妄想小説
謎の中国女 李
十八
李が夏美の懇願で立ち去る際に、最後に振り向いて唇を動かしたのを夏美は見逃していなかった。それは確かに(五時半に)と呟いていた。
定時の鐘がなるや、夏美はパソコンをシャットダウンさせると、抽斗から一日穿くことを許されなかったショーツを取り出し、女子トイレへと急いだ。その日、初めて入るトイレなのだった。個室に入って何度も扉のロックが掛かっているのを確かめてからスカートを捲り上げ、紙オムツの両サイドのテープを丁寧に剥す。腰から紙オムツを外すと心無しずっしり重いような気がする。それを丁寧に持ってきたビニール袋に丸めていれるときっちり口を縛って、臭いが漏れないようにする。そして自分のショーツに穿き替えるのだった。スカートの裾を下ろして漸く一息吐く。
いつものように、工場の隅にある産業廃棄物の大きなゴミ箱に紙袋で2重に包んだ汚物を、誰も見ていないのを何度も確認してから放り込むと、時間を潰す為に、会社構内にある売店へ向かうのだった。
夏美が李が居る工場奥のひっそりした建屋へ再び戻ってきたのは、5時半まであと5分という頃だった。夏美は気が急いていて、5時半になるのを待ちきれなかったのだ。いつものように怪しまれないようにゆっくりと建屋近くまでは歩いてゆき、ひと気が無いのを確認すると、早足になって、建物に滑り込むのだった。既に日は暮れて辺りは暗くなり始めていた。誰も居ない筈とは思いながらも、足音を立てないようにして2階のいつもの秘密の場所へ急いだのだった。
その事務所跡は、ひと気がなくがらんとしていた。李はまだ来ていないようだった。早く来過ぎたと実感のある夏美は、李を中でひとりで待つつもりだった。アイマスクで目隠しをして李を待つのが二人の間の暗黙のお約束になっていた。そのアイマスクはその日に限っていつも置いてあるコーヒーテーブルの上には無かった。次第に薄暗くなってゆく部屋の中で辺りを見回した夏美は部屋の隅に古いロッカーがひとつだけ置いてあるのを見つける。更衣室に並んでいるようなものがひとつだけ置き去りにされているようだった。近づいていって、音を立てないようにそおっと開いてみる。微かに軋んだ音がしただけでロッカーが開く。ハンガーには何も掛かっていないが、下を見るとダンボールがあって、ぼろ布が掛けてある。その布を剥がしてみると、中に見覚えのあるロープの束が見つかった。更に、その下には何時ものアイマスクも出てきた。更に探ると、布に包まれた塊がある。そっと取り出して、ゆっくり布を剥がしてゆく。中から出てきたのは奇妙な形をした黒い塊だった。表面は弾力性のあるシリコンゴムで覆われている。その卑猥な形は何を意味しているか、夏美はすぐに理解したが、双頭のディルドウという名前までは知らない。何度も使っているが、目にするのは初めてだった。
(これで繋がっていたのね。)
夏美はちょっと顔を赤らめてしまう。ディルドウと縄を手に、夏美はロッカーを離れ、いつも使っている革張りの長椅子のほうへゆっくりと歩み寄る。何故か李がやってくる気配がなさそうだ。アイマスクが用意されていなかったのもそれを物語っているような気がした。しかし夏美にはもう我慢が出来なかった。ディルドウの片方の棹をしっかり握り締めると、もう片方の棹の先をスカートの上から股間に押し当てる。身体が中側から反応して疼いてくるようだった。スカートの上からだけでは最早物足りなくてならなかった。ディルドウを握ったまま、もう片方の手でスカートの中に手を突っ込むと、ショーツを引き下ろす。膝まで下ろすと後は脚だけで抜き取る。両手はスカートの裾を持ち上げるのとディルドウを握るので塞がっていたからだ。最初に生の股間に当てた時には、ぐんにゃりとした感触がしたが、割れ目にすっぽりと滑り込んでいったのは、既に濡れていたからだと知って夏美も驚いた。ディルドウは上向きに大きく反りあがったペニスの部分とその下に二つの丸みを持った陰嚢を模した部分とで出来ていて、それが2セット大きく開いたVの字の形で繋がっているのだった。夏美はディルドウを縄で腰に巻きつけてみたくなった。床に転がっていたロープの束を取り上げると長椅子まで持ってきて、邪魔なスカートも腰から抜き取る。改めて双頭の片側を自分の股間に埋め込むと、二つの頭が繋がっている部分にロープを絡め、腰にも何重かに巻きつけて固定する。夏美が腰を振ると、重みを持ったもうひとつの棹がぶらぶら横に振れ、その反動で、膣に埋め込まれたほうの棹が夏美の中で暴れるのだった。
「ああ、たまらない・・・。」
立っていることも辛くなって、夏美は反対側のペニスの幹を両手で握った格好で長椅子の上に倒れこむ。今度は手を使って自分の股間を抉るようにディルドウをグラインドさせるのだった。
その時、ガタッという物音が、部屋の扉の外で突然したのだった。
(李ちゃんかしら・・・。)
一瞬、そう思った夏美だったが、何となく不安を覚えて身動きを止める。
「誰か居るのか。」
はっきりとした男の声で、夏美は身体を凍りつかせた。懐中電灯らしい光がサーチライトのように部屋のあちこちを走った。夏美が居る長椅子は背を入り口のほうへ向けて反対側に壁際に寄せてあったので、慌てて身を縮込める。
(どうしよう・・・。)
夏美はじっと身を潜めて気づかれないことを祈るしかなかった。
ギィーッという鈍い音がして、扉が開かれたのが分かる。足音がゆっくり部屋の中央部へ近づいていることを示していた。懐中電灯の光がまた部屋の中を動いた。そして男の足音は部屋の中央部分で一旦止まるのが分かった。夏美は音を立てないように指で服を探った。手のひらにスカートの裏生地が絡まり、思わずそれを引き寄せる。しかしそれを纏うことは出来ない。少しでも動けば長椅子に隠れているのが見つかってしまう筈だった。
その時、夏美はショーツが近くにないのに気づいた。
(どこで脱いだのだったろうか。)
思い出そうとするが、頭の中が真っ白になって回転してくれない。
その時、再び足音がして、男が扉のほうへ向かっていく気配が感じられた。
(このまま、気づかずに去ってくれますように・・・。)
身を縮ぢこませたまま、夏美は神に祈った。やがて、バタンと音がして扉がしまるのが感じられた。
それから暫くは夏美は動けずに居た。一時間にも感じられたが、実際には10分程度だったかもしれない。しかし、男は完全に立ち去っていたようだった。ゆっくりと長椅子から起き上がると、腰の縄を解いて、ディルドウを抜き取る。股間は既に乾いてしまって抜き取るのにヒリッと痛みが走った。摺り足で這うようにして部屋の入り口に向かい、光も音も完全に無くなっているのを何度も確認してから立ち上がる。手に持っていたスカートを取り合えず穿いてしまってから、ショーツを探すことにした。しかし、何処を見てもショーツは落ちていなかった。部屋の隅のロッカーと、中央のコーヒーテーブル。そして壁際の長椅子、これら3点を結ぶ線上のどこかで脱ぎ取ったのは間違いないのに、何処にも落ちていないのだ。男に拾われてしまったのだとは考えたくなかった。しかし、それしかあり得ないのは冷静に考えれば否定出来ないことだった。その時、階段を小走りに上がってくる物音を耳にした。階段の非常灯の明かりの中に李の横顔がちらっと見えた。思わず声を掛けようとして、寸でのところで思い留まった。他に誰か居るかもしれないと考えたのだ。
李は夏美の居る部屋のほうへは見向きもせずに更に階上のほうへ駆け上がっていったようだった。
夏美が部屋を出て階段の下まで出てみると、上のほうの階にはまだ明かりが点いているようだった。夏美は音を立てないように気をつけながら上のほうへ昇ってみることにした。
明かりが洩れているのは、やはり李と李の上司である影山が居る筈の事務室からだった。その出入り口の扉が薄っすらと開いていた。中に居るのは二人だけのようだった。
「ちょっと、李さん。こっちへ。」
「な、何てそうか。」
ちょうど李が呼ばれ、影山の机の前へ向かうところだった。夏美は気づかれないように薄く開かれた扉の陰から中の様子を窺ってみた。
「ちょっとつかぬことを訊くが、君。今、下着が着けているかな。」
「な、何てすか。だしぬけにっ・・・。」
影山は目の前に立つ李の身体を頭の上から、足の先まで不躾に眺め回している。心無しか、その視線は腰からスカートの辺りに集中しているようにも見える。
「し、下着って・・・。」
「うん・・・。つまりその、スカートの下のだ。ショーツっていうのか、パンティっていうのか。」
「え、何てそなこと言うのてすか。もちろん、穿いてるに決まてますてす。」
「本当かあ。いや、実はな。落し物の拾得物があって。女性用のその下着なんだが。つまり下穿きってやつだ。」
「だからって、いきなり・・・。」
「この建屋には、最近は君ぐらいしか、女性は出入りしてないからな。」
「どこに落ちてたって、言うんです。この建屋なのてすか。」
そこまで聞いてしまって、夏美は冷や水を背中に浴びせ掛けられたような衝撃を受けた。
「わたしじゃありません。私、ちゃんと下着、つけてます。」
「本当かあ・・・。」
夏美には影山が嫌らしそうな目つきで、李の腰元を舐めるように見つめている姿が目に浮かぶようだった。
「本当のことを言えば、返してやらんでもないんだぞ。」
「ほ、本当てす。わたし、パンツ、ちゃんと穿いてます。」
「実はな、その下着はちょっと汚れていてな。その、なんて言うか、女性特有の分泌物が染みになって付いているんだ。だから、もし犯罪か何かに関係していて、捜査の証拠物として押収されたりしたら、DNA鑑定でも受けたら誰のものか、分かってしまうんだぞ。後になって、実はなんてこと言っても・・・。」
「でも、わたしじゃ、ありません。ほんとてす。」
「そんなに言うなら、わかった。この拾得物は厳重に私が保管しておく。いいんだな。」
「影山さん。まだ私の事うたがてますね。私がパンティ穿いてないとおもて、私のことみてますね。」
「・・・。」
「わかりました。これでとうですか。」
夏美は身を乗り出して、扉の隙間に目をやる。後ろ姿ではあったが、間違いなく李は影山に向かって、スカートの前を持ち上げて、その下を露わにしている様子だった。
「ほう・・・。そうか。ノーパンだと思われたのがそんなに悔しかったか。・・・。まあ、替えを穿いたってこともあるかもしれんが。ま、信じておこう。」
「そ、そんな。あんまりです。失礼します。」
そう言うと、李がくるりと踵を返し、夏美の居る出入り口のほうへ向かってくるのが見えたので、慌てて夏美は傍の会議室らしき場所へ身を隠す。そのすぐ傍を李が走り抜けて階段を音を立てて下りてのが気配で感じられた。李が立ち去った後、夏美はもう一度、薄く開いた隙間から影山のほうを窺ってみた。
影山は李が居なくなってから取り出したらしい、下着を今しも目の前に翳して吟味しているところだった。遠目にも間違いなく、持ち去られた夏美のものに違いなかった。影山はショーツを裏返して、股布の内側部分を出して、見つめていたが、やおら鼻を近づけて匂いを嗅ぎだした。夏美は自分の身体が蹂躙されているように感じて、憤りを抑えきれなくなる。しかし、今出てゆく訳にはいかなかった。影山は夏美が覗き込んでいる間、たっぷりその獲物の匂いを頭に刻み込むようにしたあと、大事そうに机の抽斗にしまいこみ、ポケットから出した鍵でしっかり施錠したのだった。影山が立ち上がる気配を見せたので、夏美は慌てて、忍び足で事務所から離れて階段を下りていったのだった。
次へ 先頭へ