妄想小説
覗き妻が受ける罰
第十九章
チャランという携帯メール着信音に京子は思わずビクンと反応する。メールを送信してから2分も経っていなかった。
(今から急いで公園のトイレに行け。男子トイレのほうだ。そこに金を置いてあるから、それを持ってグランドの先にあるコンビニへ行って一番ちいさい包みを買ってこい。)
簡潔な指示だった。京子はグランドの先にコンビニがあったことを思い出す。京子の家からだと、一番近い店には違いなかった。
(とにかく、まず公園のトイレに行かなくっちゃ・・・。)
京子は急げと言われた意味を考えながらまずは公園に向かうことにする。もう夕暮れ時で、公園にはひと気が無くなり始める頃だった。それでもまだ明るく、誰にも見られないで済むことを京子は祈りながら公園に入る。
男子トイレはもう何度も行かされていたが、明るいうちに男子トイレに堂々とは入ってゆけない。何度も辺りを見回して、みている者が居ないことを確かめてから急ぎ足でトイレの入り口に近づく。入口のすぐ傍に立って、誰かを待っているかのような振りをしながら、首だけ回して男子トイレの内部を窺う。しかしお金が置いてある風はない。
(まさか・・・。)
嫌な予感にかられながら、一歩さらにトイレに近づいて扉が開いている和式便器の中を覗き込んで、はっとする。便器の中に光るものがちらっと見えたからだ。
その便器は嘗て自分の下着を全て放り込まれたことのあるものだったことが京子の脳裏を掠める。水は流した後のようだが、便器は便器だ。京子はさっと腰を屈めると便器の中に手を伸ばす。京子は便器の中からコインを拾わねばならない自分の運命を呪うしかなかった。
あるだけのコインを掴むとさっと立上って女子トイレの扉を開ける。扉をしっかり閉めてから、洗面台で自分の指とコインを何度も何度も洗うのだった。
便器の落とされていたのは、百円玉が二つと五十円玉が一つ、5円玉がひとつのみの255円だけだった。しっかり洗ってからそのコインを握りしめるとグランドへ小走りになって向かう。
グランドに行く道の途中には、ホームレスの小屋がある筈だった。出来れば近寄りたくなかったが、今は遠回りをしている余裕はなかった。小屋のすぐ傍にある大きな欅の樹が見えてきた。遠目にはホームレスの姿は見えなかった。が、樹のすぐ傍まで来た時、あの男が幹の向こう側にしゃがみこんで煙草を吸っているのに気づいてしまった。しかも京子の近づいてくる音に気づいたらしく、顔を上げて京子のほうをじっと見ている。
京子は自分の顔は知られていない筈と思いながらも、心臓が高鳴り、膝ががくがく震えるのを感じた。男のほうを見ないようにしながら、無視して通り過ぎようとする。
(気づかれなかった・・・みたいだわ)
そう思って男をやり過ごそうとした瞬間に背後から声が掛かった。
「アンタ、スカート短いねえ。」
男はずっと京子のミニスカートから剥き出しの太腿ばかりに注目していた様子だった。京子は聞こえなかった振りをして、また少し足を速め、とにかく急いでその場を離れることだけを思った。
グランドの脇まで来るとバス通りの向こう側に男が指示したコンビニが見えてきた。その先に男子高校があって、部活帰りの男子生徒の溜まり場になっているらしかった。京子はあまり利用してはいなかったが、何度かは入ったことがあった。レジは決まって男子高校生がバイトでやっていたのを思い出した。
その日もコンビニ前の駐車場に野球部員っぽい格好をした、いがぐり頭の男子数人が地べたに座り込んで肉饅などを食べている。男子生徒等の目にも、京子の短いスカートから剥き出しの白い腿は刺激的に見えるらしく無言ながらも注目が集まっているのを意識する。その目にも気づかない振りをしてさっと京子は店の中に入る。
探し物はすぐに見つかった。大小さまざまな種類と大きさがある生理用品の端に一番小さなパックのそれはあった。値札を確認すると235円とある。消費税をいれて254円とぎりぎりの額だ。さっとそれをひったくるように取るとレジに向かう。生憎とその時間帯は仕事を終えて帰宅する工事現場の作業員らしき男たちが数人、弁当が温まるのを待って並んでいる。京子はその後ろについた。生理ナプキンの包みしか持っていないので、手の平でそれとなく隠すようにしている。
「はい、次の方どうぞ。」
京子は自分が呼ばれたのに気づいて、店員から目を逸らしながらそっとナプキンの包みを差し出す。
「これ、ひとつ・・・だけですか。」
京子は恥ずかしさに俯いたまま頷き、コインを四つ皿のなかに置く。
「テープでいいですか。」
「えっ?」
一瞬、何を言われたのか判らなかった。
学生のバイトらしき青年が「じゃ、袋で」と言う前に、チッという舌打ちが聞こえたような気がした。生理用品ひとつをレジ袋に入れるのに、妙に丁寧に時間を掛けているようにも思われた。ふと目を上げると、バイトの青年の目は明らかに京子の下半身に向けられていた。その目付きは、いかにもスカートの下の京子の股間を想像しているに違いなかった。
品物をひったくるように受け取って後ろを振り向くと、京子の後ろに並んでいた男たち全員の目が京子の短いスカートの上に注がれていたことに気づくのだった。
「あ、お釣り。一円・・・。忘れてますよ。」
背後でバイトの子が大きな声を立てていたが、京子は無視してコンビニを走り出たのだった。
帰りは少し遠回りをしてホームレスの居るところをわざと避けるようにした。誰にも出遭わずに家の近くまでやってきて、ほっと安堵の息を吐いた。しかしその時、重要なことを忘れていたことに気づいてしまった。替えのショーツが無いのだった。京子は生理ナプキンが必要と言う時に、たった一枚しかないショーツを汚してしまって替えが必要だと一緒に言えばよかったと悔やんだ。
(ショーツも一緒に必要だと言っておけば、その分までお金を呉れただろうか・・・)
しかし、京子には男がそんなに簡単に替えのショーツを買えるだけの金を呉れたりする筈はないような気がしていた。明らかに男は京子からわざと下着を奪って困らせているのに違いないと推測していた。
それでも家に入ったところで、いつまでも汚したショーツで居る訳にはゆかず、再度男にメールを入れることにした。
(たった一枚のショーツを汚してしまったのです。替えがどうしても必要です。)
祈るような気持ちで送信ボタンを押した京子だった。その返事はすぐにやってきた。
(それには条件がある。)
京子は躊躇いながらも返信する。
(どんな条件でしょうか?)
嫌な予感がした。
(もうすぐこの間の男が公園のトイレにやってくる。そいつにもう一度パンツを見られるんだ。)
(そんな事出来ません。)
(出来るさ。男が近づいてきたら急いでその場にしゃがんで膝を男に向ければいい。男には鍵を落としてしまって、捜してるんだと言うんだ。そしてわざと目の前に鍵を落として男に拾わせればいい)
京子が何と返信したらいいか戸惑っていたが、男からもその後何も返信はなかった。途方に呉れる京子だったが、男の指示に従う他はないのだと自分に言い聞かせる。
(もうすぐって言っていたわ。)
京子は慌てて公園に引返す。もう大分陽が翳ってきていて、公園には人影がなかった。公園はこのところ手入れがあまりされていないのか、雑草がかなり伸びてきている。その草叢の中に家の鍵をポトリと落したところで、人影が近づいてくるのに気づいた。
(あの男だわ・・・。)
京子は意を決した。さっとしゃがみ込むと草叢に手を伸ばして鍵を捜している振りをする。膝と膝の間はわざと緩める。男からは下着が丸見えになっている筈だったが、考えないようにする。
「あの・・・。どうかしたんですか。」
京子が顔を上げると男の視線がさっと動いたのが判る。
「か、鍵を・・・。鍵をどこかこの辺に落としてしまって・・・。」
そんな嘘が通用するのか不安だったが、男に言われた通りを京子は口にした。
「鍵ですか? じゃあ、手伝って捜してあげますよ。」
そう言って男は京子の真正面に腰を屈める。それは鍵を捜すのを口実に、京子のスカートの奥をより間近に覗きこむ為であるようにも思えた。すぐ傍で男が生唾を呑み込んだような気さえしたが、気づかない振りをする。
「あっ、これかな。鍵・・・。」
「あ、それです。良かった。ありがとうございます。」
漸く腰を上げることが出来た京子は立上って、深々と拾ってくれた男にお辞儀をする。
「よかったです。お役に立てて。」
男がウィンクしてみせたような気がした。しかしそれは(いいものを見せて貰った)と言っている表情のようにも思えてならなかった。
トイレの方に向かう男を見ないようにして、急ぎ足で家に向かう京子だった。その一時間後に、京子は段ボールの箱の中にたった一枚だけ入れられた真新しいペーパーショーツを宅配便で受け取る事になるのだった。
次へ 先頭へ