下着姿

派遣通訳女子 屈辱の試練



 十

 「御用でしょうか。」
 部長の鬼木から所長室に呼び出された美姫子は、早速秘書としての仕事を言い付けられるのだと思って事務所を出て階上の部屋へ向かったのだった。
 「ああ、入ってくれ。実は、今度この匠の技統括本部でも研修センタの開所にあたって、派遣女子のほうにも制服を着て貰うことに決めたんだ。」
 「え? 制服ですか・・・。」
 「ああ、ただ正規社員との間には区別が必要なんで、研修センタ独自のデザインのものなんだがね。通訳と言っても、海外からのお客様、ま、海外からの研修生を含めてもなんだが、お客様対応だからね。きちんとした服装での対応をして貰おうと思ってね。」
 机を前に座っている鬼木は、その前に立つ美姫子の服装を品定めするかのように上から下までを見つめている。
 「こっちが商売の付合いがある専門業者が居てね、そこに発注するんだが、あらかじめ採寸をする必要があるんだ。」
 「はあ、そうですか。」
 「それで、採寸は専門業者を呼んでやると結構経費が掛かるんでね。君にやって貰おうと思ってね。」
 「わ、私が採寸をするんですか?」
 「派遣の女性たちは女性じゃないと嫌がると思ってね。」
 「それで、私が・・・? でも、私は採寸なんてした事はないんですが。」
 「大丈夫。最初に君がまず手本になって採寸をされるんだ。それで要領を掴めばいい。」
 「そうなんですか。判りました。」
 「じゃ、隣の部屋で準備してくれるかな。」
 「は、はい。」
 準備と言われて、何をすればいいのか判らない美姫子は部長の鬼木に促されて一旦所長室を出ると、隣の会議室に使われる予定の長細い部屋に入る。内装は完了しているようだが、まだ会議机や椅子などは搬入されていないガランとした部屋だ。置いてあるのは、ハンガーを幾つも掛けてあるパイプ式の衣紋掛けと、身長、体重を計るのに何処かから運び込んだらしい身長測定器と体重計ぐらいだった。壁には床から天井付近まで白い模造紙が二枚貼りあわせて張られている。
 「じゃ、そこで服を脱いで下着だけになって。靴も脱いで裸足になってくれるかな。」
 「え?」
 いきなり裸になれと言われて、美姫子はうろたえる。しかし今更、鬼木に対して(出来ません)とは言えない立場だった。鬼木の言うことには逆らえないと覚悟を決めた美姫子は上着とブラウスを脱ぎ、スカートも外してパイプハンガーに掛けていく。
 美姫子が服を脱いでいると、背後で鬼木が携帯電話で誰かに電話しているのが聞こえてきた。
 「じゃ、用意出来たから来てくれるか。」
 鬼木が電話をすると、それを待っていたかのようにドアから二人の男が入ってきた。天突き体操を最初に始めた自衛隊あがりの大熊と、男性社員で一番若手の戸川という男だった。
 (え、鬼木部長自身がやるんじゃなかったの・・・)
 部長の鬼木の前で裸になるのは諦めていたのだが、違う男たちの前で下着姿を晒すことになるとは思いもしなかった美姫子は恥ずかしさにうろたえる。
 「じゃ、頼むな。」
 そう言うと鬼木は悠々と部屋を出ていってしまう。それぞれメジャーを手にして入ってきた大熊と戸川は下着しか着ていない美姫子を前にちょっと躊躇している様子だったが、部長に言い含められているらしく、仕方なくやっているんだという顔を美姫子に見せていた。が、実は二人共、美姫子の下着姿を見るのは初めてではなかった。新人歓迎会と言って美姫子を騙して連れだし、薬を飲ませて正体を失わせ服を脱がせて写真まで撮っていたのだ。その時に戸川は生理中だった美姫子の生理用ショーツまで脱がしてナプキンまで写真に収めていた。しかし美姫子は寝入っていて、そんな事は知らない筈だった。
 下着姿を晒していた美姫子の方も、その夜のことは思い出していた。何があったのかは泥酔していて憶えていないのだが、気付いたらホテルの一室で殆ど全裸の状態で寝かされていたのだ。誰かが自分をあそこへ運び込んで服を脱がせたのは間違いないと思っていた。しかし、それが誰だったのかは次の日に誰も明かさなかったのだった。その夜の事を思い出し、部長の鬼木がわざわざ自分を下着姿にさせて採寸を命じたのだとすると、この二人に泥酔状態の自分を介抱させ、服も脱がせたのではないかと疑い始めていた。
 「じゃあ、股下長を計りますので、踵を合わせて爪先をYの字に開いてください。」
 若手の戸川がおどおどした口調で美姫子に頼み込むように言う。
 「え、股下長? そんなところを計るの?」
 「済みません。部長に計る部位は全て指示されていますので。」
 戸川はメジャーを手にして申し訳なさそうに言う。部長の指示というのは、この職場では異議は許されないという暗黙の了解でもあるのだった。傍らで大熊がペーパークリップのボードを手に戸川が測定した値を記録しようとスタンバイしている。仕方なく美姫子は言われた通りに足を開くと、股間を隠していた両手を身体の横に移す。戸川はメジャーの片端を美姫子の肌に直接触れないように注意しながら下着で被われた恥丘の下端に充てると、もう片方の端を足首の下の床に付ける。その手は心なしか震えている。
 「な、74.5cmです。」
 「74.5cmね。」
 大熊が復誦すると、手にしたボードに値を記入していく。戸川の指先に触れられてはいないものの、戸川が手にしたメジャーの端の金具は美姫子の穿いたショーツの下端に当てられたのがはっきりと分かる。
 「次はウェストを計ります。両手を肩より上に挙げていてください。」
 そう言うと、戸川は腰回りの最もくびれた部分の胴囲を計っていく。
 「75.8cmです。」
 「はいよ。75.8cmね。」
 「次、腰骨の周りを計ります。82.5cmです。」
 「はいよ、82.5cm。」
 「次は太腿の中心部を計ります。」
 計測部位はその後、太腿の一番太い部分の径、アンダーバスト、トップバストと続いていく。その間、美姫子は両手を肩より上へあげたままの腋の下を晒したままの格好を強いられる。腋毛は処理してはあるものの、それを晒したままなのは恥ずかしいが堪えるしかなかった。
 「済みません。腕の長さを計るので、両腕を水平に伸ばしておいてください。」
 戸川にそう言われ、両手を水平に伸ばすと、腋の下の毛を処理した部分にメジャーの片端が当てられ、手首までの長さが計測される。
 採寸は細部に亘って、本当にそんな部分の計測が制服作りに必要なのかと首を傾げるような部分にまで行われ漸く美姫子は解放されたのだった。

 「え、ここで服を脱げっていうの?」
 「ええ、済みません。正確な採寸をするのに必要なんです。」
 「幾ら女子だけだからって、いきなり下着姿にさせるって。貴方、何様のつもりで私たちに命令しているの?」
 「済みません。私が命令しているのではなくって、鬼木部長からの指示なんです。」
 美姫子が派遣女子たちを会議室用の空き部屋に案内して、採寸の為に服を脱ぐように指示したことに食って掛かっているのは、何かにつけ美姫子には反抗的な態度を示している力士こと中島スーだった。
 「何かって言えば、部長の指示か? お前は部長の犬ね。」
 吐き捨てるように言った中島も、仕方ないとばかりに穿いていたスラックスをすとんと床に落とす。
 「三倉さん。済みませんが、私が採寸するのでこのボードの用紙に私が言う数値を書きこんでいって貰えませんか。三倉さんの採寸は最後にやりますので。」
 「え、ええ。いいですよ。」
 そう言って美姫子から手渡されるクリップボードを受け取るこけしと渾名をつけられた三倉菜々子は、皆の前で自分の貧相な胸のサイズを計られて読み上げられるのが何とか避けられそうに思ってほっと胸を撫でおろしているのだった。
 「じゃ、計らせて戴きます。えーっと、65.3cm。」
 「えっ?」
 「えって、何よ。そんなに短いとでも言いたい訳?」
 「い、いえ。そんな訳じゃ。」
 中島の股下長を告げられて、つい発してしまった言葉に慌てて訂正をしようとした三倉だったが、明らかに失言だったと深く反省していた。もし、自分がトップバストを計られて、この中島に「えっ?」 と言われたらと想像して、蒼くなっていた三倉だった。
 中島は明らかに自分の脚が短いことをコンプレックスに感じているようだった。胸の豊満さは、それが明らかに目立つ倉持にも遜色がないほど豊かだったし、腰つきもヒップ廻りでは段トツの値を誇っている。これで身の丈と脚の長さがあったらサンバ・ダンサーでもトップクラスを張れるのに間違いないのだろうが、身長の低さと脚の短さがただのオバサンの域を出させていないのだった。
 「たかが制服を作るだけなのに、こんなに細かくサイズを計っておく必要があるんですかね。」
 中島の股下長を記入しながら、傍らの美姫子に以前、美姫子が鬼木にしたのと同じ質問を投げかけてくる三倉だった。
 「私も疑問には思うけれど、部長さんが言うには以前から専属でデザインを発注している服装デザイン会社なんですって。その会社からの指示らしいわよ。」
 「へえー。でも、この会社の正社員の女子事務員の制服って、そんなにあか抜けてはいませんよね。」
 そう言われて、美姫子が貸して貰っているミニに仕立て直したスカートも、挑発的ではあるもののいいデザインではあると思っていた。但し、仕立て直す前の丈の普通の女子社員たちが身に着けている通常丈のものは確かにあか抜けては見えないのも事実だった。

 事件が起きたのは翌朝の事だった。事務所に出社してきた中島スーのほうを男性社員が一斉にガン観したのだ。それも下半身にピッチピチのジーンズの股間にだった。
 スーが皆に見られていることに気づいて怪訝な顔をすると、男性社員たちの目が泳いで今度は一斉に知らん顔をして集まっていた机から散り散りに去っていったのだ。男たちが去った机の上には一枚の紙が置かれていた。
 何気なくスーがその机に近づいてゆくと、なにやらパソコンでプリントアウトされたらしい一覧表が印刷されている。その中身を見て、スーの顔が青褪め、その後怒りに真っ赤に変わってゆく。
 そのプリントアウトされたものは、前日測定されたばかりの新しいユニフォームの為の採寸された派遣社員たちの身体の寸法だったのだ。エクセルで作成されたらしいその表には身長、股下長の横に、自動計算されている股下率が記載されている。しかも丁寧に中島スーの行の右端には手書きで「短足No.1」と注記までされているのだった。股下長の最も短い女性は鬼木から金太郎と渾名を付けられた筧美羽子の59.5cmだったが、中島スーの股下はそれを若干上回っているものの、身長に占める股下長の比率は筧美羽子の40.1%を下回る39.1%なのだった。僅か1%以内の差で誤差と言ってもいいかもしれなかったが、脚の短さにコンプレックスを持っているスーには許し難い屈辱なのだった。スーの目が股下率の欄を上下していくと、最高値はスーがライバル視してやまない倉持美姫子の45.3%だった。一覧表にはバストサイズも記載されていて、自慢の胸でも美姫子には若干及ばない次点のサイズだった。これにはスーのプライドが徹底的に叩き壊されたと言ってもよかった。その時からスーの美姫子に対する嫉妬心と敵対心に火が点いたのだった。
 (あの女の仕業ね。)
 心の中でそう呟くと、スーは手にした紙を手の中でそっと丸めて事務所の外にでるや、紙をびりびりに引き裂いてゴミ箱に叩きつけるように捨てたのだった。将にその瞬間に階段を昇ってきた美姫子の姿がスーの目に入ったのだった。
 「おはようございます、中島さん。」
 しかしスーはお前の姿なんか目に入らないとばかりに無視して返事もしない。
 何も知らない美姫子が事務所に入っていくと、男性社員たちが一斉に目を逸らすのだった。職場に何とも言えない冷たい空気が走るのを美姫子も不思議に感じていたのだった。

mikiko

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