慰め

派遣通訳女子 屈辱の試練



 二十

 「ねえ、どうしたの。その眼、真っ赤よ。」
 トイレから出てきた菜々子が泣き腫らしたような目で出てきたのを認めた美姫子は、菜々子の肩を抱くようにして給湯室へ引っ張っていく。
 「何かあったのね。ねえ、私に話して。力になるわ。」
 「ああ、倉持さん。私達、派遣社員ってどこまでしなくちゃならないの? 派遣契約なんて何の拘束力もないものなの?」
 「どうしたの、藪から棒に。最初からちゃんと話して。」
 美姫子に促された菜々子は何があったのか話そうとして、それまで中島スーから受けた仕打ちを思い返し、悔しさに再びむせび泣き始めたのだった。

 「そう、そんな事があったの。私もここ最近の中島さんの言動は増長し過ぎてると感じていたけど、そこまでとは・・・。幾ら派遣グループのリーダーだからって、そこまでさせるのはおかしいわ。私がひと言いっておくわ。」
 「でも、私の為に貴方にまで迷惑を掛けられないわ。」
 「いえ、これは派遣グループ全体の問題よ。放置しておく訳にはゆかないわ。」
 「あんまり無理はしないでね。」
 「大丈夫よ。」
 そう言い切った美姫子ではあったが、一抹の不安が無い訳ではなかった。

 「ちょっと宜しいかしら、中島さん。」
 「何よ、突然?」
 「ちょっとお話ししたい事があって。」
 「ふうん、何かしら?」
 「ここではちょっと・・・。」
 美姫子は辺りを見回してみる。菜々子はさっき帰るように薦めて帰したのだったが、まだ残っている社員は何人も居たのだ。
 「内緒の話だったら、今所長室が空いているからそっちで聞いてもいいわよ。ちょうど私も貴方に言いたいことがあるので。」
 「そうですか。じゃあ、所長室で。」
 美姫子も最近、スーが我が物顔で所長が不在の時に所長室を自分の部屋であるかのように自由に使っているらしい事は聞いていた。

 「あの、三倉菜々子さんの事なんですけど。」
 「三倉? 何かあの子が貴方に言ったの?」
 「紙オムツを一日中着けておくように命じられたとか。」
 「ああ、その事ね。あの娘がそれこそ粗相をしでかしたからね。社長をほったらかしにしてトイレに行ったりしてたからね。」
 「でも、そんな事で紙オムツを着けさせるなんて。」
 「そんな事? 言っとくけど、今度社長も来る開所式の時は派遣社員全員に紙オムツを着けさせるつもりだからね。VIPが大勢いらっしゃるときに、小用でトイレに行ってますなんて許させないからね。」
 「え、何ですって。そんな事、私は嫌です。お断りします。」
 「貴方、私にそんな口答えが出来る立場だと思っているの?」
 「どういう意味ですか?」
 「私、知ってるのよ。貴方の秘密・・・。」
 「え、私の秘密?」
 「そうよ。会社に対して重篤な背信行為にあたる事。それだけじゃないわ。国外退去を命じられることにもなりかねない事。」
 「えっ?」
 (ま、まさか・・・。あの事を知ってるなんて。そんな筈、ないわよね・・・。)
 「何、その顔色は。まんざら心当たりが無い訳じゃないようね。」
 「え、でも・・・。」
 「貴方の秘密、私に暴露されちゃったらどうなるか貴方も判るわよね。」
 美姫子は膝ががくがく震えてくるのを感じていた。国外退去という言葉が一番胸に刺さった。(この目の前の女は自分の知られてはならない秘密を知っているのだ)そう思うともう何も出来ない無力感に打ちのめされてしまうのだった。
 「でも、もし貴方が私の言う事を何でも聞くっていうのなら秘密は黙っておいてあげてもいいわよ。」
 「え、私が貴方の言うことを聞く? 何をしろっていうんですか?」
 「何でもよ。便器を舐めろって言ったら舐めるのよ。例えばだけど。」
 「そ、そんな事まで・・・。」
 「私と貴方がどんな立場かよく分かったかしら。それでも口答えが出来るの?」
 「口答えだなんて・・・。」
 「じゃあ、そこに土下座して言ってみなさいよ。私は貴方の言い付けは何でも聞きますからどうか私の秘密は内緒にしておいてくださいって。」
 「え、そんな事・・・。」
 「どうなの。言い付けを聞くの。それとも暴露して欲しい?」
 「こ、困ります。・・・・。わかりました。」
 美姫子はここは何とかスーを宥めて、スーが知っているという秘密を口止めしておかねばならないと覚悟したのだ。美姫子は所長室の真中で膝を突いてしゃがみ込むと両手を床に当て、頭を下げた。
 「わ、私は・・・・、貴方様の言い付けを何でも聞きます。ですから、私の秘密はどうか内緒にしておいて頂けないでしょうか。」
 突然、スーが所長席の椅子から立ち上がったのが気配で感じられた。土下座をしている美姫子のすぐ前まで歩み寄ったのが判る。突然頭が強く床に押し付けられる。スーが美姫子の頭を足で踏みつけているのは明らかだった。その足に力が篭められる。
 「もう絶対逆らいませんと言うのよ。」
 「うう、痛いっ。わ、わかりました。もう、絶対に、逆らいません。」
 「言われた命令は何でも従いますと言いなさい。」
 「は、はいっ。言われたご命令には何なりとも従います。」
 「ふん、ホントだね。じゃあ、今日は残業を言い付けるから、自分の席に戻って私の指示があるまで仕事してなさい。」
 「わ、わかりました。」
 やっとの事でスーの足が外され、美姫子は頭を上げることが出来た。既にスーは所長席の椅子に戻ってふんぞり返っている。
 「事務室に戻って大熊に所長室で私が呼んでると言うのよ。後は自分の席で仕事を続けるのよ。私がいいというまで。わかった?」
 「承知いたしました。」
 最後のほうはもうすっかりスーに対して敬語を使っている自分に気づいていなかった。それだけ美姫子はスーの威圧感に圧倒されていたのだった。

mikiko

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