妄想小説
覗き妻が受ける罰
第二章
(あ、あの人かしら・・・。)
台所で片付物をしていた京子はシステムキッチンの奥の出窓に微かに人影が動くのを感じ取っていた。キッチンの出窓はプライバシーの為に曇りガラスになっているので、はっきりと見ては取れないが、人の動く気配だけは感じられるのだ。京子はエプロンを外すと二階への階段を急ぎ足で駆け上がり、廊下の端の窓をそおっと薄ら開く。
(やはりそうだ・・・。)
いつもの草臥れたような作業服で頭にタオルのようなものを巻いている。近くの工事現場からトイレ休憩に来たようだった。
(は、出し始めた。もうすぐだわ・・・。)
男は放尿を終えたらしい、腰を縦に振る仕草をする。
(あ、こっちを向くわ。あっ・・・。)
男が何時ものようにまだペニスを仕舞いきっていないまま、こちらに身体を向けるのを京子はしっかり見届ける。その瞬間、京子の右手の人差し指と中指はクレバスの上をじっと押さえつけているのは、無意識での行為だった。
(ああ、あのペニスを何度も見返してみたい。何とか写真に撮れないかしら・・・。)
京子は廊下の端の窓をそっと閉めると、不在の夫の書斎に向かう。
夫の和樹は多趣味でいろんな物を持っている。バードウォッチング用の双眼鏡もそうだが、デジカメもかなり高性能のものを持っていた。三脚も持っていた筈だと京子は思いだし、クローゼットの奥にそれを見つけた。
それは盗撮行為だとは京子自身も分かっていた。それも生身の男性自身を撮ろうというのだ。しかし不思議に罪悪感は湧かなかった。誰にも見られないし、気づかれないという安心感があるせいだろうが、それだけではない。男がわざとではないにしろ、また一瞬であるにせよ、自分の性器をおおっぴらに出した状態で公園のトイレでこちらを向くのだ。公序良俗に反する行為をしているのは、むしろ向こうのほうだと京子は感じていた。また、そんな行為で自分を誘惑しているのだとさえ感じていたのだった。
階段上の廊下の隅に三脚に据えられた望遠レンズ付きの一眼レフデジカメを用意してからは、何故かなかなかチャンスは巡ってこなかった。感づかれたのかとさえ京子は思った。公園の公衆トイレを利用に来るのはその男に限ってはいない。しかし、大抵は散歩に来る老人が殆どだ。後は公園に遊びにきている小学生ぐらいしかいない。工事現場の他の男たちも偶にやってくるが、不用意に性器を剥き出しにしたまま、こちらに向き直るようなのは他には居なかった。彼特有の癖なのだろうと京子は思っていた。小用をしている他の男の写真を撮ってみたいとは思わなかった。それこそ汚らしい盗撮写真だ。しかし、あの男のペニスを出した姿は違うのだと京子は自分に言い聞かせようとしていた。
(これは、いけない事なのだわ。だから神様があの男を来させないようにしているのだ)そんな事さえ京子は自分に言い聞かせようとしていた時に、突然その機会はやってきた。何となく虫の報せがあったようにも思えた。台所で片付物をしている時に目の前の曇りガラスにちらっと横切るものを感じた。京子はそれだけで、階段の上の窓に走り出していた。
既に三脚の上に望遠レンズを付けたカメラは用意してある。はやる心を鎮めようと思うのだが、うまくゆかない。
窓枠に掛けた手が震える。
(あ、いた・・・。)
三脚の上のカメラを引き寄せるとファインダーに目を寄せる。
いましも便器の前に股間を押し付けようとしている男の姿がそこにあった。自動焦点ボタンを震える指でそっと押すと、男にピンとがぴたりと合う。
カシャッ。
最初の音にびくっとしたのは京子のほうだった。男がその音に振向くのではないかと思った。しかし、あの男のところまでこの微かな音が響く筈もなかった。
カシャッ。カシャッ。カシャッ。カシャッ。カシャッ。
京子は震える指で何度もシャッターを押した。
(あっ・・・。)
カシャッ。カシャッ。カシャッ。カシャッ。
男がこちらを振り向いた瞬間、数回シャッターを切った京子はすぐに窓を閉じた。喉がカラカラに乾いていた。心臓の鼓動が大きく高鳴るのを抑えきれないでいた。
はっきり撮れていたのは、一枚だけだった。しかしそれでもその一枚は男の股間の一物を鮮明に捉えていた。勃起していない筈のそのモノは、夫の勃起したサイズぐらいありながら、ズボンの社会の窓から下にただぶらんと垂れ下がっていた。
京子はその夜、夫の部屋からプリンタを運び出してきて自分の部屋のパソコンに繋ぐと一番はっきり映っている一枚を最も高画質になるように慎重に設定して、プリントアウトした。印刷されたその写真の出来栄えを何度も確認すると、今度はその日写した画像を一枚、一枚、しっかり確認しながら消去していった。
京子はテレビドラマか何かで、デジカメで撮った写真はGPS機能とかいうもので、写した日時と写した場所まで特定出来るのだと聞いた記憶があった。証拠を下手に残してはならないと思ったのだ。印刷された一枚はかなり望遠で拡大されているので、何処から撮ったかの特定は難しいだろうと思われた。特徴となる背景になるものは写ってはいない。男の背後に見えるのは何処にでもある変哲のない男性用便器のアサガオの一部ぐらいしかない。デジカメとパソコンに残ったデータさえ消去してしまえば、一枚残った印刷された画像がどこでどう撮られたものかを示す証拠になるものは残らない筈だと京子は思った。(そしていざという時になったら、この一枚も燃やして消してしまえばいいのだ)そう京子は自分に言い聞かせたのだった。
写真を手にいれた京子は何時になく心が浮き立っていた。しかし、それでもその写真を観るのは手控えていた。それを何度も観て、見飽きてしまうことが怖かったのだ。ここぞという時の為にその興奮は取っておきたかったのだ。しかし、それを持っているという思いだけで、心浮き立ってしまうのは自分でも抑えられないでいた。
もう一度だけ観て、それを見ながら思いっきりオナニーをして、そしてしばらくはその写真は封印しておくつもりだった。その為にその日の買物は早めに済ませておくことにした。
異変に気付いたのは、その早目の買物を終えて我が家へ帰って来た時だった。公園を背にして立つ京子の家は表側の道路からは家が建てこんでいるので公園は見えない。スーパーのある方向からその家の前の道路に入ってきて次第に自分の家の玄関が近づいてきた時に、郵便受けに見慣れぬ茶封筒が差しこまれているのに気づいた。ポストから半分だけ、封筒が外に突き出されたような格好に差し込まれているのに違和感を覚えたのだ。
(不用心だわね。郵便屋さんたら。ちゃんと押し込んでおいてくれたらいいのに・・・。)
いつもの郵便局の配達員には思えない封筒の差し込み方だったのだ。
鍵の掛かっていない門扉を開けて玄関に立つと、外側からその封筒を引っ張りだした。宛名は無い。郵便局経由のものではないようだった。京子は何かしら不吉な予感が走るのを感じた。
(何かしら・・・。)
訝し気に思いながら、玄関の鍵を開けて中に入ってから中身を検めることにした。
今は独り身なので、家に帰ると必ず玄関の錠をおろすようにしている。何時不審者が闖入してこないとも限らないと思っていたのだ。夫が単身赴任で家を空けるようになってからというもの、京子は家には普段一人しかいないのが外から気づかれないように気を付けていて、洗濯物も着てもいない夫のものも時々は洗って自分の洗濯物と一緒に干すぐらい気を使っていた。
キッチンに置きっ放しのペーパーナイフを封筒の端に突っ込むと片面を切り開いていく。中から出てきたのは一枚の紙だった。プリンタで印刷したような紙に風景が紙面いっぱいの大きさで載せられていた。それは見たことのある風景だとすぐに判ったが、それが京子の家の裏手にある公園であることに気づくまでは暫くかかった。何時も見慣れている方角とは違うほうからの眺めであるせいだった。ちょうど真ん中に公園内のほぼ中央にある公衆トイレがある。誰かが入っているようにも見えるが、その写真が撮られた位置からでははっきり観て取れない。デジカメで撮られた写真のようだった。画像の右下の端に日付と時間が印字されている。何気なくそれを見ていた京子は、背中に水を浴びせられたような衝撃を受けた。
昨日、京子がこっそり二階の廊下の端から男を盗撮した将にその時刻だったのだ。封筒にはその一枚きりしか入っておらず、何のメッセージも添えられてはいなかった。
(何かの偶然・・・)そう思いたい京子だったが、どうしてもそれを否定する思いしか浮かばない。(偶々自分と同じ時刻に誰かが公園の写真を撮っていたのかもしれない。しかし、それなら何だってわざわざそんな写真を封筒にいれて自分の家のポストに投げ込むのだろうか・・・)
嫌な予感はどんどん募って来て、その夜は京子は眠れなかった。
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