熟睡

派遣通訳女子 屈辱の試練



 五

 「へーい、タクシーっ。」
 鬼木が手を挙げてタクシーを止める。その後ろでは鬼木のコートを纏わされた不二子が依然正体ないまま、大熊と戸川に両側から肩を抱かれてぶら下がるようにして立っている。
 不二子が着せられているコートの下はショーツ一枚の格好だった。スカートはまだぐっしょり濡れていて穿く事が出来ないのだ。
 「おい、お前等。一緒に後ろに乗り込め。」
 そう言って、鬼木はタクシーの助手席のほうへ先に乗り込む。
 先に大熊のほうが車内に脚を踏み入れ、ぐったりしている女を抱きかかえるようにして車内に引きずり込む。脚がだらんと垂れているので、大熊が女の膝に手を添えて車内に引っ張りこむ。すると着せられたコートの裾が割れて、一瞬白いショーツが剥き出しになった。運転手の目がバックミラーのほうへ吸い寄せられる。
 「ちょっと酔っ払っちまってね。済みませんが、オシボリ通りのほうへ出して。」
 「へ、承知致しました。」
 いつまでもバックミラーを注視している訳にもいかない運転手は、そう答えるとギアを入れる。オシボリ通りと言われて、その界隈をすぐに運転手は頭に浮かべる。名立たる裏通りのラブホテル街だ。

 「じゃ、こいつを部屋に寝かせたら俺も帰るから。お前等、先に帰っといてくれ。ああ、この払いは会社のカードで処置しとくから大丈夫だ。」
 「そうですか、部長。じゃあ、後はよろしくお願いします。」
 ふたりが申し訳なさそうに、しかし仕方なく引き上げるといった風をみせながらタクシーに再び乗り込み、そのタクシーが発車して角を曲がってみえなくなるまで、女を肩に抱いたまま、鬼木は待った。それからやおら、ラブホテルの玄関ドアを潜ったのだった。

 ガチャリ。
 夜遅くで、もうひと気がなくなったホテルの廊下からふたりだけの世界へ遮断してしまうかのように自動ドアが重たい音をたてて閉じる音を聞くと、鬼木はやっとのことで女の身体をベッドの上に投げ出した。それでも女は寝息を立てたまま起きる風はなかった。
 コートのボタンをはだけさせると片袖ずつ、ゆっくりと女の腕から引き抜く。無防備に投げ出された仰向けの身体は、リクルートスーツの上着から少しだけはみ出ている真っ白なブラウスの裾の下に、ショーツの下端をあらわにして生脚のまま覗かせている太腿を惜しげもなく覗かせていた。
 (さてと。明日の朝はどんな顔して起きるか、楽しみだな。えっ、峰不二子ちゃん)
 心の中でそう呟くと、鬼木は騙されて寝込んでいる美姫子を陥れる仕掛けをする為に、下半身にたった一枚残されたショーツを剥ぎ取りにかかるのだった。

 下半身が妙にごわごわする変な感触に、目を覚ました美姫子は下半身に手を伸ばしてみる。
 「何・・・、これっ。タオル?」
 目をこすってみる。まだ何となく酔いが回っているみたいで、下手に動くと頭がぐらぐらしそうだった。
 (あれっ、ここ・・・。どこだろ?)
 今、自分が、どうして、何処に居るのかすぐには思いつけなかった。
 (あれっ・・・。確か、歓迎会で・・・。)
 何とか身体を起き上がらせてみる。まだ昨日着ていた服を着たままなのに気づく。そしてその視線がごわごわする自分の下半身に向けられて、美姫子はぎょっとする。
 股間のまわりにはタオルが巻きつけられている。巻き付けられているというより、褌みたいに締め込まれているのだ。
 (ど、どうして・・・。)
 次第に不安が募ってくる。
 (そうだ。生理だったんだわ。)
 嫌な予感を憶えながら、そっと下半身にまとわりついているバスタオルを剥がしてゆく。股間にティッシュが重ねて当てられている。その内側から赤い鮮血が染み出していた。
 (ま、まさか・・・。)
 バスタオルを自分から剥ぎ取る。裸の尻に冷たく濡れたシーツが当たるのを感じ、美姫子は飛び起きた。ベッドの上に大きく濡れた滲みがついていた。
 (えっ、お、おもらし・・・。)
 股間のティッシュを手で抑えながら、辺りを見回す。ショーツとスカートを捜していたのだ。しかし、見当たらない。後ろの壁に半開きになったドアがある。灯りがついているようだ。ゆっくり近づいていく。洗面ボウルに何かはいっている。すぐにそれは自分のスカートだと気付いた。その端にショーツらしき白い布切れの端も見えている。近づくとつーんとアンモニア臭がする。スカートもショーツもぐっしょり濡れていたのだった。
 (ああ、そんなあ・・・。)
 起きていること、いや、起きてしまったことを少しずつ理解しながら、美姫子は途方にくれ、しゃがみ込んでしまうのだった。

 「遅かったじゃないか。遅刻だぞ。まだ見習い期間なんだからフレックス出社って訳にはいかないぞ。」
 小走りに事務所へ駆け込んできた美姫子を目敏くみつけて、声を掛けたのは部長の鬼木だった。
 「も、申し訳ありません・・・でした。」
 顔も上げられずに、崩れこむようにして自分の席に座り込むしかない美姫子だった。ゆっくり顔を上げて周りの席を見渡す。昨日から同時で採用になった二人の派遣社員は既に席に着いて、何やら書類づくりに追われている様子だった。美姫子の目は、ゆうべ同席していた筈の先輩達、大熊と戸川の姿を追っていた。姿は見当たらない。
 どんな顔をして、その二人の先輩等に顔を合わせればいいのか皆目検討もつかなかった。何を見られたのか、何をして貰ったのか、考えたくもなかった。
 美姫子はよっぽどその日は休んでしまおうかとも思った。しかしやっと派遣の仕事を貰うことが出来て、出社二日目の事だ。休んでしまうのは失礼なだけでなく、早速の解雇にも繋がりかねない。今の美姫子には失職を甘んじるような余裕は無かった。何にしがみついてでも、仕事を獲得しなければならなかった。
 アパートに戻って服を着替えてくる時間の余裕は最早なかった。洗面所に備付けのドライヤで濡れた下着とスカートを何とか乾かすと少しごわごわする服のまま急いで会社へ向かう支度をしたのだった。

 記憶は全く無かった。酔って記憶を失うなどということは初めての経験だった。それだけ緊張があったのだろうと美姫子は勝手に思い込んだ。
 アンモニア臭のする濡れたスカートとショーツ、そしてベッドの大きな滲みは、美姫子がしてしまった失禁の疑いようも無い証拠だった。男等に介護されて、ラブホテルの一室のベッドに担ぎこまれた際に、無様にも洩らしてしまったのに違いなかった。その美姫子から服を脱がせ、汚れたものを洗面所に運び、洗い流したのだろう。その間、自分は下半身剥き出しの裸で居た筈なのだ。
 (そうだ。生理だったのだ・・・。)
 それに気付いた時のショックは、言いようも無い辛いものだった。おもらしで濡らしてしまった下着を剥がされる。しかし、そこには別のもので汚れたものが貼り付いているのだ。そしてそれは最早、用を足すには事足りず、仕方なく代わりにティッシュを押し当てたのだろう。
 (ああ、どんな顔をして逢えるというのだろう・・・。)

 その時、ガタンと音がして事務所のドアが開いたのを感じ取った美姫子は咄嗟に振り向いた。入ってきたのは大熊だった。一瞬、目と目が合ったが、美姫子が逸らそうとする前に大熊のほうが下を向いた。何か見てはいけないものを見てしまったというような仕草に思えた。
 俯いてしまっている美姫子にも、大熊が斜め後ろの席に無言のまま着いたのが感じられた。
 「お、お早うございますっ。」
 素早く立ち上がった美姫子は、そっと大熊の傍に寄って深く頭を下げ、擦れるような小声で挨拶をする。
 「き、昨日は申し訳ありませんでした・・・。」
 唇を噛みながら、やっとのことでそう言った美姫子だった。
 「い、いや・・・。き、昨日は大分、呑み過ぎてしまって、あんまりよく憶えていないんだ・・・。」
 俄かには信じられないような言葉だった。労わりの嘘を吐いているのかもしれないと、そんな風にしか思えなかった。しかし、大熊は目を合わそうとはしなかった。仕方なくすごすごと自分の席に戻るしかなかった。
 その直ぐ後、今度は戸川が事務所に入ってきた。美姫子に気付いて、明らかに知らぬ振りをするかのように、黙って席に着く。
 「あ、あの・・・。」
 そっと囁くような声で掛けたつもりだったが、戸川がびくっと肩を震わせたのを美姫子は見逃さなかった。
 「昨日は、申し訳ありませんでした・・・。」
 「え、な、何が・・・。」
 「あ、あの・・・、色々ご迷惑をおかけして・・・。」
 「え・・・。あ、それ、多分僕じゃないから・・・。」
 これも本当と取っていいのか、俄かには信じられない言葉だった。しかしそれ以上は、美姫子の方でも、こうだったのじゃないかしらとは口が裂けても言い出せない話だった。
 「し、失礼しました。」
 そう言って自分の席に戻るしかなかった。
 「おーい、倉持くうん。ちょっとぉ。」
 遠くから声を掛けてきたのは、部長の鬼木だった。
 「はい、ただいま・・・。」
 嫌だったが、美姫子の立場ではすぐに行くしかなかった。

 「大変だったそうだね。いや、立場上、部下からは一応、報告は受けているんだ。ま、若い時は、失敗もあるもんだ。いつまでも気に病んで、くよくよしない事だ。いいね。」
 「あ、はいっ・・・。」
 「あ、それから君。まだ生理は終ってないんだろ。」
 「はっ? 生理って・・・。」
 「完全に終ったら、ちゃんと見せるんだよ。みんなにもね。」
 「えっ・・・。」

 「皆んな、集まってくれ。倉持君がみんなに話しがあるそうだ。そうだね?」
 「あ・・・、はいっ・・・。」
 美姫子は項垂れたまま、朝礼で集まっている皆の前に立つ。
 「さ、じゃあ見せてっ。」
 「は、はいっ。あ、あの・・・。わ、私、倉持は今朝、やっと生理が終りました。」
 まわりからの視線を感じて、顔を上げることも出来ない。
 「じゃ、早速見せてご覧。」
 部長の促す声に、美姫子は涙ぐむ。そして逃れることは決して出来ないのだと思い返し、唇を噛んだまま、ゆっくりスカートの裾に手を伸ばして、裾を捲りあげていく。
 「おおーっ・・・」
 露わになったショーツに視線があつまり、歓声があがる。
 「ああ、もう許してぇ・・・。」

 「おい、君っ。いつまでぼうっとしているのだね。」
 はっと気付くと、美姫子は鬼木部長の前に立ち尽くしているのだった。
 「あ、失礼しました。ではこれで。」
 くるりと踵を返すと自分の席に戻ってゆく。自分が思い描いていた妄想に、自分で恥ずかしくなった。
 机の上を見ると、何時の間にか段ボール箱が乗っかっている。上部は開いていて、一番上にメモが乗っかっている。
 (この伝票類を種類別、相手先別に仕分けて整理しておくこと)
 そう書かれているのが見てとれた。

 (整理・・・? 終ったらみんなに見せろ・・・?)
 美姫子はどんどん自分の顔が赤らんでくるのを抑え切れなかった。
 「ねえ、貴方っ。」
 突然、背後から声を掛けられて、美姫子はびくっと肩を震わせてしまった。
 「な、何かしら・・・。」
 振り向くと、一緒に採用された派遣社員の沢海美樹だった。背が高いので、必要以上に威圧的に感じられる。
 「貴方、昨日着てたのと全く同じ服でしょ。そういうの、不味いわよ。一般の会社では。」
 「えっ、あ。こ、これは・・・。」
 「ま、わざとしてるんなら構わないけど。でも、私だったら出来ないわねえ。そんな事。」
 「い、いえ。違うの・・・。今朝、ちょっと寝坊してしまって。服を選んでいる余裕がなかったの。とにかく時間通りに出社するのが精一杯で・・・。」
 美樹の冷たそうな目は、全く信じていないといった風がありありと出ていた。一瞬、美樹の目が流し目になりながら斜め前の戸川哲郎のほうへ向いた。戸川のほうはしかし、下を向いたままだった。
 「ふうん。ま、いっかあ。」
 そう言うと、美樹は給湯室のほうへ出ていってしまった。取り残された美姫子には、蔑まれて見られたような気持ちだけが残ったのだった。

mikiko

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