大掃除

派遣通訳女子 屈辱の試練



 十三

 「と言う訳なの、磯貝さん。だから、午後一杯は派遣女子社員は全員、この建屋全体の大掃除に掛かりっきりになります。全体の指揮は私が執りますので、男性陣は何時も通りの業務をなさっていてください。」
 「これは部長の指示なんだね。わかった。じゃ、あとは中島君、君に任せるからよろしくね。」
 スーは部長が不在の際の事務所の責任者である磯貝課長補佐に断わりを入れると派遣女子全員に声を掛けて事務所の隣の会議室に皆を呼び入れる。
 「じゃ、皆んな。いいわね。これから夕方の定時までの間は、私たち女性陣でこの新しい研修センタになった建物の隅々を分担して掃除します。改修工事がほぼ終わったので、研修センタ開始前に、女性の目線で最終的なお掃除をするの。これは部長から言いつかった事なので、みんな気合いを入れてやってね。」
 「ねえ、倉持さん。私たち、派遣契約で掃除までするなんてことになっていないわよね。」
 女性達の前に立って指示をしている中島スーに聞こえないように小声で美姫子に囁いたのはいつものように石上だった。
 「それはそうだけど、派遣のリーダーになった中島さんがああ言っているんだから多少は目を瞑って言う事を聞いていましょう。波風立てても、変に部長に告げ口されかねないわ。」
 「そうかなあ・・・。倉持さんがそう言うんだったら仕方、ないのかなあ。」
 「そこの二人っ。お喋りしてないで、よく聞いてっ。これから分担を発表しますから、その分担通りにすぐに現場へ向かって。まずは立花さん。貴方は玄関廻りね。次は筧さん。貴方は会議室を担当して。それから三倉さん。貴方は、所長室。あ、場所、言われた人はもどんどん行っちゃって。それから、石上さん。貴方は給湯室ね。」
 「給湯室は判ったけど・・・。中島さん、貴方は何処を担当するの?」
 「あら、私は全体をチェックしなければならないの。そう部長から言いつかっているから。早く行きなさいよ。」
 「あの、私は何処を・・・。」
 「あ、倉持さんね。私に付いてきて。」
 そう言うと、最後に倉持を従えてどんどん廊下を先に歩いていくスーだった。
 「貴方はここよ。」
 「え、ここって。」
 スーが指し示したのは男子トイレの扉だった。
 「女子の方は後で石上にやらせるから、貴方はここを専門にやって。」
 「え、でも・・・。」
 「何、嫌だって言うの?」
 「そ、そんな事はありませんが。判りました。はい、やります。」
 「一番手前の用具室に掃除中って立て看板があるから、それをドアの前に立てておくといいわ。」
 「はい・・・、わかりました。」
 「じゃ、あとで見廻りにくるからちゃんとやっておくのよ。」
 「ええ。」
 スーは美姫子に最後に男子トイレの掃除を言い付けておいて、振向きながらほくそ笑むのだった。
 (アンタには男子の便所掃除がお似合いよ。いい気味だわ。)
 スーは最初から美姫子に男子トイレの掃除を言い付けることで辱める計画なのだった。

 「ちょっと、アンタ。何、やってんの。モップなんか使って。そんな掃除は普段から掃除のオバちゃんがやってんだから、そんなんじゃ駄目なの。言ったでしょ。女性目線で細かい所にまで行き届くようにやらなけりゃ私達がやってる意味がないじゃないの。便器は雑巾で拭いた? 拭いてないでしょ。舐めろって言われたら舐められるぐらいに綺麗にしとかなくちゃ意味がないの。」

便所掃除

 美姫子はスーのあまりの権幕に、本当に後で舐めろと言われるのではないかとまで考えて身を竦める。
 「ごめんなさい。気が廻らなくて。今からすぐ、雑巾で綺麗に拭き掃除しますから。」
 スーは美姫子が本当にバケツに水を汲んで雑巾を浸してから男子小用便器の外側を拭き始めるまで腕を組んで入口に立って睨みつけているのだった。
 「それが全部終わったら、床もモップじゃなくて、手で雑巾掛けをするのよ。わかったわね。」
 「はいっ・・・。」
 口惜しさに美姫子はスーのほうに顔も上げられずに俯いたままそっとそう答えたのだった。
 (ふん、いいザマだわ。男子トイレの便器を雑巾掛けする格好は。)
 スーは美姫子が仕方なく便器掃除を始めたのを確認してから男子トイレの外に出る。扉の前には「掃除中」の立て看板が立っていた。スーはそれを持ち上げると、廊下の反対側の物置倉庫の端に隠してしまうのだった。

便所掃除2

 何とか男子用便器を拭き終わって、今度はリノリウムの床を固く絞った雑巾で拭き始めたところだった。何となく視線を感じて目を上げた美姫子の視線に入ったのは、目を丸くして自分の方を見つめている初老の男性の姿だった。そしてその視線の先がしゃがんでいる自分のスカートの奥に注がれていることに気づいて慌てて男に向けられていた膝を横に向き変える。常にミニを穿くように命じられているスカートの奥はばっちり覗かれていたに違いなかった。
 「あ、掃除中かい。済まんね。今、使ってもいいよね。」
 そう言われて駄目だと言うタイミングを逸してしまった美姫子だった。男は当然のように中に入ってきて、小用便器に向き合う。
 (いつもは見掛けない顔だから、お隣の資源管理部のお客さんかしら。)
 男の横顔をちらっと見ながら、床の雑巾掛けを続けるしかない美姫子だった。
 「ここは随分若い子がトイレ掃除なんかしてるんだね。何か、緊張しちゃうね。勃起しちゃいそうだよ。へへへ。」
 男はセクハラまがいのことを口にしながらチャックを開いて陰茎を便器に向けているが、齢のせいなのかすぐには出ないようだった。美姫子は男が小用を終えて早く出て行ってくれるように念じているしかなかった。
 その時、扉が急にキイーッという音を立てて開いた。
 「あっ・・・。」
 入ってきたのは美姫子も顔を憶えていた隣の資源管理部の一番若手の持田という青年だった。一番見られたくない男とも言えた。
 「おう、持田か。大丈夫だよ。掃除中だけど使っていいって。」
 そんな事を言った筈もないのに、初老の男は青年に入って来るように言うのだった。持田は遠慮がちながらも男に言われたので引返す訳にもゆかず、男の隣の便器に向かう。
 「ここは凄いな。持田よ。こんな若い女性に便所掃除させてんだからな。」
 「あ、いや。臨時じゃないんですか。いつもは普通のおばさんですよ。掃除は。あれっ?だけど何時もは掃除中って札が掛かってるんですけどね。」
 持田という青年がそう言うのを聞いて、自分が確かに出しておいた筈の掃除中の立て看板が無くなっていることを美姫子は知るが、まさかそれがスーによる仕業だとは思いもしないのだった。
 持田という青年は若いせいなのか、美姫子が居る前ではなかなか用を足せないようだった。しかしすぐに意を決したかのように、ベルトを緩めるとズボンを下にさげてから陰茎を取り出した。
 「おう、持田はいつもそうやってするのか。ズボンを降ろさないとペニスが出せないんだな。そういう奴が居るっていうのは聞いたことがあったが。」
 「あ、はあ。・・・。」
 すぐ傍に女性が居る前でそんな事を言われて、持田自身が恥ずかしさに顔を真っ赤にしていたが、一番辱められているのは床にしゃがみ込んだままの美姫子なのだった。

 「あの、給湯器、使っていいですか?」
 突然の声に食器を拭きながら振り向いた美姫子は昨日、男子トイレ掃除中に逢ってしまった青年の顔を目の当りにして驚いて手にしていたカップを取り落としそうになる。
 「あ、昨日の・・・。」
 「ああ、貴方だったんですか。確か・・・、倉持・・・さん?」
 「え、ええっ。」
 「匠の技統括部の方ですよね。」
 「ええ。派遣社員ですけど。」
 「派遣の方って、あんな事まで・・・。あ、トイレ掃除の事ですけど。」
 「いえ、私達は外国語の通訳と翻訳の業務で派遣契約していますので、ああした事はしない、というかやらない事にはなっているんですけど・・・。とは言っても、職場で派遣契約にない・・・、そのう、お茶汲みとか頼まれることはあって、そういうのをいちいち派遣法を盾に断わっていると、次から委託が来なくなっちゃうこともあって・・・。あ、でも今回の事は私達派遣社員のまとめ役をしている中島さんが自発的に引き受けちゃったらしくて、それで断ることも出来なくて・・・。」
 「でも嫌々なんですよね。トイレ掃除、それも男子トイレの掃除なんて。」
 「そ、それは・・・。私達、翻訳や通訳の仕事で雇われているっていうプライドがありますから。」
 「トイレ掃除なんて、専門の業者を頼んでいるんだから、そういう人達に任せておけばいいのに。」
 「それは、そうなんでしょうけど・・・。」
 「あ、あのお・・・。」
 「え、何でしょうか?」
 「あの、実はですね・・・。」
 「はい?」
 「あの、実はトイレでおしっこしてるの、若い女性に見られたのなんて初めてだったんです。」
 「あ、済みませんでした。」
 「いえ、貴方が謝ることじゃないんです。あ、あの・・・、ボクっ、おしっこする時、ズボン降ろしてたでしょ。ああしないと、ズボン、濡らしちゃうことがあるんです。」
 「え、ええ。そういえば・・・。」
 「ああいう事するの、他の男子からすると恥ずかしいよって言われてるんです。」
 「そ、そうなんです・・・か?」
 「あ、あの・・・。その事、他の女性たちには黙っていて欲しいんです。」
 「あ、ああ、そういう事・・・。大丈夫です。言いませんよ、そんな事。あ、そうなら。私が男子トイレの掃除、させられていた事も他の男子社員の方たちには言わないでくださいね。」
 「も、勿論です。あ、そうだ。鷲尾さんにも言い触らさないように釘を差して置かなくちゃ。」
 「鷲尾さん・・・? 若しかしてご一緒にあの時、いらした方?」
 「そ、そうです。関係会社の社員の方なんですけど。今度、ちゃんと言っておきます。あの人、口が軽くて。大丈夫です。僕がちゃんと言っておきますから。」
 「お願いします。お互いに・・・ね。」
 「はいっ。」
 二人がそんな会話をしている時、給湯室の入り口の壁の外で中島スーが二人の話を立ち聞きしていることに美姫子も持田も全く気付いていないのだった。
 (ふうん。鷲尾っていうのね、あの男。今度、あいつに逢ったらさんざん唆して皆に言い触らすように焚きつけてやらなくっちゃね。)
 意地悪そうな笑みを洩らすスーだった。

mikiko

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