妄想小説
訪問者
第十九章 朱美の企み
京子は次の日、ちょっと荒業を使い過ぎたかと浪人生の草野のことが心配になって何度も家庭教師をしに通ったマンションへ寄ってみることにした。
ピンポーン。
暫く待ったが返事はない。
ピンポーン。
やはり応答はなかった。
ドアは施錠されていると思ったが、試しに回してみると難なく開いてしまう。薄めにドアを開いて中の様子を窺う。部屋の奥が見えたのだが、そこにあった筈の机も椅子も無くなっていた。今度はドアを大きく開け放ってみると、中はもぬけの殻だった。
後ろに足音が聞こえて振り返ってみると、掃除用の箒を手にした管理人らしかった。
「あの、ここに居た筈の草野さんは・・・?」
「ああ、あの学生さんね。今朝早くに引っ越していったよ。田舎に帰るとか言ってたな。」
「田舎?」
「なんでも受験の為にこっちに来てたんだけど、やめて実家の仕事を継ぐみたいな事を言ってたな。なんか相当気落ちしてたみたいだから、試験でよっぽど結果が悪かったんじゃないかな。」
「そう・・・ですか。」
「あ、アンタは?」
「あ、一時家庭教師で、勉強の面倒を見てたんです。暫く来てなかったんで、その後どうかなって思って・・・。」
京子は思わず嘘を吐いた。マンションに入る際に管理人に姿を見られた記憶はなかったからだ。
(薬が効き過ぎたのかもしれない)
マンションから戻りながら京子は、ちょっと可哀想なことをしたかなとも思い始めていた。
「あら、アンタ。あの時の人じゃない?」
突然声を掛けられて、京子は声のほうを振り向く。
「あの、どなた・・・でしたっけ。」
すぐには思い出せなかった。しかし、見た事のある顔だとは思った。
「アタシ、アンタのおかげでヒロシと別れることになっちゃったのよ。」
(ヒロシ・・・?)
その名前で、嫌な記憶が蘇る。そしてそこに立っている女の事も思い出した。
(たしか、朱美って呼ばれていた・・・)
「思い出したみたいね。あん時、アンタ、ヒロシとやったでしょ。アタシが問い詰めたらアイツ、目が泳いでいたんですぐに判ったわ。それで喧嘩になったって訳。」
「あの・・・、私、ヒロシって人と何もしていません。」
「何もしてなくて、解放されたっていうの?ありえないわ。ヒロシのああいう性格だもの。女とやれる機会をみすみす逃すなんて・・・。」
「・・・・。」
フェラチオをすることで赦して貰ったとは言えなかった。京子はやらされたのだ。それしか自由にして貰える方法がなかったからだ。
「そうだ。アタシ・・・。あん時の写メまだ持ってたんだ。えーと、あ、これこれ・・・。」
咄嗟に携帯を取り出して片手で画面を操作して、探し当てたようだった。
「ほらっ。ねっ・・・。」
「そ、その写真は・・・。」
思わず朱美の携帯に手を伸ばそうとして京子は強い力でその手を払われた。
「か、返して・・・く、ください。」
「返す・・・? はあ?」
「いや・・・。返さなくてもいいんです。消去してください。」
「ふうむ・・・。アンタ、リベンジ・ポルノって知ってるわよね。」
「リ、リベンジ・・・、ポルノ?」
「ネットにこういう画像をアップする事よ。あっと言う間に拡散するわよ。」
「や、やめてっ。止めてください、そんな事。」
「ふふふ。じゃ、アタシの言う事、何でも聞く?」
朱美は意味あり気な顔で、不安に怯える京子をじっとみつめる。
「あの・・・、出来る事でしたら・・・。」
「じゃ、まずそのバッグをこっちによこしな。」
「い、いえ・・・。困ります、そんな。」
「あんた、リベンジ・ポルノって本当に簡単なのよ。ほらっ。こして・・・っと。あと、ボタンひとつ押すだけでこの写メ、例えばヒロシに送れちゃうのよ。ヒロシだったら、こんなものゲットしたらあっと言う間に拡散させるわよ。」
「こ、困ります。お願いです。止めてください。」
「じゃ、おとなしく、バッグよこしな。」
「ああ、そんな・・・。」
逡巡する京子からひったくるようにしてバッグを奪い取ってしまう。朱美はすぐに中を検めて、携帯や財布、家の鍵までもが入っていることを確認する。
「これ、なくっちゃアンタ、家にも帰れないでしょ。」
「ああ、お返しください。」
「ちゃんと言う事を聞いたらね。アンタにはこれからアタシの代わりに一仕事、して貰うんだから。ね。」
「仕事・・・?」
「なに、簡単な仕事よ。女だったら誰でも出来るような仕事。」
朱美はまた意味あり気な謎の笑みを浮かべるのだった。
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