派遣通訳女子 屈辱の試練
十八
「は、事前視察ですか。・・・。いえ、そんな事はありません。・・・、ではお待ちしておりますので。」
鬼木に掛かってきた突然の電話は社長からだった。建屋の研修センタへの改装もほぼ終わっている。そんな研修センタ開所に向けて事前に建物の状況を見ておきたいというのだった。海外研修生向けの研修センタ開所は鬼木だけでなく、社長も肝入りのプロジェクトだったのだ。
「という訳でな、社長が経営報告会の帰りにこちらに視察に寄るというんだ。経営報告会はまだ終わってないらしいんだが、終わり次第来るっていうんで、玄関で丁重にお迎えして所長室まで案内して欲しいんだ。なに、案内は俺がやるから大丈夫だが、お迎えだけは粗相がないようにな。いいか、頼んだぞ。」
所長室へ呼びつけた中島スーに社長の出迎えを言い付けると、発注済みの案内パンフレットなどを用意し始める鬼木だった。
事務所に戻ったスーは、美姫子の姿を捜す。が、事務所には見当たらない。
「ねえ、倉持さん。何処行ったの?」
「あら、倉持さんなら、部長の言い付けで朝から出掛けてますよ。」
答えたのは事務所一の長身の三倉菜々子だった。
「ちっ、大事な時に居ないんだから。ほんと、役に立たない女ね。」
吐き捨てるように独り言を吐いたスーは目の前の菜々子に目を付ける。
「仕方ないわね。アンタでもいいわ。ちょっと一緒に来て。」
「え、今ですか・・・。」
「そう、急いでよ。」
「あ、はい・・・。」
スーは菜々子を従えて玄関フロアに降りてゆく。つい最近、フロアリングの工事が終了し、建物内は土足禁止になったばかりだ。その為に玄関フロアには内履きに穿き替える為の下駄箱が用意されている。スーや菜々子等、この建屋の従業員には専用の靴箱が、来客者には来客用の靴箱があるのだが、社長や役員等の会社の幹部用にはどれだけ使われるかも判らないのに、専用の靴箱が用意されていた。
「いい、社長は何時来るか分からないから、ここでいらっしゃるまで待機するのよ。そして社長専用の内履きスリッパを案内して履き替えて頂くのよ。」
「あ、はい。社長用って、あれですよね。」
「そうよ。見えば判るでしょ。そしたらすぐに私の携帯に連絡を入れるのよ。所長室には私が案内するから、すぐに連絡するのよ。判った?」
「は、はいっ。」
念を押すと、スーは菜々子を玄関に残して事務所に戻っていく。その姿を目で追いながら、社内報に載っていた社長の顔を思い返す。逢ったことは一度もないが、社内報の巻頭頁にはよく出ているので、顔だけは見知っていた。
(先にトイレに行っておけばよかった。すぐ来てくれるかしら・・・。)
スーに声を掛けられる前から尿意を憶えていて、トイレに立とうとしている矢先に声を掛けられてしまったのだった。
五分ほど尿意を我慢して立って待っていた菜々子だったが、社長は一向に現れる様子がない。しかし、尿意のほうは募る一方だった。
(今のうちにさっと行っておいたほうがいいかもしれない。)
意を決すると、玄関から続く廊下の端にある女子トイレに走って行く菜々子だった。
(遅いわね。まだかしら・・・。)
時計を見ながら菜々子の方に様子を見に行こうと自分の席を立って廊下に出たスーは今将に階段を昇ってきた社長の姿を発見して肝も冷す。
「あ、ちょうどよかった。君っ、所長室は何処かね?」
「はっ、社長様ですね。今、ご案内申し上げます。」
スーがふと社長の足下に目をやると、安物の一般来客者向けのスリッパを履いているのに気づく。
(あ、あの子・・・。)
「所長室は三階なのです。済みません。古い建屋なので、エレベータが付いてないものですから。もう一階、上へあがって頂きます。さ、こちらですわ。」
「あ、気にしないでいいよ。工場長時代、この位の階段は何度も昇り降りしたもんさ。まだ、そんなに足腰は弱ってはおらんからな。」
「まあ、そうでしたか。さ、こちらです。」
スーは短いスカートを下から覗き上げられるのも構わないと先に立って階段を上がってゆく。
コン、コン。
「鬼木部長、社長がお見えになりました。」
「おう、中へお通ししてくれっ。」
部屋の中から鬼木の声がするので、スーは所長室の扉を開き、頭を下げて社長を招じ入れる。
「今、お茶をお出ししますので。」
スーは恭しくお辞儀をして二人の前を辞すると、給湯室に向かいながらポケットの携帯を探る。
「ね、アンタ、今何処?」
「ああ、中島さん。それがまだ居らしてなくて、玄関で社長をお待ちしています。」
「何、恍けた事言ってんのよ。社長だったら、もう所長室にお見えよ。すぐ社長用のスリッパ、二階の給湯室まで持ってきて頂戴。」
「え、もういらしてる? あ、あの・・・。た、只今、社長用のスリッパをお持ちします。」
菜々子の声は最後のほうはもう震えていた。スーは携帯を肩と首で挟んで菜々子に指示しながら、二人分のお茶を用意していた。
給湯室の入り口に現れた菜々子が社長用のスリッパを手にしているのを観ると、二人分のお茶を盆に載せ、菜々子には自分の後に付いてくるように指示する。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました。」
声を掛けてから所長室の扉を開けると、応接用のソファに寛いでいる社長と鬼木の元へお茶を持ってゆく。
テーブルにお茶を置くと、後ろに控えていた菜々子にお茶の盆を渡し代わりに社長用のスリッパを奪い取るように受け取る。
「社長。こちらにお穿き替えになってください。」
腰掛けている社長の前に恭しく進み出ると、片膝を折って膝元にしゃがみ込む。股下ぎりぎりまでの丈しかない超が付くようなミニスカートの裾奥に社長の目が動くのをスーは見逃さなかった。
「失礼いたします。」
そう言ってスーは社長の足から安物のスリッパを抜き取り、少し上等な社長用のスリッパに穿き替えさせる。その間、股間は無防備のまま晒されていた。
「ごゆっくり御見学くださいませ。」
深々とお辞儀をするスーに倣って、菜々子も背後でお辞儀をすると、二人して所長室を出るのだった。
次へ 先頭へ