派遣通訳女子 屈辱の試練
三
次の日、美姫子は何を着て行くか散々迷った上で、身体の線をはっきり出るニットのセーターに、これも身体の線を強調する細身のパンツを合わせることにした。美姫子は自分の魅力の一番は豊満な胸とヒップラインで、これを強調するのが一番自分の魅力を引き出せると自覚していた。これにミニのスカートを合わせて脚を出すのが採用面接では最も男の目を惹くことを知っていたが、採用が決まった以上はそこまでの露出は不要だと判断したのだ。
初日は三人の派遣の中で一番出社が遅かったので、この日は一番に出社しようとアパートを少し早めに出てきたのだった。皆の机の上でも事前に拭いたりして少しでも心証を良くしておこうと考えていた。
「あ・・・、ぶ、部長さん。お、おはようございます・・・。」
始業まで30分以上ある筈なので、まだ誰も居ないだろうと思い込んで勢いよく事務所に入った美姫子は一番奥の席に既に部長の鬼木が座っているのに吃驚したが、慌てて挨拶する。
自分の席は部長のすぐ前なので、ショルダーバッグを肩から外しながら部長の目の前の席へ近づいて行く。
「部長、随分お早いんですね。」
努めて口角を上げるようにして作り笑いにならないような笑みを浮かべながら声を掛けた美姫子だったが、何故かその朝は鬼木は機嫌が悪そうだった。
「何だね、その格好は。」
「え・・・。」
一瞬、何を言われているのか理解出来ない美姫子だった。
「あ、あの・・・。磯貝さんからラフな格好でいいからと言われたものですから。」
「ふん、ラフな格好ね。女は女らしくスカートを穿くものだ。俺はズボンを穿いている女というのが一番嫌いなんだ。」
「あ、あの・・・。済みません。気が付きませんでした。」
「いいかね。この部署はお客様が多い部署なんだ。海外からも結構お客さんがやってくる。君たちにはその接客もして貰わなければならない。それなりの格好を普段から心掛けておいて貰わなくちゃ。」
「あ、そ、そうですね。」
ムッとした表情が出そうになるのを咄嗟に堪えて相槌を打つ美姫子だったが、心の中では憤慨していた。
(今時、女はスカートを穿くものだなんて。時代錯誤も甚だしいわ。)
「やっぱり、女性はスカートですよね。」
「この会社では女性社員は皆、スカートだろ。派遣だから制服はないが、だからってそんな格好してたんじゃな。」
「も、申し訳ありません。今日は着替えは持ってきていないので、明日からは・・・。」
「ちょっと着いて来い。」
部長の鬼木は先に立って事務所を出る。この事務所のある棟は改装中で、海外からの実習生の為の研修センタになる予定だと美姫子たちは聞かされていた。鬼木の後を追う美姫子は分厚い扉の向こうにある部屋に連れてこられた。扉には所長室と既に看板が掲げられていたが、内装工事はまだ終わっておらず、ガランとしていてパイプ椅子が二つ置いてあるきりだった。
そのパイプ椅子を鬼木が部屋の真ん中に少し離して据えた。
「その上にあがってみたまえ。」
「え、椅子の上に・・・。」
何をしろというのか理解出来ないまま言われたとおりハイヒールの靴を片方ずつ脱ぐと椅子の上にあがる。椅子は少し離しておいてあるので、脚を広げなければならない。
鬼木は美姫子が椅子の上にあがるや、美姫子の背後に回る。
「両手を後ろに突き出して。そう。そしたら手の平をこちらに向けて指を開いて。」
相変わらず何をしろというのか判らないが、言われた通りにする。と、突然指を開いた美姫子の両手に後ろから鬼木の手が絡んできた。所謂恋人繋ぎのような形で手と手が絡められると美姫子は身動き出来なくなる。
「あ、あの・・・。」
しっかり握られた両手が心持ち下にさげられるので、美姫子は膝をすこし緩めて屈むような格好になる。その瞬間、鬼木の手がぎゅっと握りしめられると体重を掛けて一気に下に向けて引っ張り込む。
「あっ。」
そう叫ぶのと大きくがに股に開いた脚の真ん中でスラックスがビリッと音を立てて裂ける音がするのが同時だった。
「おや、おや。やっぱりそんな格好してくるから、ズボンが裂けちまったようだな。」
「うっ・・・。」
(ひ、酷い・・・。私のせいじゃないのに。)
そう心の中で叫んだ美姫子だったが声には出せなかった。
「そんな格好じゃあ外には出れんだろ。え。」
「あ、あの・・・、私。どうしたら・・・。」
「しょうがないな。今着替えを持ってきてやろう。ここで待ってろ。」
そう言うと鬼木はその部屋から出ていってしまう。一人残された美姫子はパイプ椅子から降りると、自分のスラックスのお尻の部分に手を当てて裂け具合を調べてみる。スラックスは完全に尻の部分に裂け目が出来て、下着が覗いてしまっている。もはや隠しようもなかった。
不安な面持ちのまま暫く待っていると、鬼木が何やら持って再びやってきた。
「これを貸してやろう。前に居た部署で、女性社員の一人が穿いていたものだが、あまりに短くて品位が無いからって没収されたものを俺が貰っておいてやったものだ。俺は全然品位がないとは思わなかったけどな。」
そう言って美姫子に手渡されたのは、確かにこの会社の女子社員の制服のスカートだが、丈があまりに短い。正規のスカートを自分で丈を詰めたものらしかった。
「あ、ありがとう・・・ございます。」
顔を伏せたまま礼を言って受け取る美姫子だった。
「あ、あの・・・。」
何時までも立ち去ろうとしない鬼木に、美姫子は何と言っていいか分からなかった。
「やっぱ、男の前で着替えるのは恥ずかしいか。じゃ、俺は先に事務所に戻っているから。明日からは自前のスカートで来るんだぞ。それもなるべく短めのものがいいな。」
(えっ?)
思わず声に出しそうになったのをやっとの事で呑み込んだ。
(なるべく短め・・・って聞こえた気がしたけど、聞き違いかしら。まさかね。)
そう思いながらも聞き返せない美姫子をおいてやっと部屋から出て行く鬼木を、渡されたスカートを手にじっと見送る美姫子だった。
そのスカートは余りに短く、事務所に入るには勇気が必要だった。しかしおどおどしていては余計に目立ってしまいそうなので、美姫子は敢えて堂々と振る舞うことにした。その位の丈のスカートは穿いたことが無い訳でもなかったし、ミニは普段から履きなれてはいた。
事務所に入ると、もう何人も男性社員は出社していて、二人の派遣女子も既に席に着いていた。男たちの視線が一斉に美姫子の下半身に注がれるのを意識したが、美姫子は気づかない振りをする。じっと見られている男性社員と目が合うときまってすっと目を逸らすのにも気づく。
「あらっ。」
背の高い沢海の前を通り過ぎようとしたら目敏くスカートに気づかれたようだった。
「そのスカート、この会社の制服にそっくりね。」
沢海はあけすけに何でも遠慮なくいう性格らしかった。
「あ、これね。実は部長さんに借りたの。前、居た社員の人が使ってたものらしいんですけど。実は今日ぴちぴちのパンツルックで来たんだけど、さっき不用意にしゃがんだらお尻の所が裂けちゃって。それで部長さんに貸して貰ったの。」
美姫子は咄嗟に半分嘘で半分本当の事を口にした。部長に足を開かされていきなりしゃがまさせられたとは言えなかったのだ。
「へえ・・・。倉持さんはスタイルいいからミニが似合うわね。」
そう沢海から言われたが、嫌味に聞こえなくもなかった。沢海自身は昨日の服装とあまり変わらないデニムのサロペットで、相変わらずテレビ局の下っ端ADのようだった。
「おはよう、石上さん。」
すぐ後ろの席の石上にも声を掛けて自分の席に着く。スカート丈が短いので細心の注意を払って腰を下ろす。すぐ真正面で部長の鬼木がその様子を注視しているのが痛い様に感じられる。
石上のほうも相変わらず地味な色のカーディガンに、長めの丈のスカートを合わせている。三人並べば自分が一番浮いてしまうような格好である気もするが、少なくとも女っぽさだけは自分のほうが上であるような気もしていた。
「おや、三人揃ったようだね。じゃあ、今日も海外実習者の為のマニュアル作りのほうを頼むよ。沢海君はスペイン語のやつ。石上君は英語、倉持さんは中国語のほうを頼む。研修センタの開所は来月だから、それに合わせて間に合うように頼むよ。」
この日も磯貝が三人に仕事の指示をしに来たのだった。
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