派遣通訳女子 屈辱の試練
一
「じゃ、そこの一番右の人から立って。前へ。」
「あ、はいっ。」
面接官の鬼木は、さっきから一番目を付けていた見るからに肉感的な女性をまず指名した。指名された女は、緊張した面持ちで三人並んだ椅子の席からすくっと立ち上がると、鬼木の前方に直立不動の姿で面接官たちに正対した。
「リクルートパートナから参りました、倉持美姫子と申します。本日は宜しくお願い致します。」
鬼木が思っていたのより、一段声は甲高く、語尾が微妙に舌っ足らずの甘えたような口調なのが意外だった。
鬼木は履歴書から一旦目を上げて、美姫子と名乗った女の姿を上から下まで嘗めるように見つめ直す。きりっとした黒のリクルートスーツを身に纏っているのだが、腰はかなり細いのに比べ、腰周りは豊満と言って間違い無かった。髪は後ろに束ねてひっつめるようにして留めているので、目付きが少しきつめに感じられる。
「ふうん。英語と、中国語が得意だそうだね。ちょっと自己紹介してみてくれんかね。」
「え、あっ。はいっ。Thank you very much for providing me a opportunity to present myself for the candidation to your office staff recurouting. I’m very pleased if I have a chance to get an occupation in your company and, …」
「あ、判った。わかった。もういいよ。ちなみに中国語では?」
「我们进一步进行了事业的选择和集中,缩小了组织,许多重要的伙伴离开了公司,情况极其严峻,我们从谷底的状态迈出了第一步。在公司成立之际,我曾强烈呼吁进行即使在严峻的环境下“也能持续创出利润的重视收益的经营”,“向具有全球战斗力的事业的转换”以及“打破组织壁垒的一体化经营”。」
「ああ、いい。いいから、もう。」
鬼木は明らかに狼狽していた。何と言っているのか、さっぱり判らなかったのだ。しかし、ネイティブ並に流暢なのは疑いようもなかった。
「君、暑いだろ。その格好じゃ。上着は脱いでいいよ。」
面接に来た者は皆、示し合わせたように黒のリクルートスーツに身を包んで、上着もしっかり羽織っている。確かに暑い陽気ではあったが、室内はエアコンが効いていて上着着用では居られないというほどではなかった。
「はいっ。それではお言葉に甘えて、失礼致します。」
鬼木の目の前の女は胸を張り出すようにして上着を後ろへずらし、腕から抜き取った。上着の下に着ていた真っ白なブラウスは、ワンサイズわざと小さいものを選んだのではと思うほど、ぴっちりしていて、胸の膨らみを強調している。鬼木もそれが観てみたくて、わざと上着のことを言ってみたのだ。女のほうも、心得ているのか、わざわざ脱がなくてもいいものを、豊満な胸元を見せつけるかのように、上着を脱ぎ去ったのだった。
「ああ、君は帰国子女なんだね。」
鬼木は履歴書の学歴の欄を参照しながら言ってみる。
「はいっ。米国のビジネススクールで3年ほど学んでいます。」
「それだけ流暢に喋るってのは、お父さんかお母さんは日系の・・・。」
最後までわざと言わなかったが、その言葉に面接者の表情が明らかに曇ったのを鬼木は見逃さなかった。
「・・・・。」
明らかに女は言いにくそうにしていた。
「ああ、いいんだ。済まん。面接じゃ、親兄弟の事は訊いちゃいけないんだった。うっかり忘れてた。ははっ。済まん、済まん。」
女の顔にほっとした安堵の表情が浮かんだの事も鬼木はしっかりチェックしていた。
(倉持、美姫子・・・か。派遣通訳の面接じゃなくて、オーディションだったら少し踊らせてみたいもんだ。いい身体つきをしてる。ふふふ、楽しみだな。こりゃあ。)
「あ、じゃあ、いいですよ。後ろに下がって。じゃ、次の人。」
漸く美姫子を解放した鬼木だったが、次の女には全く興味が湧かなかった。背は前の倉持より明らかに高いようだが、トンボ眼鏡で短髪の田舎臭い顔に鬼木はどうしても興味を持てなかったのだ。
「あ、適当に自己紹介してみてっ。」
「はい。あの、私・・・。キャストサービスから参りました、そうみみきと申します。沢海と書いて、そうみと読みます。よくさわうみと呼ばれてしまうんですけど・・・。えっと下の名前は天海美樹と同じ字のみきでっす。」
「はあ、そ。で・・・。」
鬼木の露骨な素っ気無さに、狼狽が隠せない様子だった。
「あのわたくしも、英語と、それからスペイン語が多少・・・出来ます。でも、前の方みたいなほどは喋れなくって。で、でも頑張りますぅ。」
最後は消え入るような声になりながら、頭を下げる沢海美樹のほうを見もしないで、興味無さ気に鬼木は隣で秘書のように控えている部下の磯貝正志のほうを振り向くと、顎で促した。
「適当になんか訊いといて。」
「あ、私がですか。はあ。ううんと、そうだな。しゅ、趣味とかは・・・。」
(趣味だとお・・・。バカか、お前は。合コンやってんじゃないんだからな。)
呆れてものも言えない鬼木だったが、面接官の補佐なんか間違いなくやったことの無い筈の部下を連れてきた自分が迂闊だったと後悔し始めていた。
「あの、わたしっ。バレーボールが得意ですぅ。・・・」
その辺りから、鬼木はもう話しを聞いておらず、最初に自己紹介をした帰国子女のような豊満な女のほうをちらちらと盗み見するばかりなのだった。
三人目は石上智子と名乗る暗い雰囲気の女だった。目が横に細いばかりで表情が薄く、鬼木は能面という言葉をふと思いついた。
(最初のは、ルパン三世の峰不二子だな。二番目は背の高いちびまるこ。そうだ、デカまるこだあっ。三人目は・・・。ふうん、やっぱ能面だな。)
鬼木は心の中で勝手に渾名を付け始めていた。
「・・・。で、私はそういう部分で御社にお役に立ちたいと考えております。本日は面接の機会を与えて下さりましてありがとう御座いました。」
最後の三人目が自己紹介を終えたところで、放心状態にあった鬼木は、隣の手下の磯貝から合図されて、やっと我に返ったのだった。
「あ、そう。君、ちょっと暗いねえ。いつも、そんな風?」
「あ、え?いえっ。」
鬼木から能面と渾名をつけられてことも知らない三番目の石上という女は無理に口角を上げて笑顔を作ってみるが、どうみても作り笑いにしか見えなかった。
「ま、質問はいいや。じゃ、取り合えず面接は終りにしよう。」
「いいですか、部長。は、それじゃあ、皆さん、ご苦労さまでした。結果については後日、当方より連絡させて頂きます。お気をつけてお帰りください。」
磯貝はさっと立ち上がって出口に向かい、面接に来た三人に廊下のほうへ手を伸ばして案内する。
「あ、ちょっと君だけ待って。」
呼び止められたのは、帰国子女の英語、中国語が堪能な女性だった。
「あ、わたくしですか。」
「そう、君だよ。もう少しだけ訊いておきたいことがあるので。」
その女性は、面接内容から三人のうちで受かったのは自分に違いないと自信を持っていただけに、意外そうな顔をしてしまった。しかし、すぐに受かったからこそ、もっと深く訊いておきたいのだろうと思い直した。
「承知しました。」
そう答えるのを聞いて、残りの二人は残念そうに顔を俯き加減にしながら廊下へと出ていったのだった。
「磯貝君。二人の方たちを門まで送っていってあげてくれるかな。」
「はあ。わかりました、部長。じゃ、皆さん。一緒にこちらへ。」
鬼木は部下が女性二人を連れて廊下の向こうへ消えるのを見届けてから一人だけ残った女性のほうへ振り返る。
声には出さないで、手を差し向けて腰掛けるように促す。女性が元の席に腰掛けると必然的に後ろを向くことになる。それを確かめた上で、鬼木は背中の手で、面接室のドアを内側から施錠したのだった。勿論、その事に座らされた女は気付いていない。
「倉持、たしか美姫子って言ったかな。」
「はい、倉持です。」
「君は随分、流暢な外国語が話せるんだね。」
「あ、はいっ。海外留学をしていましたので。米国のビジネススクールです。」
「中国語は?」
「あ・・・。はいっ。」
急にそこで女は言い及んだ。
鬼木はゆっくり女の真正面にやってきて、前に立った。女の顔をじっくりと見やる。
「中国人・・・の、血が混じっているよね。」
「あ、あの・・・。」
「君、国籍は?」
「に、ニッポンです。日本人です。」
「いや。だって、アメリカのビジネススクールで学んだからって、中国語はうまくはならんだろ。ましてやあんなに流暢に喋れるようには。」
女は椅子に座ったまま、真正面に立ちはだかる鬼木の顔を見上げて上目遣いに表情を読み取ろうとした。それから視線を外し、少し俯き加減になって話し始めた。
「母親は中国人です。いや、でした。父は日本人で、結婚して日本に渡り日本国籍を得ました。」
「なるほどね。それであんなに中国語をぺらぺら喋れるって訳だ。」
鬼木は振り向くと、机の上から履歴書を再度取り上げる。
「ここ二年ほどは、仕事に付いてないね。」
「ええ、はいっ。就職活動はずっと続けて居るんですが、今とても厳しくて。」
「ふうん。何処もそうなんだな。それで、派遣登録って訳か。」
「通訳とかの仕事はテンポラリなものが多いので、派遣のほうが仕事が多いと聞きましたので。でも、なかなか・・・。」
「君、仕事がしたいかね。」
「も、勿論です。」
鬼木は腕を組み、宙をみあげる。
「僕は、今回の採用を決める最終的な立場にあってね。最後は私が決める。」
「ど、どうか・・・。よろしくお願い致します。」
「語学の能力も大事なんだが、会社が雇用を行うにあたっては、もっと大事なことがあると、僕は常々考えている。何だと思う?」
「えっ・・・。誠実さ・・・とかでしょうか?」
「会社に対する忠誠心だよ。上司の命令に忠実に従えるか・・・ってこと。」
「勿論、与えられた職務は確実に果します。果せるよう努力致します。」
もう一度、鬼木はじっくりと女の瞳を見つめる。相手は真摯な目で鬼木を見つめ返していた。鬼木は再度、宙を眺めて目を逸らす。
「派遣というのは、会社に対しての忠誠心は持ちにくいものだ。それに、外国人の血が混じっているとなると・・・。なかでも中国人は。」
「あ、あの・・・。御社の募集要項には、中国語に精通していることというのが。」
「そう。勿論、中国語が出来る人間を捜している。それだけに慎重なんだ。」
「あの。わたしなら会社の命令なら、どんなことにも従う覚悟でいます。」
「ほう、そうかね。・・・。じゃ、ちょっと立ってみて。」
「あ、はいっ。」
女はすくっと立ち上がる。すぐ目の前に鬼木の顔がある。(近いっ)と思ったが口には出さない。
「目を瞑ってごらん。私がいいと言うまで開かないこと。出来るかな。」
「はいっ。」
女は言われた通りに目を閉じる。
何かが下半身に触れたのを、すぐに美姫子は感じとった。それは男の手の指の先に違いなかった。指の先をくの字に曲げて、その甲を押し当てているように思われた。しかし、身動きすることは躊躇われた。臍の真下の恥骨の上辺りだった。
(セクハラ・・・。)
そう思っても、美姫子にはその場から逃れることは出来なかった。
「仕事が、欲しい・・・かね。」
耳元で相手が囁く声がした。
美姫子は息をするのも苦しく感じられた。思わず、唾を呑み込んだ。その音が相手にも聞こえたのではないかと思われた。
「仕事・・・。仕事が欲しいです・・・。お願いします。」
美姫子の下半身に触れていた指の先に力が篭められたのを感じた。その甲がゆっくりと滑るように下に向かって動いてゆく。ちょうど、陰唇の真上辺りで指が止まった。
「あっ・・・。」
思わず声が洩れてしまい、美姫子は堪えるのに唇を噛み締める。
「採用に僕が力添えをしてあげるよ。」
股間に当てられた指の先に、更に上向きに力が篭められる。それは美姫子のタイトなリクルートスーツのスカートにめり込んでいくかのようだった。
「お・・・、お願い・・・しま・・・す。」
声にならないような擦れた言葉が、やっとのことで美姫子の口から洩れるように出た。
股間に押し当てられていた力がすっと抜けた。
「もう目を開けていいよ。」
声がした時は、背後からだった。美姫子が目を開くと、既に目の前には鬼木は居らず、椅子の向こうに立っていた。それはあたかも、今まで触っていたのは自分ではないのだと主張しているようにも美姫子には思えたのだった。
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