派遣通訳女子 屈辱の試練
二十三
腸が煮えくり返る思いのスーはどうやって美姫子を陥れるかを独り会議室予定になっている部屋に篭って策を練っていた。皆が居る前で、美姫子の正体をばらしてやるのが一番効果的に思われた。それまでは、美姫子を脅して順繰りに事務所の男たちに売春を強要させるつもりだったが、それでは最早気が済まなくなっていた。美姫子を追放した上で、自分が新たに制服を新調して貰ってその任に着くのだと言い聞かせていた。
その日の午後、再び昼礼が招集された。何と倉持美姫子と三倉菜々子が新しい制服のスーツに、スー以外の派遣メンバーはツナギになった作業着タイプのサロペットの制服に着替えている。着替えて昼礼に出るように通達があったらしいのだが、午前中事務所に戻らなかったスーだけが聞かされていなかったし、聞かされていても着替えるつもりも無かったスーだった。
美姫子と菜々子は航空会社のアテンダントのようなきりっとしたミニのタイトスーツで、上背があるせいか、ミニから大胆に露出した脚が、とても見栄えがする。胸を張っている美姫子に対し、普段からミニは穿きなれていないので恥ずかしそうにしている菜々子だったが、背が高い分だけ更に脚も長く見える。それに対し、他の派遣女性たちは、ずんぐりした背と脚の短さや腰回りの太さを、つなぎとなったサロペットが隠してくれているという感じだった。
「えー、人事異動を発表します。派遣女性グループのリーダーですが、今日から倉持美姫子さんに復帰して貰います。そして鬼木部長、いや鬼木所長の秘書も再び兼任して貰います。三倉菜々子さんには秘書補佐も兼任して頂きます。じゃ、倉持さんと三倉さん。こちらへ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私は、それじゃどうなるっての?」
「あ、中島さんですね。中島さんにはスペイン語担当の方を専任でお願いします。」
「何よ。どういう事? 私は聞いてないわよ。だいたい、この人。倉持さんて、日本人じゃない事を会社に隠して勤めてるのよ。私、知ってるんだから。」
「えーっ?」
男性社員や派遣女子たちからどよめきが起きる。
「そうよ。秘書なんかやる資格はないのよ。不法就労の中国人なのよ。いずれ国外追放になる筈だわ。」
「な、中島さん・・・。」
スーの権幕に美姫子は蒼白になる。
その時、事務所の入り口から突然声が発せられた。
「中島君は何か勘違いをしているようだね。」
声はこの研修センターの所長になったばかりの鬼木だった。ゆっくりと皆の前に歩み出る。
「私はこれ、ほらっ。倉持君から正式な日本国が発券したパスポートを預かっている。倉持君は正真正銘の日本人に間違いないのだよ。」
「え、何ですって? そ、そんな筈は・・・。」
「どこで、どういう情報を得てそんな事を言ってるのか判らんが、それは言い掛かりというものだよ。」
ぽかんとしているのは、言い掛かりと決めつけられたスーの方だけではなく、美姫子も同じだった。まさか自分さえ手にしたことがない日本国のパスポートを所長の鬼木が持っている事自体、青天の霹靂だったのだ。
「それからもう一つ、言っておくことがある。ある者の内部告発によって、この事務所内で強制売春が行われようとしたという事実が発覚した。会社は早速第三者委員会を立ち上げて調査を行うことにしたそうだ。早急に委員会に任じられたものが調査に来るので、呼ばれたものは事情聴取に協力するようにとの事だ。」
スーの顔がみるみる間に蒼白になってゆく。すぐに大熊の方を向くが、大熊は、スーに向かってこっそりと首を横に振って俺は知らないとアピールしている。
「じゃ、以上だ。これで昼礼は解散する。倉持君、所長室へ来るように。」
茫然と立ち尽くすスー以外は自分達の席に戻り、所長の鬼木が新たに秘書に任じられた美姫子を従えて、所長室へ向かっていったのだった。
「日本国籍取得の申請をしていたそうだね。私のところに君が中国人で不法就労をしているのではないかという問合せがあってね、そんな筈はないと回答しておいたんだが。どうもその問合せというのはガセネタだったようだね。」
鬼木は自分が仕掛けた垂れ込みを自分で否定して、美姫子の日本国籍取得を急がせたのだが、美姫子自身はそんな事を全く知らずにいたのだった。
「ありがとうございます、鬼木所長。これからも、私が全力でお仕えいたします。」
「そうかね。よろしく頼むよ。」
鬼木は新しいユニフォームで一層鬼木好みになった美姫子の姿を改めてまじまじと眺めながらほくそ笑むのだった。
完
先頭へ