった。久しぶりに親子の関係を肌で感じることも出来たし。」
 そう言いながらタオルで頭を拭きながら父親が風呂場から出てきた。美姫子はちゃぶ台の上に持参した認知承諾書と万年筆を置き、正座して待ち構える。
 「これ、作っちゃわないと落ち着かないから先に署名と捺印して貰える?」
 「そうだな。まあゆっくり落ち着いて話もしたいから、先に済ませるか?」
 父親は身体が触れるほど美姫子のすぐ横にどっかりと腰を下ろすと、美姫子が差し出す万年筆を受け取る。名前を記入したのを見届けると、先程父親の机の上に置いてあるのをみつけた認印と朱肉を差し出す。
 「ああ、ここでいいんだな。じゃあ、押すよ。」
 「ありがと・・・。」
 美姫子は父親から引っ手繰るように承諾書を受け取ると素早くバッグにしまう。
 「じゃ、今、酒の用意をするから。ここで待っていてくれ。」
 「ええ。その前におトイレ、借りるわね。」
 美姫子はバッグを持つとトイレの方に歩みよりながら振り向いて父親の様子を窺う。父親はキッチンの方に向い背を向けたのを確認すると、美姫子は一気に玄関に向かって走る。
 「おい、どうしたんだ?」
 背後で父親が呼び掛けるのを無視して外に走り出ると、既に暗くなった田舎の寂れた商店街をそのまま一気に駅に向けて急いだのだった。

mikiko

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