34トイレ呼出し

妄想小説

謎の中国女 李



 九

 李が階段を音を立てずに降りてゆき、一階のフロアに降り立ったのと、夏美が玄関から建物の中に入ってくるのがほぼ同時だった。李の姿を見つけた夏美は明らかに狼狽していた。
 「あ、あなたは・・・。」
 「あ、こにちは。覚えていてくれましたか。李てす。この間はいろいろ有難うございました。」
 「あ、あの・・・。貴方は、ここで何を。」
 「わたしは、ここて、パートタイムの仕事してます。書類の整理とかてす。今終って帰るところてす。」
 「あ、あの・・・。この建屋って、今、誰か居るの?」
 「この建物、ほとんどいつも人、いないてす。今日も、多分もう誰も居ないてす。」
 「あ、そうなの。ちょっと私、専務に頼まれた書類を捜しに来たんです。あの、それじゃあまた・・・。」
 いつも冷静で落ち着き払っている夏美が妙におどおどしていて、変だった。しかし深く詮索しないようにして、深くお辞儀をすると、李は夏美を残して外に出た。いや、出た振りをしたのだった。
 建物を出て陰に隠れ、こっそり中の様子を窺がう。夏美が首を出して、人が辺りに居ないか確認している様子が見えた。その後、夏美が中へ姿を消す。それで李はこっそり音を立てないように後を追ってみた。夏美の足音がゆっくり廊下を奥へ進んでいるのを教えていた。ギィーっという音が聞えた。何処かのドアが押し開けられたような音だった。そっと李が廊下の角から奥を窺がうと、今しも開いたドアの中へ入ってゆく夏美の後姿がちらっとだけ見えた。すっかりドアが閉まってしまうのを確認してから音を立てないように近づいて行き、そこがそのフロアの男子トイレであることを知って、思わず、傍の給湯室に身を隠した李だった。
 暫く音がせずに静寂の中に李は潜んでいた。が、再びギィーっという音がしたのを聞いて思わず李は身を縮ませる。足音は確かに夏美のものだった。そっと首を擡げて窺がってみると、足早に通り過ぎる夏美の横顔がちらっとだけ見えた。その表情は泣き顔のように李には見て取れたのだった。

35夜の男子トイレ

 李は意を決して、今しがた、夏美が入っていった男子トイレに入ってみることにした。この建屋には最上階で待っている影山の他には誰も居ない筈だった。
 さっきと同じギィーっという音がして少しだけ開いた隙間から李は身を滑らせて薄暗い中へ入った。そこは李が辱めを受けた4階のトイレと同じ構造の造りになっていた。女の李には見るのも恥ずかしい男性用便器が三つ並んでいて、反対側には個室が二つと掃除用具室らしい扉がひとつあるきりで、あとはがらんとして何もない。李は個室の扉を開けてみた。一つ目には何も変なものは無かったのだが、二つ目の扉を開けると、洋式の便器の上に小さな茶色の紙袋が乗っけられていた。封はしてなかったので、取り上げてそっと中を覗いてみる。暗い中で何か白いものが覗いていた。取り出してみて、李はそれが今しがた脱いだばかりであることを示しているかのような温もりを持った女性用のショーツであることを知ったのだった。

 「写真を見て、言う事を聞く気になったようだな。命令に服従することを示して貰う。昼休みが終ったら、一人で工場奥の坂下にある建屋に行くんだ。二つある奥のほうの建屋だ。そこは殆どひと気が無いところだ。一階に男子トイレがあるので、そこへ入れ。奥の個室に紙袋が置いてあるから、穿いてきたパンツを脱いでその中へ置いてゆくんだ。置いたら走って帰ってもう二度と戻ってくるな。言うとおりにしなければ・・・。」
 影山に見せられた手紙のコピーを読んでいて、途中から震えてきてしまった。斉藤夏美は脅迫されていたのだ。それもおそらくは自分が撮ったデジカメの写真のせいなのだろう。 毛を剃り落とされた下半身の露わな写真をばら撒くぞと脅され、下着を脱いで置いてくるということを強要されたのだった。

 「何ていう事を・・・。」
 李は愛くるしい、いたいけな笑みを浮かべた夏美の顔を思い出して、胸が塞がれる思いだった。その夏美が理不尽な命令に従わざるを得ない状況にした張本人が自分なのだと思うと、居ても立ってもいられない気持ちだった。


 「斉藤すあん・・・。」
 李は出来るだけさり気なく声を掛けたつもりだった。が、顔を上げた秘書夏美の驚きようと狼狽ぶりは李のほうをこそ驚かせた。影山にきつく言われて、極力足音を立てないように近づいていって、急に声を掛けろというのを忠実に守ったせいもあったのだろう。
 しかし、声の主が李と気づいて、斉藤は必死に平静さを取り戻そうとしているようだった。
 「び、吃驚しちゃった。李さんだったのね。いつの間に来ていたの。」
 「ごめなさい。おどかすつもりじゃなかたのです。ちょっと様子を見によてみました。」
 「あっ、そうなの。もう帰ったのかと思っていたわ。確かさっきそう・・・。」
 夏美の様子は何かを気取られまいと必至な風にも見えた。
 「あの、わたし・・・・。忘れ物しちゃたのてす。それで戻って、廊下でこんな物見つけて、もしかして、夏美さんが落としたんじゃないかと思もて・・・。」
 そう言って背中に隠し持っていたものを夏美の目の前に出す。それを見た途端、夏美の顔色から血の気が引くのがはっきり李にも感じられた。
 「そ、それ・・・。」
 蒼ざめた顔で李のほうに伸ばした指先は、ぶるぶる震えていた。それは確かに夏美が命じられて男子トイレの個室に自分の下穿きと共に置いてきた筈の茶色の袋だったからだ。
 「他に誰も居なかったみたいだたし、夏美さんが落としたのかなと思もて・・・。」
 「わ、わたし・・・。あ、あの・・・。」
 李がふと気づくと、夏美の額にはうっすらと脂汗さえ滲んでいた。
 「貴方、中、見たの・・・?」
 李は影山に教えられた通り、極力、表情を顔に出さないようにしながら夏美の目だけ見詰めるようにした。
 「何か、ちょっと汚れているみたいてしたけと・・・。」
 夏美はその言葉に、泣き出しそうになる。
 「わ、わたしのじゃないと思う。そ、そんな袋、知らないから。」
 その素振りはあたかも、悪い事をした子供が自分はしてませんと嘘を吐いている時の様に李には見えた。
 「そてすか。」
 そう言うと、李は夏美の手から袋を取り返そうとする。夏美はそうはさせまいとその手を除けかけたが、自分のものではないと言った手前、李に戻さざるを得なかった。
 「ほら、これなんてす。」
 袋を取り戻した李が何気なく、袋の中に手を突っ込み、中の物を引っ張りだす。
 「あ、止めてっ。そんなこと・・・。」
 思わず声を挙げてしまった夏美は、李が手にしているものに気づいて、両手を口に当ててしまう。一瞬ショーツに見えたものは、よく見ると、ハンカチだった。確かに李が言うように、土の上にでも落としたのか、少し泥で汚れていた。
 「い、いったい、誰が落としたんでしょう。でも、誰か他の人ね。私じゃないのだもの。」
 夏美は自分が思っていたものではない物が出てきたことで、ほっと安堵の吐息をついて、何とか狼狽を取り繕おうとしている様子だった。
 「どうかしましたか。夏美さん・・・。今日の夏美さん、すこし変てすよ。」
 「そ、そんな事ないわ。気のせいよ・・・。あっ・・・。い、いえ、何でもないの。」
 再び夏美が素っ頓狂な声を挙げたのは、李が突然、両手を挙げて、結わえた髪を直そうとしたからだ。ノースリーブのブラウスのままで来ていた李の腋の下が夏美の目に入ったからだ。李は夏美が処理していない腋の毛に気づいたことをしっかり観ていた。
 これまでの夏美だったら、日本に慣れていない李に、優しく諭した筈だった。
 (いいこと。日本ではここの毛はちゃんと処理しておくのがエチケットよ。)
 その言葉を呑み込ませたのは、自分の下半身の陰毛が剃り落とされていることの引け目に違いなかった。しかもノーパンにさせられて、スカートで見えないとはいうものの、痛いほどにそれを感じていたせいなのだ。
 「夏美さん、何か・・・。どうかしたてすか。」
 李は何も気づかなかった振りをして、夏美のうろたえ振りを詰るよう言うのだった。
 「わたし、あの、今日、ちょっと変、みたい。」
 「そうてす。夏美さん、何か元気、ないみたいてす。何かあったのてすか?」
 李の言葉に一瞬、凍りついたように言葉を無くして、宙を見上げる夏美は、心なしか目尻が少し潤んでいるようだった。
 「李・・・さん。あの・・・、い、いえ。何でもないの。何でもないのよ。」
 何か口から出そうだったのを必死で食い止めたかのようだった。
 「じゃ、また今度。また寄っても、いいてすか?」
 「あ、ああ。是非、そうして・・・。それじゃあ、また。」
 淋しげな微笑で李を送り出した夏美はすぐに顔を俯かせてしまったようだった。肩を落としてうな垂れた様子の夏美を振り返り確認しながら秘書室を後にした夏美だった。


 「そろそろあそこの毛が生え始めている筈だ。毎日、きっちりつるつるに剃り直しておくんだぞ。命令に背けば、きつい罰を与える。」
 そんな非情な手紙が届いたのは、誰も居ない社屋の隅の男子トイレでパンティを脱いで置いてくるように命じられた一週間後の事だった。会社から自分のアパートに戻った夏美は、今しも、ショーツを膝まで降ろし、スカートを前から捲り上げて、自分のその部分を確かめたばかりだった。そうしてもう一度手紙を読み返し、ため息を吐くのだった。

 最初にその部分の毛を失ったのを知ったのはもう2週間前のことになる。異様に眠い日で、事業部長である上司の専務が午後から出掛けてしまって暇だったせいで、つい、うとうとしてしまったのだと思っていた。気づいた時にはすっかり机に突っ伏して寝込んでいる自分に驚いてしまった。幸い、辺りには誰も居なかったので就業中の居眠りを見咎められた訳ではなさそうで、ちょっと安心したのだった。すぐに定時時刻になり、専務も戻らないことが判っていたので、さっと戸締りをして会社を出たのだった。

 夏美はこの一年、実家を出てアパートを借りて一人暮らしを始めていた。きっかけはずっと一緒に秘書の仕事をしてきた先輩の西田香澄が、社内恋愛のゴールとして目出度く寿退社をしたことだった。リストラで役員の数は減る一方だったので、秘書の補充はなく、とうとう秘書室には夏美一人きりになってしまったのだった。勿論、忙しい折には総務から女性事務員が手伝いに来てくれることになっていたが、忙しい来客の多い接待なども随分と減ってしまっていた。一人で留守番していることが多くなったので、仕事は楽にはなったが、何よりも話し相手が居ないことで、淋しかった。

 自分も早く相手を見つけて、先輩の香澄のように寿退社をするんだと誓った夏美だったが、なかなか相手は見つからない。親に頼って実家から通っているのも独立心が芽生えずいけない理由の一つだと思い、親元を離れて一人暮らしを始めることにしたのだった。

 しかし、退社後、出歩く自由には事欠かなくなったものの、自分を誘ってくれる仲間はあまり居なかった。根っからの引っ込み思案の性格のせいと相まって、普段一人の職場なので、男友達も出来にくいのだった。それでも香澄が寿退社してしまう前には何かと男性のやってくる集まりにも香澄に誘われて出掛けることはままあった。しかし、香澄の退社後はそれもぴったり無くなってしまったのだった。

 何時ものように誰からも誘われることなく、時間を持て余し、早めに風呂に入ってゆったりしようと思っていたのだ。ブラジャーを外し、ショーツを下ろした瞬間、何となく目の前の鏡に映る姿に違和感があった。そして次の瞬間、違和感の原因となっているものに気づいて、思わず顔に手を当ててしまった。見えているものが信じられず、思わず手を当ててしまった。そこは思ったほどつるりとはしていなくて、剃り跡がざらっとしていた。しかし間違いなくあった筈の陰毛が見事に無くなっていたのだった。
 夏美は腋の処理は数日に一度ぐらいの頻度で、風呂を使う際に行っていた。下の処理はプールに出掛けるなどのことがない限り、やっていない。ここ数年は水着になることもなく、隅のほうですら剃刀を当てたことはない筈だった。
 (嫌だわ、昨日酔ってたのかしら・・・。)

36無毛気付き

 一人暮らしをするようになってから、帰って一人の時に酒を嗜むことが多くなった。それほど強いほうではないので、量はそんなに多くはない。ただ、何時の間にか酔いが進んでしまうことはたまにあった。大事な接待などで緊張した後は、疲れを癒すのについ酒が進んでしまうのだった。

 (自分で剃り上げてしまったのを忘れてしまうなんて、お酒もほどほどにしなくちゃ)と、その時はそんな風に思って忘れてしまっていたのだった。

 その翌日に最初の手紙が来たのだった。会社内で連絡用に使われている極々普通の使用済み封筒に回付用の付箋を貼り付けたものだった。秘書斉藤殿親展と宛先が書かれてあった。専務などの役員向けの書類には極秘内容のものがあって、秘書宛てでも親展で秘書以外は開封しないように注意書きのあるものは極普通にあったので、何気なく開いたのだった。しかし、中から出てきたデジカメ画像をプリントアウトしたらしいコピーは、夏美を凍りつかせた。それは首のない、というより、意図的に画像を首までの部分にトリミングした女性の裸に近い姿だった。裸に近いというのは女性は衣服を着用はしていたのだが、スカートは高々と捲り上げられていて、ショーツは膝のところまで下ろされていたからだ。何よりも重要なことは、その剥き出しの股間には有るべきヘアがなく、陰唇が真一文字にくっきりと縦の割れ目を丸出しにさせていることだった。その見覚えある身体つきだけでなく、上半身に纏っている秘書専用の特有の着衣も間違いなく自分であることを示していたのだ。それで、酔った勢いで自分が処理をした訳ではなく、誰かに会社の中で剃り落とされてしまったことを初めて知ったのだった。しかも、その姿を写真にまで撮られてしまっていたのだ。

 どうしていいか判らず、とにかくすぐさまその写真を封筒の中に戻すと、鍵の掛かる抽斗の奥へしまって取りあえず鍵を掛けた。その日はもう一日中、その事が気に掛かって仕事もまともに手につかなかった。幸い、その日も事業部長は出張していて不在だったので、大した仕事はなかったのだが、仕事が無い分、却ってその事ばかり考えてしまうのだった。 総務課長など何人かの男性社員が秘書室へ用があってやってきていたが、誰を観ても、その男が実は自分の秘密を知っていて、服を透して自分の恥かしい部分を想像しているように思われて仕方なかったのだった。

01李錦華

  次へ   先頭へ




ページのトップへ戻る