罠

派遣通訳女子 屈辱の試練



 十六

 「あ、石上さん。ここの所、driverって訳してるけどねじ回しの事でしょ。それだったらscrewdriverって書いておかないと通じないわ。driverじゃ運転手になっちゃう。」
 「ああ、そうなのね。ありがとう。いつも助けてくれて、倉持さん。中国語だけじゃなくて、英語も得意なのよね。」
 「ああ、あちらで暮らしていたからね。あ、ちょっとトイレに行くわね。」
 石上が作っている英語のマニュアルを見てあげていた美姫子が立ちあがろうとしたその時だった。
 「倉持さん、ちょっといいかしら。」
 このところ、何かにつけて派遣女子には命令口調になっている中島スーだった。
 「あ、はい。中島さん、ただいま。」
 「ねえ、ちょっと急ぎの確認なの。一緒に来てくれる?」
 「え、今ですか?」
 「急ぎだって言ったでしょ。すぐ済むわ。」
 スーが先に立って事務所を出ていくので、従うしかない美姫子だった。スーが美姫子を連れてきたのは、工業用ロボットを囲う為の安全柵が置いてある工作確認室だった。そこは海外の工場で使う色んな道具が試験的に置かれて試し運転などがされている部屋なのだった。
 美姫子は夢に出てきた檻のような安全柵を見て、嫌な予感に襲われる。
 「倉持さん。貴方の書いた中国語のマニュアルを英語に訳したものだけど、ちょっと違う気がするの。標準工具箱に用意されている工具で、何か違うものがあったように思うの。」
 スーはそう言いながら、美姫子が翻訳したマニュアルを手に頁を繰っている。
 「標準工具箱って、ここに無かったかしら?」
 「工具箱ですか? えーっと、確か何時もこの辺で見た気が・・・。あ、あれじゃないかしら。」
 美姫子はスーに言われた標準工具箱らしいものが、安全柵の中に置かれているのを見つける。夢の中に出てきた安全柵の中にはロボットが実際に設置されていたが、本物の柵の中にはまだ搬入されていない代わりに中央部分の床に工具箱が放置されていた。
 「ちょっと取ってきて、倉持さん。」
 美姫子が安全柵の中に入って工具箱を拾い上げようと後ろ向きになって屈んだ時だった。
 (今だわ。)
 スーは足の先で安全柵の扉を留めているストッパーをそっと蹴って外す。
 「倉持さん、その安全柵の扉はちゃんとストッパーが掛かっているか確認してね。じゃないとオートロックになってて勝手に閉じて鍵が掛かっちゃう事があるらしいから。」
 「え、何ですって?」
 美姫子が振向いた時には今しも安全柵の扉がすーっと閉じてくるところだった。
 「あ・・・。」
 次の瞬間にはガシャーンという音がして安全柵の扉が将に閉まってしまった。
 (ま、まさか・・・。)
 不安げに扉に飛び付いて開けようとした美姫子だったが、扉はオートロックで将に鍵が掛かってしまっていた。
 「あら、閉じ込められちゃったの? だから、事前にマニュアルをよく確認しておかなくっちゃって言ってたのに。」
 「どうしよう。ここの鍵は確か戸川さんが管理してるのよね。お願い。急いで彼を呼んできてくれない?」
 「彼、事務所に居たかなあ? まあ、捜してはくるけど。」
 スーは素知らぬ振りで決して急ぐ様子は見せない。
 「あの・・・、出来たら急いで欲しいの。」
 困った素振りでスーにお願いする美姫子だが、最後に言おうとした(早くトイレに行きたいので)という言葉は呑み込んだのだった。
 スーは美姫子がトイレに行きたいのは知っていた。さっき石上と一緒に話しているのを聴き耳を立てていたのだ。それでわざとそのタイミングで美姫子に声を掛けたのだが、スーが美姫子に罠を掛ける為に聴き耳を立てていたなどとは思いもしないのだった。
 (くっくっくっ・・・。うまく行ったわ。)
 檻に見事に美姫子を閉じ込めることに成功したスーは、美姫子に背を向けるとわざと急ぐ風もなく、悠々と工具確認室を出ていったのだった。

檻閉じ込め

 工具確認室を出たスーはすぐに事務所には向かわず、工具確認室の入口の扉の陰でこっそりと美姫子の様子を窺っていたのだった。最初は普通に立っていた美姫子だったが、次第に身体を竦ませるようにしてもじもじしだした。両脚を擦り合わせるようになってきたことで、尿意の限界が近づいていることがはっきりと見てとれるようになってきたのだ。
 「倉持さん。戸川君、居ないみたいよ。何か鍵を持ったまま、何処かへ出掛けているみたい。」
 「え、居ないって・・・。そんな・・・。」
 「まあ、そのうち帰ってくるわよ。鞄はあったから退社はしていないみたいだし。」
 「そんな・・・。困るわ。ねえ、中島さん。あの・・・、実はおトイレに行きたいの、私。」
 「え? おしっこが洩れそうなの?」
 スーはわざと品の無い言葉を使って、美姫子を貶める。
 「もうちょっと我慢出来る?」
 「え、ええ・・・。いや、もう・・・。かなり限界なの。困ったわ。」
 「そうなの。それは困ったわね。鍵がなくちゃ私にもどうしようもないし。誰か何とか鍵をこじ開けられそうな男の人を呼んで来ようかしら。大熊さんとか、深川さんとか、男の人が何人か居れば、もしかしたらこじ開けられるんじゃないかしら。」
 「ま、待って、スーさん。男の人を呼ぶのはやめて。開くまで我慢しきれないかもしれないから。」
 「え、そうなの。まあ、男の人が何人も居る前でお洩らしするのはね・・・。」
 そう言いながらもスーは美姫子の困窮しきった顔を見て、内心笑いが止まらないのだった。
 「それじゃあ、えーっと。何か無いかしら。」
 そう言いながら工具確認室の中をいろいろ捜して廻るスーだった。
 「あ、これじゃどうかしら。」
 スーが工具確認室の隅から拾い上げてきたのは、工作機械の潤滑油を抜く際に、油受けとして用いる四角い皿状のオイルパンだった。まだ使われたことのないオイルパンはアルミ製で銀色に光っている。
 「この薄さなら、檻、あ、いや、安全柵の下の隙間から入るんじゃないかしら。」
 「え、でも・・・。あ、お願い。それでもいいわ。持ってきてくださる?」
 オイルパンを尿瓶の代りに使うなど、とんでもないと一旦は思った美姫子ではあったが、尿意の性急さはそんな事を躊躇している段階ではなかった。スーが防護柵の下側と床面の僅かな隙間に辛うじてオイルパンが通ることは、実は予め試してあったのだ。それを知っていて、オイルパンを持出したのだなどとは美姫子も思いもしなかった。
 「さ、何とか通ったわ。」
 「あ、ありがとう。ねえ、中島さん。少しだけあっちを向いていて下さらない?」
 「ああ、いいわよ。」
 美姫子の方に背を向けると、スーは秘書用として預けられている携帯電話をポケットから取出し動画カメラモードにする。美姫子はスーが背を向けたのを確認すると、スカートを捲り上げ、ショーツを膝まで降ろしてオイルパンの上にしゃがみ込む。
 タイミングを計ったスーは、動画取込開始のボタンを押してからゆっくりと美姫子の方に向き直る。
 ジョロジョロジョロ。
 美姫子の股間から洩れたゆばりはオイルパンに跳ねてけたたましい音を立てる。オイルパンの外に漏らさないようにそちらに注意が行っていた美姫子は次第に尿意が落ち着いてきたので、ふと顔を上げて信じられない光景を見てしまう。スーが将にその瞬間を携帯のカメラで狙っていたのだ。

撮影

 「な、何してるの。やめてっ。」
 自分の粗相がカメラで撮られていることを知って、何とかしようとする美姫子だったが、最早途中では止められなくなっていた。
 「お願い。こんな格好を撮るなんて、そんな酷い事止めてっ。」
 「うふふふ。あら、こんな凄い機会、そうあるもんじゃないから。」
 「ああ、酷いわ・・・。」
 「どう? もう出し終えた? そろそろ皆を呼んで来なくちゃね。もう戸川君も戻ってるかもしれないから。」
 「お願い。その前にこれ、片付けてくれない?」
 しかしスーは美姫子の最後の言葉は聞こえない振りをして、工具確認室を出ていってしまったのだった。

 茫然としながら待つ美姫子の元へ最初にやってきたのは、スーでも戸川でもなく、美姫子にとっては一番嫌な相手の大熊だった。事務所の中では一番の高齢らしいのだが、デリヘル通いが趣味だと噂で聞いていた。天突き体操の際に、いつも一番いやらしそうな目で美姫子のスカートの裾を見ていることにも気づいてはいた。
 「あ、大熊さん・・・。」
 「あれっ。本当に檻、いや安全柵に閉じ込められちゃってるんだな。へえーっ。」
 物珍しい猛獣を観るかのように興味津々な目つきで美姫子の窮状を見つめ直す大熊に、美姫子は返す言葉もみつからなかった。
 「あれっ。何だ、これ?」
 美姫子には小水がなみなみと入ったオイルパンを何処かへ隠す術もないのだった。取りあえずスーが戻ってきたら一番に処分して貰おうと安全柵の下の隙間から外に押し出してはおいたのだが、事情を知らない誰がみても檻の中に閉じ込められた美姫子が出したものだとは推察がついてしまうのだ。そしてそれが放つアンモニア臭から何であるかもすぐに分かってしまうのだった。
 「これ、アンタが出したものかい?」
 大熊は美姫子が一番されたくない質問を投げかけるのだった。
 「・・・・。」
 美姫子には恥ずかしさに顔を上げることも叶わないまま頭を伏せているしかなかった。
 「戸川はもう少ししたら鍵を持ってくるから、その前にこれは俺がトイレに流してきてやるよ。」
 (だから、俺には感謝しろよ)とでも言いたげな言葉を投げると、大熊は小水の入ったオイルパンを持って出て行くのだった。

 戸川が防護柵の鍵を持ってやってきたのはそれから暫く後の事だった。
 「事前に渡してあったマニュアルに書いてあったと思うんですが、あの扉はオートロックになっていて、扉のストッパーを咬ませておかないと自然に閉まって施錠されてしまうんですよ。読まなかったのですか?」
 そう戸川に言われた美姫子だったが、そんなマニュアルは見た覚えがなかった。中島スーが派遣社員のリーダーとなってからは全ての書類はスーを経由して配られるのだ。美姫子が目にしていないとすればスーのところで止まっていたとしか考えられない。意図的にスーがそうしたのかまでは美姫子には判断がつかなかった。
 「あの扉をオートロックにするかどうかはオプションで選択出来るんです。元々は海外の工場に設置した際に、高価な工業用ロボットを外部からの侵入者による盗難から避ける為に用意された機能なんです。何も知らない外部の泥棒がロボットを盗み出そうとしてストッパーを不用意に外すと、ネズミ取りみたいに侵入した泥棒を閉じ込めて逃げれなくするという訳です。しかし、今回みたいに会社内の人間が不注意で閉じ込められてしまう惧れもあって、痛し痒しですね。実際に今回閉じ込められてしまったとすると、運用上の対策を考える必要があるかもしれないですね。」
 淡々と説明する戸川の話を美姫子は半分上の空で聞いていた。美姫子の頭にあったのは、何故美姫子が閉じ込められてしまったかという話ではなくて、閉じ込められてしまった際に撮影されてしまった自分が檻の中で放尿するシーンを撮られてしまった動画の行方なのだった。
 美姫子が事務所に戻る為に給湯室の前を通りがかった際に、奥で数人の派遣女子社員たちが中島スーと立ち話をしているのが目に留まった。美姫子と目が合うと、女性たちの会話が止まって凍りついたような雰囲気が漂う。美姫子はスーのほうにつかつかと歩み寄ると袖を引っ張って給湯室の外に導き出す。
 「あの動画、返してください。」
 美姫子は毅然とした態度でスーに立ち向かっていた。しかしスーの返事は美姫子が予想もしないものだった。
 「ああ、あれね。事務所に戻ってきて、他の派遣女子たちに凄いものがあるのよって、話をし始めたところで突然所長が後ろから現れてね。秘書用の携帯を取り上げられて、このデータは私が預かるっていって、中のSDカードメモリを持って行かれちゃったの。」
 「え? あの動画を他の人に見せたの?」
 「派遣社員たちは見てないわよ。その前に所長に取り上げられちゃったから。所長が見たかどうかは分からないけど。」
 「ほんとなのね。いいわ。今から所長のところへ行って来るから。」
 そう言うと、事務所の部長席のところへ急いで向かう美姫子だった。

mikiko

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