妄想小説
謎の中国女 李
十二
夏美が戻った時にはもう李の姿はなかった。何よりも心配だった机の隅に手を伸ばす。何も変わった様子は無さそうだった。が、念の為広げてみた時にクロッチの内側が外を向いているのに気づいた。脱いでおくことを命じられた際に、慌てていて、裏表をひっくり返して丸めてしまったのか、自信がなかった。まさか李がいじったとは思いたくはなかった。(そんな筈ないわよね。)そう心に言い聞かせる夏美だった。
置き去りにした自分のショーツばかりが気になっていて、李が残した伝言メッセージに気づいたのは暫くしてからだった。
「上司に呼ばれてしまったので、行きます。また来ます。」たどたどしいかな釘流の漢字とひらがなでそう書かれてあった。
夏美は手首の腕時計をちらっと見る。定時の5時迄、あと15分を示していた。
(もうそろそろいいのでは・・・。)
誰かが来る前に早く、下穿きを身に着けてしまいたかった。下着を付けることを許して貰うまで待っているつもりはなかった。辺りにひと気が無いことを再度確認すると、夏美は机の脇にそっと目立たぬように丸めておいた自分のショーツに手を伸ばした。さっとそれを掴むと掌の中に隠すようにして、立ち上がった。秘書室を出てエレベータホールを突っ切るとすぐに女子トイレに滑り込める。さすがに秘書室でショーツを穿くのは、何時誰がやってきて目撃されてしまうか知れなかった。
いつもより自然と早足になってしまう。エレベータホールを通り過ぎようとしていた将にその時、エレベータの到着を告げるチャイムが鳴った。
その音に反応して振り向いた夏美は、音も無く開いたエレベータの扉の向こうから現れた上司である専務の岸川と目が合ってしまった。
「おう、斉藤君。丁度よかった。まだ帰るまでちょっといいよな。一緒に来てくれんか。」
夏美は咄嗟にどう返事をしていいか迷った。下手な言い訳をすれば何が露呈してしまうか判らない。
「あ、あの・・・、あ、はあ。いいですが。」
つい言ってしまってから後悔した。ちょっと恥かしいが、トイレに行かせて欲しいと頼めば済むことだった。本当の事を言えない立場がその言葉を呑みこませてしまったのだ。
「ちょっと一緒について来てくれないか。」
そう言われ、専務が今しがた載って上がってきたエレベータの庫内に引き入れられてしまったのだ。専務が夏美を従えて歩いてゆく場所は、夏美を不安にさせていた。それは、忌まわしい思い出しかない、李たちが居る筈のあの建屋の方向だったからだ。
(まさか、あそこじゃないわよね。)
しかし夏美のその不安は的中する。
「こっちの建屋なんだけどね。さすがに君は来たことはないだろう。」
「は、ええ、まあ。」
夏美はそうとも、そうでないとも取れるような曖昧な返事をする。背中に廻した後ろ手の掌の中で、ショーツを改めて小さく丸め込むようにしながらぎゅっと握り締める。
建屋に入ると、玄関ホールを抜けてすぐに上へあがる階段がある。その先に廊下があって一番奥は書庫になっていると李が言っていたのを聞いた覚えがあった。夏美が何度か行くことを命じられた男子トイレはその廊下の途中なのだ。夏美はわざとそちらの方を見ないようにして、専務に続いて階段を昇ってゆく。この建屋は4階建で中途半端な高さのせいもあってエレベータは付いていなかった。影山たちの居る事務所は最上階の4階だと聞いていた。
夏美が専務と一緒に建屋に向っている途中で定時を告げる鐘が鳴ってしまっていた。そのせいか、事務所の中にはもう影山と李の姿しかなかった。先に立って事務所の出入り口の扉を開けた専務を認めた影山がすくっと立って近寄ってきた。
「ああ、岸川専務。電話を下されば、迎えに参りましたのに。」
「いや、いいんだ。斉藤君が居るうちに戻れないと思っていたんだが、ぎりぎり間に合ったんでね。そのまま来てしまったんだよ。」
「そうですか。早いほうがいいですものね。こっちもちょうど李君がまだ居残っていてちょうど良かった。じゃ早速、書庫へ御案内しましょう。折角、上まで昇ってきて貰ったのに、書庫は一階なんですよ。」
影山は申し訳なさそうに、専務に頭を下げ、その向うに従って付いて来ている夏美にも会釈をする。影山の後ろで、そっと近づいてきた李も夏美に目配せしていた。
階段を四人で降りてゆきながら、影山と上司の専務が話しているのを後ろで聞いていて、この建屋の書庫にある書類を秘書の自分と影山の部下の李とで一緒に探し出して、整理をさせるということらしかった。
廊下の奥にあった書庫と呼ばれる部屋は薄暗く、ほんのり黴臭かった。滅多に人は出入りしない部屋らしかった。部屋には床から天井まで届くような頑丈そうな鋼鉄製の書棚が幾つも並んで設置されていた。夏美は、まさかそこが李が以前こっそり忍び込んで、影山に見つかって抑えられた場所であるなどとは思いもしない。
「えっと、確かここだな。ああ、李ちゃん。あそこから踏み台にする脚立、持ってきて。」
李が言われて持ってきたのは、以前に事業部長室へ持ち込んだのよりは一回り小振りの脚立だった。李も夏美も同じくらいの背丈だが、あまり高いほうではなかった。
「この一番上の段だと思うんだけど、ちょっと見てみて。」
影山に促されて、李が脚立へ上がる。スカート丈が短いので、夏美もちょっとどきどきしてしまう。低めの脚立では最上段の書類は脚立の上で爪先立ちで背伸びをして手を伸ばさなければ届かない。それもかろうじてやっと手が届くという位だ。李が両手を挙げて背伸びをすると、必然的にスカートの裾はずり上がる。今にも下着が覗いてしまいそうだった。
「斉藤さん、李ちゃんから書類を受け取ってやってくれる?」
影山からそう言われて、夏美はハッとしてしまった。掌にはまだショーツを握っていたのだ。受け取ろうとすると手を開かざるを得ない。さっと周囲に目配せをするが、他の三人に気づかれないようにショーツを隠す場所は見当たらなかった。まごまごしている訳にはゆかず、夏美は李に気づかれないように、ショーツを握ったほうは極力手を広げないようにしながら、両手で脚立の上の李から書類のファイルを受け取る為に手を伸ばす。
脚立の段の上からなので、李はちょっとふらついていた。手渡す際にファイルが横にぶれ、夏美が慌てて落とさないように手を合わせる。その時、李の目が自分の右手の奥を射すようにきらっと光った気が夏美にはした。
「ああ、夏ちゃん。それをこっちに持ってきてくれないか。」
専務の岸川に言われて、李から受け取ったファイルを手に岸川と影山のほうへ向う。
「はい、これですね。」
「ああ、ありがとう。えっと、ふむふむ、ああ、これだな。」
「ああ、そうですね。まだ幾つかある筈ですけれど。」
専務と影山が書類を吟味している間に、夏美は手の中のショーツをそおっとベストの下に滑り込ませる。そしてベストで蔽われて見えない脇腹のところで、ショーツを制服のスカートのウェスト部に挟みこませる。
「あ、そうだ。李ちゃん。ちょっとこっちへ来て。夏ちゃんと代わって貰える。斉藤さん、貴方にも場所を覚えておいて貰ったほうがいいから。」
李が脚立から危なっかしげにそろそろ降りてきたので、仕方なく、夏美が代わりに脚立へ昇ることになる。夏美のスカートは、李のほどは短くはない。ぎりぎり膝よりは上ぐらいだ。しかし、それでもスカートの下には何も穿いていないまま脚立に上がるのは心許なかった。
「えっと、一番上の段の、もう少し左。そう1980年代って書かれている文字が見える。その古いファイル。」
その場所は先ほど李が取り出したファイルの場所から少し離れている。只でさえ最上段は爪先立ちになって両手を挙げて手を伸ばさなければならないのに、更に遠いのだった。しかし、脚立を据え直すほどではという中途半端な位置だった。夏美は両手を挙げるとベストの裾が持ち上がってしまうのを男達に見られないように背を向けるようにしてカバーしようとしていたが、その真下に李が回りこんで来てしまっていた。
「ああ、夏美さん。それだと思います。」
李が下から声を掛けて教えてくれていた。それで安心して手を伸ばしていた夏美だったが、李の目はスカートに挟み込まれた布切れをしっかり確認していた。
「はい。李さん、これっ。」
片手で書棚の柱に掴まりながら、もう片方の手でファイルを掴んで目の下の李のほうへ差し出す。李がそれを受け取ろうと近寄って、何故かちょっとよろける。
「あっ・・・。」
李が何かに躓いたようになりながらも夏美の手から書類を取り上げたのまでは良かったが、そのまま書類が宙を舞って、夏美の脇腹を直撃したのだ。その途端に夏美の脇腹から何かがポトリと床に落ちたのだ。
「あ、こめなさい。」
さっと李がしゃがんでその物を拾い上げた。それが何か判っている夏美は血の気を引かせて蒼くなった。
「李ちゃん。それ、持ってきて。」
影山が声を掛けたので、一瞬、脚立の上の夏美を見上げた李だったが、すぐに踵を返すと影山のほうへ向っていってしまう。
李が拾ったものを影山に差し出しに行ったのだと思った夏美は、脚立の上で呆然と立ち竦んでしまう。
(ま、まさか・・・。そんな・・・。)
しかし、李が影山に手渡したのは、夏美が取り上げた書類ファイルのほうだった。
「ああ、これだ、これだ。・・・ふむふむ。大体、この辺にあることが判ったから、後の年代のは今度来た時に探して貰うんでいいだろう。李ちゃん。それと斉藤さん。どうもご苦労さん。ありがとう。じゃ、専務、取りあえず、この書類だけ持って参りましょう。」
影山はそう言うと、専務の岸川を案内して出口のほうへ向う。残されたほうは二人が出てゆくのをじっと見守っているのだった。
ガチャリと音がして影山と岸川が書庫から出ていったのを見届けると、夏美は書棚の柱を手摺り代わりにしっかり握りながら、ゆっくりと脚立を降りるのだった。
「あ、あの・・・。」
夏美は背を向けている李に小声で話しかけようとした。
振り向いた李の手には既にショーツが広げられていた。
「夏美さん・・・。今、穿いていないのてすか。」
「あ・・・。」
夏美は言葉を失っていた。どう言い訳をしていいか判らず、頭の中が真っ白になっていた。その夏美に李はゆっくりと近づいてきていた。
「何か訳があるのてすね、夏美さん。」
李は射るような鋭い視線で、夏美の目を見つめていた。見つめられた夏美は魔法が駆けられたかのように身動きが出来なくなってしまった。
片手にショーツを持ち換えた李のもう片方の手がすうっと、夏美のスカートに延びてきた。そして掌側を、スカートの上から夏美の大事な部分に押し当てる。
「うっ・・・。」
夏美の口から洩れたのは、ため息だけだった。
李の指がスカートの裾をゆっくりたくし上げる。ずるずると裾が上がってゆくのを夏美は身動きも出来ずに為されるがままになっていた。すっかり裾がたくし上げられると、李の指先が夏美の腿の間に滑り込んできた。
「あうっ・・・。」
再び夏美の口から呻き声のようなため息が洩れる。
李の指先は適確にその場所を探り当てていた。二本の指がすべすべした二つの丘を撫で上げてゆく。
「やぱり、そうなのてすね。」
「お、お願い。このことは二人だけの秘密にして。お願い。誰にも言わないでっ・・・。」
夏美は両手をだらりと横に垂らし、無抵抗のまま李の指の蹂躙に身を任せることで、秘密にすることを呑んでもらおうとするかのように、李のされるがままになっていた。
次へ 先頭へ