60抽斗の合鍵

妄想小説

謎の中国女 李



 二十一

 「夏美さん、あの時の合鍵はまだもてますか。」
 急に李に問いかけられて、夏美はそっと頷く。あの事件であまりに気が動転してなかなか冷静になれないので、何か悟られてはと、友達の洋子にも会いに行く自信が持てなかったのだ。
 「その鍵をしばらく私に貸しておいてくたさい。」
 李は不思議な笑みを浮かべながら夏美にそう言ったのだった。

 「影山さん、あの後、事務所の隅でこんなものをみつけたのてす。」
 李が他に誰も居ないのを見計らってこっそり影山に見せたのは、夏美から預かった合鍵だった。影山はすぐにそれが自分の机の抽斗の鍵だと気づいた。元の鍵は自分のポケットにしっかりと入っていることを確認したばかりだったからだ。
 「どこでこんなものを見つけたんだ?」
 「あの壁際の隅の床に落ちていたんです。」
 李は夏美に確認した、夏美と影山が揉みあった場所のほうを指し示した。
 「あの時だな・・・。落としていったのか。こんな合鍵、どうやったら手に入るんだ。」
 「夏美さんには、総務の洋子さんというお友達います。元々、秘書をやていた方てす。総務で洋子さんが会社内のすべての合鍵を管理してるて、聞いたことあります。」
 「なあるほど、そういう事か・・・。」
 影山の頭の中で、新しい姦計のアイデアがぐるぐる渦を巻き始める。それを目の前で李が表情から読み取っていた。

61詰問

 「夏美くん、わざわざこんな時間に来て貰って済まんな。ちょっと確認したいことがあってさ。」
 さり気ない表情で、目の前の夏美にそう切り出した影山だった。李の使いで、どうしても確認したいことがあるから、他の従業員が帰った5時半頃、来て欲しいと伝えられてやってきた夏美だった。
 「実は、ついこの間の夜、この事務所に泥棒が入ったんだ。」
 その言葉に夏美は凍りつく。
 「俺の机の抽斗から、在る物を持ち去ったんだ。物音に気づいてあと一歩で取り押さえられるところだったんだが・・・。」
 夏美はじっと影山の表情を探る。
 「電源が切られていて、顔は確認出来なかったんだが、実は犯人が落としていったものを手に入れてね。これだよ。」
 そう言って、影山は夏美に合鍵を翳してみせる。
 夏美は影山が何処まで知っているのか判らないので、どうやって惚けようかと表情に出さないようにしながら思案していた。
 「こんな合鍵、そうそう手に入らないよな。合鍵は総務が管理していて、貸し出す際には記録簿に記録するから、調べれば判るだろうと思ってね。」
 夏美は、自分に仕掛けられた網が次第に引き絞られていくような錯覚に囚われていた。
 「き、記録簿を調べたんですか。」
 「そう。しかし、ここ最近、この鍵を借り出した記録はなかった。」
 夏美はごくっと唾を呑み込む。
 「となると、合鍵を管理してる者にこっそり頼み込んで記録を付けずに内密で借り出したとしか考えられないだろ。」
 夏美は最早逃れられないことを悟った。自分を呼び出したからには、洋子から聞き出したとしか考えられない。借りる際には事業部長が鍵を無くしたのでと嘘を吐いている。事が発覚すれば、洋子は勿論のこと、事業部長にまで迷惑が及ぶ。
 「盗みに入ったのは、お前だな、斉藤夏美。」
 夏美はがっくりうな垂れて、かぶりを振るしかなかった。
 「このことは内密にして貰えませんか。事業部長にまで迷惑が掛かってしまいます。」
 夏美が事業部長のことを引き合いに出したので、思わず影山はにやりとする。
 「人に何かお願いをする時は、普通、何か条件を出すものだろ。」
 「わ、わたしにどうしろと・・・。」
 「俺の口から言わす気か。」
 「・・・。」
 夏美は唇を噛み締め、まなじりを薄っすら潤ませる。
 「判りました。私の身体を自由にしてください。何をされても構いません。貴方に服従します。ですから、あのことは無かったことにしてください。」
 打ちひしがれながらも、きっぱりと夏美はそう言いきった。
 「ここじゃあ何だから、二階の事務所跡へ行って続きを話そうか。誰にも知られない話をしたいんだろうからな。」
 言いながらも、薄ら笑いを浮かべた影山の口元は捩れて歪んでいた。
 「あの場所だけは、どうしても勘弁してください。どうしても忘れたい忌まわしい思い出があるのです。・・・・。あ、あの・・・、事業部長の部屋では駄目でしょうか。今日は事業部長は出掛けていて戻りませんし、あそこは私以外には勝手に入れない場所です。」
 影山は突然の夏美の提案に、眉を顰めた。が、事業部長の机の上でその秘書を俯かせて後ろからヒイヒイ言わせている図を頭に思い描くと、どうしても事業部長室で夏美を責めたてたくて堪らなくなってしまった。
 「ようし、一緒に入るのは誰かにみられると不味いので、先に行って待っていろ。15分後に後から行くからな。」
 首をうな垂れてすごすご帰ってゆく夏美を見送った影山は、相好を崩しながら、抽斗の奥から李を責めるのに使っていた縄やバイブなどを取り出してほくそ笑むのだった。

01李錦華

  次へ   先頭へ




ページのトップへ戻る